第31話


いよいよ持って校長が浅倉と後輩部員たちに水を向けた。


俺も浅倉と後輩部員たちを見る。


後輩部員たちは、沈んだ表情で俯いたままだ。


浅倉は一瞬俺と視線が合うと、次の瞬間には気まずそうに視線を逸らした。


「まず事実確認からだ。君たちが東雲くんに何をしたのかを、一つ一つ確認する。そして相応の罰を言い渡す。いいな?」


「「「…」」」


「ん?返事がないな。もう一度聞く。それでいいか?」


「「「は、はい…!」」」


校長の怒気の滲んだ声に後輩部員たちがごくりと喉を動かす。


「よろしい。東雲くんも、それでいいかい?」


「構いません」


俺にも確認をとってくる校長。


俺は頷いて同意を示した。


「では、確認だ。まず君たちは……そちらの部員のように東雲くんに対して直接的な暴力は振るっていない。それは間違いないね?」


「「「は、はい…」」」


「東雲くん、そうだな?彼らに暴力を振るわれてはいないな?」


「はい、そうですね」


「君たちが東雲くんにしたことは……言葉の暴力、誹謗中傷、謂れなき陰口。そうだね?」


「「「はい……」」」


「東雲くん?」


「間違いないです」


校長が後輩部員が俺に対して行った誹謗中傷の事実を確認する。


後輩部員たちは、もはや言い逃れすることも諦めているのか、俯いて校長の事実確認に対し、ただ「はい、はい」と頷いている。


「浅倉くん。君も同じことを東雲くんに対してしたね?」


「わ、私は…」


「なんだね?違うというのかね?」


「そ、そんなつもりじゃ…あれは…その、なんていうか…」


「ん?誹謗中傷の事実を否定するのか?」


「そ、そういうわけじゃないですけど…」


校長が浅倉にも誹謗中傷の事実を認めさせようとすると、浅倉が一瞬何かを言い募ろうとした。


だが、校長がどんどん語気を強めて詰めていくと、声は小さくなり尻すぼみになってい

く。


「言い訳は聞きたくない。私が今しているのは事実確認だよ浅倉くん。はっきりしたまえ。君は東雲くんに対して誹謗中傷を行ったのか?行っていないのか?」


「しました…」


「したんだね?」


「…はい」


浅倉が頷いた。


誹謗中傷の事実を認めた。


校長が「はぁ」と少し呆れたようなため息を吐いた。


「よろしい。君の言い分は今ここで聞くつもりはない。とにかく浅倉くんとそこの君たちが東雲くんに対して誹謗中傷をした、その事実が今確定した」


「はい」


校長がチラリと俺を見てきたので、俺は頷きを返す。


「さらに君たちはそれだけではない。誹謗中傷だけならわざわざここに呼び出したりはしなかっただろう。非常に悲しいことに東雲くんに対して勘違いから言われのない中傷を行った生徒は君たち以外にもごまんといるからね。君たちがここにわざわざ呼び出された理由は他にある。そのことに関して、自覚はあるね」


「「「…」」」


後輩部員たちが無言で頷いた。


浅倉の目が忙しなく動き始める。


何か浅倉にとって都合の悪いことが起こることを心配しているかのような,そんな反応だった。


俺は首を傾げる。


すでに浅倉が俺にしてきた誹謗中傷に関しては明らかにされた。


こいつは特にしつこかったが、しかし結局のところ、先輩部員たちのように直接暴力は振るって来なかったわけだし、俺にしたことは誹謗中傷だけのはずだ。


まさか校長は、こいつが理沙を殴ったことを?


だが、それに言及するつもりなら、この場に理沙も呼びそうなものだが。


俺が浅倉の不可解な焦り方に内心首を傾げる中、校長が話を進める。


「君たちは東雲くんに対して許されざることをした。彼を誹謗中傷するだけでは飽き足らず、彼のロッカーを破壊してそこに暴言を吐いた。今日ここに君たちを呼び出したのは君たちがその破壊行為の実行犯だからだ。そのことに関して、何か申し開きはあるか?」


「「「…」」」


「え、お前らが…?」


俺は部の後輩たちを眺めた。


後輩たちが気まずそうに俯く。


否定しないということは、本当にこいつらが俺のロッカーをあんなにしたということか。


てっきり先輩連中がやったのかと思ったが、実行犯はこいつらだったのか。


「…っ」


事件前まで俺を「透先輩」と読んで慕ってくれていた後輩部員たちが、まさかそんなことをしていたと知って俺は心が痛くなる。


「東雲くんはどうやら知らなかったようだね」


校長が気の毒そうな視線を俺に向けていた。


「先に彼らに話を聞いてすでに判明している。彼らが君の部室のロッカーを壊し、落書きをした実行犯だ」


「…そう、だったんですね」


「ああ……とても悲しいことだが、事実だ。おい、お前たち。東雲くんに対して何かいうことがあるだろう?」


「すみませんでした…」


「本当にすみませんでした、透先輩…」


「本当にごめんなさい…」


後輩部員たちが次々に謝ってくる。


「ああ…もういいよ…」


俺は力無い声でそう言った。


もはや怒りすら湧いてこなかった。


俺は俺のことを慕ってくれていた後輩すらが裏でこんなことをしていたと知って呆れて怒る気力すら失われてしまった。


「東雲くん…君の辛さはよくわかる…気持ちが落ち着くまで少し待っていようか?」


落胆している俺を見て、校長が気遣うようにそんなことを言ってくる。


「いえ、大丈夫です。話を進めましょう」


「そうか…」


校長は一瞬同情するような表情を浮かべた後に、再び話を進めるために口を開く。


「学校の備品を壊し、東雲くんを傷つけたことは非常に重い。よって君たちには1ヶ月の部活停止を命じる……東雲くん。それでいいかい?」


「はい…構いません」


もはや罰などどうでも良かった。


俺の中にあるのは、部員としてサッカー部で過ごし、部のために尽くしてきた日々はなんだったのかという無気力感だけだった。


「君たちはまだ一年生だ。部で過ごす時間も学校で過ごす時間もまだまだ長い。この程度の処置で済んだのは東雲くんの温情だと思って、反省し、改善に努めなさい。いいね?」


「「「はい……」」」


「それでは……最後は君だ、浅倉くん」


「…っ」


後輩部員たちを捌き終えた校長が、一番最後に浅倉を見た。


浅倉が、明らかに都合が悪そうに目を右往左往させる。


「君は見方によっては彼らよりも重大な罪を犯した……自分でもわかっているだろう?それを今、ここで告白しなさい」


「え、わ、私、ですか…?」


「自分でわかっているはずだ。しっかり自ら白状しなさい。そして東雲くんに謝罪するんだ」


「私は…」


浅倉の声が震えている。


こいつは一体何をしたのだろうか。


何か俺が知らないところで、俺を害する行為をしていたというのだろうか。


校長にはなんらかの確信があるようだった。


全く見当もつかない俺は、校長と浅倉のやりとりを見守る。


「な、何もしてないです…確かに悪口を言いましたけど…それ以外は何も…」


浅倉が校長の目を見ずに行った。


校長が「はぁ」と悲しげなため息をついた。


「では私から言おう」


校長が俺と浅倉を交互に見て,それから浅倉の第二の罪を暴露した。


「本当は君本人の口から聞きたかったのだがな、浅倉くん。君はいまだににげられるとおもっているのだろうが……すでに彼らからの証言によって私は君が何をしたのか知っているんだよ」


「…っ!?」


浅倉が後輩部員たちを見た。


校長が、俺の知らない浅倉のもう一つの罪を暴露する。


「浅倉くん。君が後輩の部員たちに、ロッカー破壊を命じたのだろう?東雲くんを追い出すために。学校の備品を破壊し、あらぬ悪口を落書きするように指示したのは他ならない君だ。君が東雲くんのロッカー破壊の首謀者だ」


「は…?」


「…っ」


衝撃の事実の判明に、俺は思わずそんな声を出してしまった。


一瞬自分が何を聞いたのかわからなかった。


浅倉がロッカーを破壊するように指示した?


こいつそんなことしてたのか?


裏でそんなことをやりながら、俺を再度部活に勧誘するなんて舐めた態度をとっていたのか?


俺は明かされた浅倉のもう一つの罪に、呆れてものが言えなかった。


浅倉は口をