第19話
〜父親視点〜
私の息子、透は無罪だった。
透は性犯罪など犯していなかったのだ。
その事実が朝のニュースによって判明し、私
は心の底から安堵した。
やはり私の教育は間違っていなかったのだ。
一時は透をこの家から追い出すことも考えていたが、性犯罪者でないのならその必要もないだろう。
これでもう近所の人たちとすれ違うたびに白い目を向けられたり、会社に息子が犯罪者であると噂が広がる心配をする必要も無くなった。
妻がPTAでいじめられている状態も解消されることだろう。
「おい透。なぜ私を無視する?返事をしないか」
「…」
しかし、せっかく無罪であることが世間に知れわたって我が家に日常が戻ったと思ったのに透が機嫌を直さない。
父親である私が声をかけても無視したり、おざなりな返事をしたりする。
私は透に腹がたった。
父親に対してこの態度はなんだ?
まさか私たちがちょっと冷たく扱ったことに対して腹を立てているのだろうか。
それだけで実の両親に腹を立てるとは一体何様だ。
これまで育ててやった恩を忘れたのだろうか。
少しは私たちの立場になって考えてみたらどうだ。
あの状況では、誰だって透に対する扱いは酷くなるだろう。
犯罪者になってしまった息子と、それまで通りに接する親がどこにいるというのだろうか。
結果として透は無罪だったわけだが、私たちはそれを知らなかった。
悪いのは、事実を知りもしないのに噂を取り返しのつかないところまで広めてしまった連中だろう。
透と同じで今回の事件において、私たち家族もまた被害者と言える立場にあるのは自明の理だった。
「分からず屋め…まあいい、ちょっと美味しい飯でも振舞ってやれば機嫌を直すだろう」
一家の大黒柱であるにもかかわらずこういうことをするのは不本意だったのだが、模範的な父親を自負している私は、透の機嫌を取るために高い食材を買い込み、美味しい昼食を妻に作らせた。
そして機嫌を直させるために、休みの日に透に振る舞おうとした。
「ほら、透。昼食だぞ?ものすごく高かったんだからな…?」
「いらないかな」
「…っ!?」
しかしあろうことか、透は私たちの優しさを棒に振った。
高級食材で作った昼食に見向きもせずに、友人と食事があるからと家を出て行こうとした。
「おいそれはないだろ透!!母さんが一生懸命作ってくれたんだぞ!?お前のために!」
「ん?なんで今日急にご飯を作ってくれるようになったの?ついこの間まで、俺、晩飯も昼食も朝食も、作ってもらえなかったよね?だから今日も俺の分はないのかなと思って友達と食べに行く約束を入れちゃったんだけど」
「…っ」
透は屁理屈をこねるようにそういった。
私は透の態度に腹がたった。
素直に「今までのことは水に流す」と言えない頑固な息子のために一肌脱いでやったというのになんだこいつは。
「待つんだ透!」
そのまま出て行こうとした透を、私はそろそろ多少手をあげてでも態度を変えさせる必要があると思い、呼び止めようとした。
そのタイミングで、インターホンがなり、見知らぬ男が訪ねてきた。
「〇〇新聞社の斎藤というものです」
男は大手新聞の記者を名乗った。
今回私たちが巻き込まれた事件に関して、取材をしたいということだった。
「いきなり訪ねてこられても困る!!帰ってくれ!!」
私は、よくない予感がしてこの斎藤という記者をすぐに帰らせようとした。
だが、斎藤という記者は何か勘を働かせたのか、なかなか帰ろうとしなかった。
そしてあろうことか、透はその斎藤の取材を受けることに乗り気なようだった。
結局透を味方につけたその斎藤という男は、ずけずけと家に上がり込んできて、透に対して取材が始まった。
透は事件のことについて洗いざらい記者にしゃべっていた。
私は二人のやりとりを黙って聞いていた。
透は新聞記者なんて記事に有る事無い事何を書くかわかったものではない適当な連中であることを知らないらしく、本当に丁寧に細部に渡るまで記者に語って聞かせていた。
やがて記者が透に、事件が起きて透がかけられた冤罪のことが世間に広まってからのことについて訪ねた。
「その時の周りの反応はどうでした?家族や親しい友人の反応は?」
「ほとんど味方はいませんでした。家族でさえ、俺を疑い犯罪者扱いしてきました」
「…っ」
透は喋らなくてもいいことをペラペラと記者の前でしゃべった。
私たちが犯罪者だと思った透に飯を出さなかったことまで何もかもしゃべった。
記者は透の話を聞いて、まるで私たちに親失格者を見るような、咎めるような視線を向けてきた。
無礼な記者だ。
誰だってあのような状況なら私たちと同じようにするだろう。
事情を知りもしなくせに本当に無粋な記者だと私は思った。
だが、恨みを買うと報復で有る事無い事記事に書かれそうだったので黙っていた。
やがて話を聞き終えた記者は満足げに、透に名刺を渡して、帰って行った。
記者が出て行った後、すぐに透も友人と食事の約束があると家を出て行った。
二人が消えて静まり返った自室で、私は妻と顔を見合わせた。
「ど、どうしましょう、あなた……私たちが透にしたことを、あの記者が公表したら…」
「何、問題ないさ。誰だってあの状況ではそうする。何せあの時点では誰もが透のことを性犯罪者だと信じていたからな。私たちに事実を突き止める術はなかった。親として当然の態度を取ったまでだ」
「…でも、世間はそう思わないのでは…?」
「仮にそうだとしても、構わんさ。広い日本では日々どこかで凶悪犯罪が起きている。記事にすると言ったって隅っこに載るだけだ。読む人も限られるだろうし、よくある冤罪事件の一環として扱われるだろう」
「そうだといいけれど……」
心配性の妻は、事件後の私たちの透に対する態度が波紋を呼ぶのではと心配していたが、私は問題ないと思っていた。
こんなどこにでもありそうな事件は、たとえ記事になったとしても三日後には忘れ去られている。
そう楽観的な見方をしていた。
…だが、現実は違った。
『実の息子を無罪なのに犯罪者扱いとか最悪』
『毒親』
『絵に描いたようなハズレ親』
『親ガチャハズレ乙』
『こんな親最低だな』
『一番辛い時に味方になってくれないゴミ親』
『この家庭に生まれなくてよかったー』
『冤罪の息子を世間と一緒になって攻めるってどうなのよ』
『家族よりも世間体が大切な、典型的な毒親』
『この東雲透ってやつマジで可哀想。同情するわ』
『世間は信じなくても家族ぐらいは息子のことを信じてやれよ…』
『身近な人に裏切られるのって一番心にくるよね』
「そんな…なぜだ…」
「ああ…やっぱり…大事になってしまった。あなたどうしましょう…?」
「意味がわからない。なぜこんなことが…」
数日後、今回の事件の詳細記事が新聞に載ると同時に、ネット上でも電子記事として紹介された。
そして、『冤罪の息子を庇ってやるどころか世間と一緒になって攻めたてた両親』の話は、瞬く間にインターネット上で拡散され、大炎上してしまった。
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