第3話
「みんなちょっと冷静になろうよ!どうして透が一方的に責められなくちゃいけないの…?まずは事実の検証からじゃないの…?透が如月さんに酷いことしたって証拠がどこにあるの?」
まるで俺がずっと言いたかったこと、訴えたかったことを代弁してくれるかのように全部言ってくれる理沙。
ちょっと前まで一丸となって俺を責め立てて、罵詈雑言を浴びせていたクラスメイトたちは理沙の俺を庇う主張に一瞬ぽかんとする。
「酷い…七瀬さん…そんなことを言うなんて…」
そんな中、静寂を破って口を開いたのは如月だった。
声を震わせ、目に涙を浮かべ、迫真の演技で被害者を演じる。
「私、あんなことされたのに……東雲くんに無理やりされて…尊厳を奪われたのに…それなのに東雲くんを庇うの…?犯罪者の肩を持つの…?うぅ…」
啜り泣く如月。
一瞬冷静になりかけたクラスメイトたちは、啜り泣く如月を見て、息を吹き返したように俺への罵倒を再開し、庇う理沙に詰め寄った。
「七瀬さん!流石にそんな言い方ない
よ!!!」
「犯罪者の主張を信じるの!?七瀬さん!」
「如月さんが嘘なんかつくわけないよ!東雲くんが、自分を庇うために嘘と言っているに決まってる!!騙されないで!!」
「七瀬さん、わかるよ。幼馴染が性犯罪を犯してショックなんだよね?信じたくないんだよね?でも、東雲くんが犯した罪は変わらない。だから、これ以上如月さんに辛い思いをさせるのはやめて?犯罪者の肩を持つなんて事しないで?」
皆、如月の泣く演技に騙されて、俺を庇う七瀬を必死に自分たちの側に引き込もうと説得する。
「ち、違う…!透が罪を犯したことを信じたくて庇ってるんじゃない!!透がそんなことするわけないもん!!みんな感情的にならないで!!!どうして証拠もないのに如月さんの意見だけを信じられるの!?おかしいよ。透はそんなことする人じゃない。女の子を力づくで無理やりなんて透は…」
七瀬は必死に俺のことを庇ってくれる。
証拠もないのに如月の意見だけが尊重されるのはおかしいと、ずっと俺が言いたくても言えなかったことを代弁してくれる。
だけど、もはやクラスメイトたちは完全に如月がわに傾いていて、七瀬の言葉は虚しく教室に響くだけだ。
俺を庇えば庇うほどにクラスメイトたちが七瀬を見る目が、冷えて、厳しいものに変わっていく。
「感情的になってるのは七瀬ちゃんでしょ!」
「七瀬ちゃん!お願い冷静になって!そいつは犯罪者なの!!幼馴染だからって庇ったりしないで!!」
「七瀬ちゃん、ひょっとして東雲に脅されてるの?もしあれなら相談に乗るよ?今日の七瀬ちゃんおかしいよ?冷静になって考えてみて。如月さんが私たちに嘘なんてつくはずないよね?」
「七瀬ちゃんのせいで如月ちゃん、泣いてるよ…?これ以上傷ついた如月ちゃんを悲しませないで」
「違う……幼馴染だからって庇ってるわけじゃないの……私は、如月さんの意見と透の意見をどっちも同じぐらい尊重しないと不公平だって言ってるだけで……うぅ…どうしてわかってくれないの…」
女子たちに集中的に攻められてついに泣いてしまう理沙。
このままでは俺のみならず、理沙までこのクラスで孤立してしまうと思った俺は理沙にいった。
「もういい、理沙……ありがとう俺のために…」
「うぅ…透ごめん……私、役立たずで…」
「いいんだ。俺のことを信じてくれて、言いたいことを代わりに言ってくれて嬉しかったぞ……気持ちだけ受け取っておくよ」
「透…これだけは信じて…何があっても私は通るの味方だから……」
「ありがとう…本当にありがとう…」
「ごめんなさぁい…透…ごめんなさぁい…」
この状況で自分が嫌われてしまうリスクを冒してまで俺を庇うばかりか、力になれなかったことを泣いて謝る理沙を見て、俺は思わずもらい泣きしてしまいそうになる。
だがクラスメイトたちは泣いている理沙を白けた様子で見ていて、犯罪者を感情的に庇う可哀想な奴だと思っているようだった。
これ以上理沙と一緒にいたら、こいつまで嫌われて腫れ物のように扱われてしまう。
俺のせいで理沙がそんなふうになるのは嫌だった。
俺は泣いている理沙に庇ってくれてありがとうと最後にお礼を言ってから理沙から離れ、教室を出た。
そしてホームルームまでの時間をトイレの個室にこもって過ごしたのだった。
