第21話


〜母親視点〜


透ちゃんが彼女さんをレイプした。


そんな噂をPTAで聞かされた時、私は本当に信じられない思いだった。


透ちゃんは私たちの宝物だった。


小さい頃から透ちゃんはすごくいい子だった。


私たち両親のいうことはなんでも聞いたし、勉強もたくさん頑張る子だった。


私たちは透ちゃんの人生を素晴らしいものにするために、お金を使い、たくさん習い事をさせて英才教育を施した。


その甲斐あって、透ちゃんはとても優秀な子供に育った。


高校では、部活と勉強を両立させながら、定期テストでは常に10番以内に入っていた。


全国模試の成績も良好で、志望校の判定は常にAだった。


そのまま行けば、透ちゃんはいい大学に入学し、いい企業に就職し、いい給料と社会的地位を得られるはずだった。


私たちはそのことを望んでいたし、透ちゃんも全力でその道を目指していた。


だが、ある日、私たち家族の運命を大きく狂わせる事件が起きた。


透ちゃんが彼女である如月姫花さんをレイプしたという噂が広まったのだ。


「ねぇ聞いた…?東雲さんとこのお子さん

が…」


「嘘でしょう…?東雲さんとこのお子さん、すごく真面目で有名じゃない…」


「本性を隠してたんでしょう…酷いわ…レイプだなんて…」


「如月ちゃんってあのとても可愛い子よね…」


「きっと性欲に負けたんでしょう…」


「親の顔が見てみたい……って、今日この場に来ているんだったわね」


「しっ…聞こえるわよ…」


私は透ちゃんが大変な事件を起こしたことを、参加したPTAで初めて知ったのだ。


透ちゃんに彼女がいることは、最近放課後に帰りが遅くなっていることや、透ちゃんがいつになく浮ついている様子を見て薄々勘づいていた。


私は透ちゃんも男の子なのだから、勉強や部活に支障が出ないなら、女の子とお付き合いしてもいいと考えていた。


けれどまさか相手が親御さん達の間でも可愛いことで有名な如月姫花ちゃんで、しかも如月ちゃんを無理やりレイプするなんて思いもしなかった。


私は透ちゃんから何も聞かされていなかったが、その日PTAに参加するとたくさんの親御さん達が私のことを見て、ヒソヒソと噂をしていた。


私は一体何事かと、普段特に仲良くしているママ友に尋ねた。


彼女は、まるで汚物を見るような目で私をみながら言った。


「あなた自分の子供のことなのに聞いていないの?あなたの子供が……如月姫花ちゃんをレイプしたのよ…」


「え…嘘でしょう…?」


本当に信じられない思いだった。


まさかあの透ちゃんがそんなことをするなんて。


透ちゃんは、今まで一度たりとて私たちに反抗したことのないいい子だった。


反抗期というものも一度もなく、親に逆らったり、誰かに暴力を振るったりしているところも見たことがない。


私たちの透ちゃんが、女の子を無理やり組み敷いたなんて私からは考えられないことだった。


「あ…もしかして、あの日…」


私は透ちゃんが如月姫花ちゃんをレイプしたなんて信じたくなかったが、しかし思い当たることがあった。


最近、透が全身にあざを作って帰ってきたことがあったのだ。


喧嘩なんて今まで一度もしたことがない透ちゃんが、全身に擦り傷を作った状態で帰ってきたので、私は心配してどうしたのか尋ねた。


けれど透ちゃんは、動揺して、その傷のわけを教えてくれず、その日はずっと部屋に引きこもって出てこなかった。


あの日の透ちゃんの行動には違和感を覚えずにはいられなかったが、あの日、如月姫花ちゃんに対するレイプを敢行したのだと考えれば納得がいく。


おそらく全身の傷は、如月ちゃんの犯行にあってできたものなのだろう。


大変な罪を犯してしまったと自分でもわかっているから、怪我の原因を頑なに教えてくれなかったのだ。


「信じられない…恩を仇で返すなんて……今までの教育費を返してほしい…」


私は透ちゃんが女の子にそんなことをしたと知ってとても悲しくなった。


そして今まで愛していた分、透ちゃんのことが本当に嫌いになってしまった。


これまで透ちゃんに費やしてきた時間やお金は全て無駄だったのだ。


もう透ちゃんのことを実の息子として見れなかった。


犯罪を犯した透ちゃんと一緒の家に住むことにすら嫌悪感を覚えるようになった。


「透ちゃん…どうしてそんな酷いことしたの…?私はとてもショックよ…」


「違うよ母さん…俺はやってない…聞いてくれ…如月が俺を陥れたんだ…これは冤罪なんだ…」


「この後に及んで言い逃れするのね……私たちが親御さん達の集まりで一体どんな思いを

しているのか想像できる?」


「違うんだ…本当に俺はやってなくて…」


「言い訳は聞きたくないわ」


私はせめて透ちゃんに謝って欲しかった。


罪を認めて、如月ちゃんに心から謝罪し、そして現在進行形で迷惑をかけている私たち家族にも謝って欲しかった。


だけど透ちゃんは、頑なに罪を認めようとしなかった。


PTAの親御さん達や先生方、そして学校中の生徒達が透ちゃんがレイプしたことを確信しているという周りの状況から、透ちゃんが罪を犯したことは確実だった。


だというのにこの後に及んで見苦しい言い訳を繰り返し、罪を逃れようとする自分の息子に私は本当に愛想を尽かしてしまった。


「おい、お前。もう透に飯は作らなくていい」


「あなた…?」


「犯罪者にわざわざ飯を食わせてやることはない。くそ……恩を仇で返しやがって…」


「そうね…わかったわ…」


夫の指示で私は、透ちゃんのご飯を作るのをやめた。


そして二人で透のことについて真剣に相談し、透が高校を卒業したら、透の戸籍をこの家から外すことに決めた。


「性犯罪者ってのは再犯率が非常に高いらしい……今回は相手の子が温情で被害届を出さなかったために警察沙汰にはならずに済んだが……透はきっとまた罪を犯すはずだ……そうすれば私たち家族まで非難にさらされ、今度こそ破滅してしまう…私も職を失うかもしれない……すでに近所に噂が広まって私たちは針の筵状態なのに、これ以上悪化したら引越しまでしないといけなくなってしまう……そうなる前に手を打つんだ。透の戸籍を外す……完全に縁を切るんだ」


「そうね…それしかないわよね…」


自分の腹から出てきた息子と縁を切るのは心苦しさを感じずにはいられない決断だったが、しかし夫の言うことはもっともだった。


私は透ちゃんなんてはじめっからいなかった

と考えることにした。


高校卒業まで面倒を見てやったら最低限の親の義務は果たしたも同然だし、犯罪者となった透ちゃんがその後にどうなってももう私には関係ないと思った。


「はぁ…早く卒業の日が来ないかしら…」


透ちゃんを追い出すことを夫との相談で決めた私は、一日も早く卒業の日が来ることを……犯罪者と同じ屋根の下に住む日々が早く終わることを願うばかりだった。



……だが、事態は急展開を迎える。



なんととある日の朝のニュースで透ちゃんが無罪であったことが発覚してしまう。



「あなた…このニュース…」


「そんな……透は無罪だったと言うのか?」


そのニュースでは、先日に如月家で、如月姫花ちゃんの父親である拓磨さんが姫花ちゃんに性的暴行を加えているところを現行犯逮捕されたと報じられていた。


ニュースによれば、姫花ちゃんは今まで父親から定期的に性的暴行及び虐待を受けており、その鬱憤を晴らすために、父親と共謀して、透ちゃんにレイプの冤罪をかけて暴行したと供述しているという。



「そ、そんなことが……じゃああの日の傷は…」


そこで初めて私は自分たちが今まで重大な勘違いをしていたことに気付かされた。


透ちゃんはやっぱり犯罪を犯してはいなかったのだ。


あの日の傷は、レイプしようとした姫花ちゃんから受けた反撃によるものではなく、共謀して透ちゃんを陥れようとした父親から受けた傷だったのだ。


「よかった……」


私はほっと胸を撫で下ろした。


やっぱり私たちの透ちゃんは無罪だったのだ。


透ちゃんが姫花ちゃんをレイプしていないことが世間に公表された。


これでもうご近所さん達から白い目で見られることも、PTAで親御さん達にいびられることもない。


夫が職を失う心配もなく、私たち家族が破滅する危機もさったのだ。


私が全てが一件落着したことに安渡していると、透ちゃんが驚きの表情で私たちの前に出て食い入るようにニュースを見つめた。


そして,自分の無罪が世間に周知されたことに安渡したのか、長いため息を吐いていた。


「…」


私は途端に気まずさを感じた。


私は透ちゃんになんと言う仕打ちをしてしまったのだろう。


なんの罪も犯していない実の息子を、性犯罪者だと思い、ご飯も出さなかった。


母親だと言うのに透ちゃんの言い分を聞いてあげることができなかった。


私は過去の自分の行いを後悔し、罪悪感を感じだ。


けれどきっと透ならそのことも許してくれると思った。


透ちゃんはとても優しい子だ。


きっと今まで私たちが透ちゃんに割いてきた時間やリソースのことを思い、私たちのことを許すだろう。


ニュースによって自分の無罪が広まり、なんの憂も無くなった今、きっと私たちに対して「これまでのことは水に流す。また元の関係に戻ろう」と言ってくれるはずだ。


私は透ちゃんを信じてその時をまった。


…だが、透ちゃんは何も言ってこなかった。


それどころか無言で私たちに対して、とても冷たい視線を向けてきた。


私はショックを受けてしまった。


今まで透が私たちをそんな目で見たことはなかったからだ。


私は助けを求めるように夫を見た。


夫もまた、透の態度に驚いているようだった。


「お兄ちゃん…」


「触るな!」


結局透は私たちには何も言わず、妹の手も払いのけて、家を出て一人で学校に向かってしまった。


「どうしましょう、あなた…」


私は透の態度が心配になって夫にそう言ったが、夫は「何、頭が冷えたらすぐに向こうから謝ってくるさ」と言ってそれきりだった。


私は夫の言葉を信じ、きっと透ちゃんの方から私たちに「水に流す」と関係修復を持ちかけてくれると期待した。


優しい透ちゃんならきっと私たちの一度の過ちを許してくれるはずだとそう思った。


透ちゃんは私たちが戸籍を外そうとしていたことまでは知らないだろうし、きっとまた元の関係に戻れると私はそう思った。


けれど…そうはならなかった。


透ちゃんは、私たちの予想以上に私たちに対して怒りを感じているようだった。

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