第4話


〜七瀬理沙視点〜



透が如月さんをレイプした。


そんな噂が私の耳に入った時、私は絶対にありえないと思った。


透はそんなことをする人じゃない。


女の子を無理やり組み敷いて自分の欲望を満たすようなクズじゃ、絶対にないと断言できた。


「ねぇ、聞いた?東雲のやつ、如月さんをレイプしたんだって…」


「え…マジなのか…?」


「無理やりやったらしい…如月さんが泣きながら友達に打ち明けたって……」


「本当だとしたら東雲はクズだな……」


「いくら付き合ってるからって無理やりは…立派な犯罪だろ…」


「おかしいと思ったんだ、東雲と如月さんが付き合うなんて……ひょっとして如月さん、東雲に弱みでも握られておどされてたんじゃ…」


「その可能性はあるな…」


透が如月さんをレイプしたという噂は、すぐに学校中に広まった。


如月さんの知名度のせいもあったし、どうやら透に嫉妬心を抱いていた男子たちが、恨みを晴らすかのようにこのことを尾鰭をつけて広めているらしい。


たった数日の間に、透が如月さんを無理やりした犯罪者だと言うことは、ほとんど事実として学校全体に広まってしまった。


「ねぇ、みんな待って…?どうして透がそんなことしたってわかるの?証拠はないよね…?なんで如月さんの言葉だけを信じられるの?」


「え、七瀬ちゃん嘘だよね?」


「犯罪者の肩を持つの?」


「如月ちゃん泣いてたよ?本人の前でもそれ言えるの?」


私は透を信じて反論を唱えたのだが、誰一人信じてくれなかった。


特に女子は、慕われていた如月を守るために感情的になって私のことを批判してきた。


犯罪者の肩を持つな。


如月さんが泣いている。


同じ女なら如月さんの側につくべき。


そんなことを言って、私の「少なくとも誰も現場を見ていないのだから、如月さんと透の意見両方を聞くべき」という客観的に見てももっともだと思われる主張は完全に黙殺された。