= = = = = = = = = =
〜七瀬理沙視点〜
私、七瀬理沙には、大切な幼馴染が二人いる。
日比谷隼人と東雲透だ。
二人とは幼稚園の頃からずっと一緒で、家も近い。
小さい頃からよく一緒に遊んでいて、その関係は今でも続いている。
小学校の頃までは私たち三人は、仲のいい友達の関係だったが、中学に入った頃ぐらいから、私は透のことを異性として意識し始めるようになった。
私が透のことを好きになったのは、透が優しくて真面目だからだ。
いつも目の前のことに真剣に取り組み、自分のことよりも他人のことを優先できるほど思いやりがある。
その昔、いじめられていた隼人を助けて仲間にしたのも透だった。
「どうしよう…告白しようかな…でも、もし
フラれたら…」
告白しようと思ったことは何度もある。
けれどなかなか一歩が踏み出せなかった。
透に告白を断られて今の関係性が終わってしまうのが怖かったからだ。
もし私が告白を決行して透が断ったら、私たちの関係は壊れてしまう。
私と透が気まずくなってギクシャクしてしまったら、そのうちに三人で遊んだりすることもなくなってしまうかもしれない。
それだけは絶対に嫌だった。
だから私は透に告白することを諦めた。
ずっと今の関係性が続けばいい。
友達として透を近くからみていられればそれで幸せだ。
そう思っていた。
だが、そんな私の幸せな日常は、ある日唐突に終わりを迎えた。
「二人に話しておきたいことがある……すぐに噂にもなると思うんだけど……実は俺、如月さんと付き合うことになったんだ…」
「え…」
「お…?」
ある日、いきなり透にそんなことを言われた。
どうやら如月さんが、透に告白して、透はその告白を受け入れたらしい。
「マジかよ!おめでとう透!」
隼人が透を祝福する中、私は頭が真っ白になった。
透があの如月さんと付き合うことになるなんて、思ってもみなかったことだった。
「お、おめでとう…透…」
「ああ。ありがとうな、理沙」
必死に取り繕ってそういった私のその時の笑顔は、多分引き攣っていたと思う。
その日、私は家に帰って朝まで泣いた。
こんなことになるぐらいなら告白しておけばよかったと死ぬほど後悔した。
けれどもう全ては手遅れだった。
透は如月さんと付き合いだして、私たち三人で遊ぶことも少なくなった。
如月さんと付き合いだしてからの透は、とても幸せそうだった。
私たちに見せたことのない照れたような顔を、如月さんにむけている透をみて私は胸がずきりと痛むのを感じた。
「今日は如月とこんなことがあってな…」
「う、うん…」
如月さんとのことを話す透はとても幸せそうだった。
私が如月さんより先に告白していたら透と恋人になれただろうかとそんなことを何度も何度も考えた。
「なんか寂しくなったよな…」
「うん…そうだね」
次第に私たちは三人で集まることが減り、遊ぶ時も私と隼人だけでいることが多くなった。
「でも、今の透、すげー幸せそうだよな。俺はあいつが幸せならそれでいいや」
「…うん…そうだよね…透が幸せなら…それで……」
隼人は友人として遊べる時間が減っても、透が幸せならそれでいいと考えているようだった。
私も透が幸せならそれでいい、と必死に自分に言い聞かせて、後悔や失恋の痛みを紛らわせた。
もう透は如月さんのものになったのだ。
今の私がするべきことは、未練がましいことを毎日考えるのではなくて透を応援すること。
そう気持ちを切り替えて、隼人と一緒に透のことを応援することにした。
「何かあったらいつでも私に相談してね、透」
「おう、ありがとな」
如月さんは学年でも人気の美少女だったから、透は他の男子生徒たちから嫉妬を受けることもあった。
私は隼人と共に何かあったらいつでも相談に乗ると透に言って、透と如月さんの関係を後押しした。
その甲斐あってか、透は如月さんととても幸せそうあ学校生活を送っていた。
これでいい。
私は正しいことをしている。
如月さんと幸せそうな透を見て、私は自分にそう言い聞かせた。
そんな矢先……信じられない噂が耳に入ってきた。
「ねぇ、聞いた?東雲くんが如月さんを無理やり……やったんだって」
「え……?」
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