そうして透は私たちの学校で犯罪者になってしまった。


透はひどく落ち込んでいた。


今まで勉強のできる真面目でいいやつ、で通っていた透は、あっという間に疎まれるようになれ、皆から嫌われて、腫れ物のように扱われるようになってしまった。


廊下を歩くだけですれ違う生徒たちから暴言を吐かれ、教室に入れば「もうくるな」「犯罪者と授業を受けたくない」と罵詈雑言を浴びせられる。


自分が好きになった人が、そんなことになっているのを見るのは耐えられなかった。


私はどうしても透が如月さんを無理やりしただなんて思えなかった。


如月さんは、クラスや皆がいる場所ではこれ見よがしに泣き顔を見せていたが、私にはそれがどこか胡散臭く、縁起に見えてしまってならなかった。


「ねぇ、如月さんのことを見ないで!」


「まだ如月さんに何かするつもり?」


「次如月さんに何かしたら私たち容赦しないから」


自分の席から元彼女の如月さんにチラリと視線を移しただけでそんなふうに女子たちから罵倒される透。


透の表情は、如月さんに対する憎しみと、それから誰も自分の主張を信じてくれない悲しみに満ちているような気がした。


私はいてもたってもいられなくて、透をみんなの前で弁護した。


「みんなおかしいよ!どうして如月さんの意見だけを信用できるの!?透の意見も聞くべきだよ!!!」


感情的に透を庇っても誰も耳を傾けてくれない。


だから私はできるだけ論理的に、透の意見も聞くべきだとみんなに促した。


だが、誰も聞く耳を持ってくれなかった。


皆、私が透と幼馴染だから、透がやったこと

を信じたくなくて感情的に庇っているのだと決めつけてきた。


「どうしちゃったの七瀬ちゃん?」


「犯罪者の肩を持たないで?」


「こっち側に来て。幼馴染だから信じたくない気持ちはわかるけど、その男は性犯罪者なんだよ?」


「違う…透はそんなこと絶対にしない…なんで信じてくれないの…」


透に何もしてやれない無力感から私は泣いてしまった。


「ありがとう、理沙。庇ってくれて……言いたいことかわりに言ってくれて嬉しかったぞ」


透は自分が一番辛いはずなのに、泣く私にそんな言葉をかけてくれた。


そして庇ってくれたお礼を言ってから教室を出て行った。


きっとこれ以上自分と私が一緒にいれば、私まで皆に無視され、嫌われることになるからと思ったのだろう。


でも私はそうなっても構わないと思った。


誰も信じないけど、みんなが、透のことを性犯罪者だと思ってるけど、私だけは何があっても透のことを信じる。


透に最後まで寄り添う。


そんな覚悟を、私は教室から去っていく透の背中を見つめながら固めたのだった。



= = = = = = = = = = 


「よお、透。お昼ご飯一緒に食べね?」


「「「…っ!?」」」


昼休みになった途端、場違いな明るい声と共にいきなり俺の名前を呼ぶ奴が教室に現れた。


他クラスの幼馴染、日比谷隼人だ。


俺に何が起こったのか、俺が今このクラスに置いてどう言う扱いを受けているのか、全て知っているだろうに、まるで何事もなかったかのように声をかけてきた。


クラスメイトたちは当然、驚いて、唖然として隼人を見つめていた。


「隼人…?お前、何言って…」


「ん?先約がある?誰かと食べる予定?」


「いや…ないが……」


「じゃあいいじゃん。一緒に食べようぜ。俺たち親友だろ?」


「…っ」


爽やかな笑顔を浮かべた隼人に、俺はおずおずと頷いてついていこうとする。


「ちょっと隼人くん!?」


「どう言うつもり!?」


俺と隼人が連れ立って教室を出ようとすると、女子たちから非難の声が上がった。


「なんでそいつと一緒に食べるの?」


「東雲が何したかわかるよね…?如月さんに」


「隼人くん。そんな人と一緒にいたら、隼人くんの評判が下がるだけだよ?」


隼人は他クラスだが、女子たちは当然隼人の名前を知っている。


隼人は2年生にしてサッカー部のエースで、チームを全国大会に引っ張った立役者だ。


おまけにイケメンで高身長。


女子人気が非常に高く、王子様なんてあだ名が囁かれることもある。


そんな隼人だからこそ、女子たちは自分たちの側に引き込んでおきたかったのだろう。


絶対に俺と昼食を共にするべきではないと隼人に訴えかける。


「いやでも、まだ透が犯罪者だって確定したわけじゃないんだろ?」


感情的になって口々に俺の悪口を言う女子たちに、隼人はあっけらかんと言った。


「「「…!?」」」


女子たちがぽかんと口を開ける。


「ちゃんとした証拠があって、目撃者とかがいるなら犯罪は成り立つけど……証拠がないんだったら、まだ透は無実な可能性がある。

だったら別にご飯を一緒に食べるぐらいいいよな?」


「で、でも…」


「き、如月ちゃん泣いてるんだよ…?」


「如月ちゃんが嘘つくわけないから…絶対に嘘をついているのは東雲の方だから…」


「なるほど。君たちは如月ちゃんを信じるわけか。証拠もなく、あくまで感情的に」


「「「…!?」」」


「じゃあ、俺が感情的に、透を支持するのも構わないよね?」


「「「…っ」」」 


女子たちが痛いところをつかれたと言う表情で無言になる。


隼人は、もう興味を失ったのか女子たちから視線を外し、俺に向かって行ってきた。


「ほら、いこうぜ、透。久しぶりじゃね?俺ら。飯食うの」


「お、おう…」


そう言って歩き出す隼人。


俺は軽い足取りでどんどん進んでいく隼人の後を慌てて追いかけた。




「おい隼人お前……みんなの前であんなこと言って大丈夫なのかよ…?」


「ん?何が?」


先に歩きだした隼人がやってきたのは校舎の屋上だった。


圧迫した校内の空気から解放されたと言わんばかいにグッと伸びをする隼人に俺は言った。


「俺を庇ったりなんかして……お前まで犯罪者の肩を持つクズ野郎だなんて思われて腫れ物扱いされるぞ…?」


「ああ、そういうこと…」


何もわかってないな、という顔で隼人がため息をついた。


「なぁ、透。最初に言っておくんだが…」


「お、おう…?」


「俺はお前が如月をレイプしただなんて信じてないからな。そんなこと絶対にあり得ない。小さい頃からずっと隣で透を見てきたんだ。透はそんなことするようなやつじゃない。嘘をついているのは如月の方だ。俺はそのことを確信している」


「…お、おう」


真剣な表情で畳み掛けられ、俺は思わず頷いてしまった。


「悪い。それだけわかって欲しかった。俺は透の味方だから。周りの言ってることなんて気にするな」


「…」


「透?」


「その……ありがとな、隼人」


「…!おうよ」


理沙の他にまだ一人、俺を信じてくれる奴がいた。


それだけで救われたような気分になる。


俺は顔を上げて隼人を見た。


隼人は事件が起こる前と変わらず、親友に向ける気さくな表情を浮かべていた。


「それで?何があった。全部洗いざらい俺に話してくれ。力になれるかもしれ」


「あ、やっぱりここにいた!!!」


「「…?」」


隼人が何か言いかけたところで、屋上に誰かがやってきた。


理沙だった。


俺たち二人を見ると、走って駆け寄ってくる。


「理沙?」


「どうしてここに?」


「もう!私を置いておくなんてひどいじゃん!三人はいつも、どんな時も、何があっても一緒って昔約束したでしょ!?」


「いつの約束だ」


「どんだけ昔のこと持ち出してんだよ」


二人して理沙に突っ込む。


理沙が照れくさそうに笑った。


「それで、なんの話?」


「透から何があったのか聞き出そうとしていた」


「透から?」


「ああ。俺は透が如月にみんなが言っているようなことをしたなんて信じられない。嘘をついているのは如月の方だ。だから、正しい状況を知ろうと思ってな。今聞こうと思ってたところなんだ」


「わ、私も…!透はそんなことする人じゃない!如月さん……なんか演技しているような感じがする…私も透を信じるよ!」


二人が次々にそんなことを言って俺をみてくる。


俺は二人を交互に見てから頷いた。


「二人ともありがとな、俺を信じてくれて。二人になら打ち明けられる。あの日何があったのか……」


そうして俺は、如月に冤罪をかけられたあの日に何があったのかを洗いざらい二人に話して聞かせるのだった。





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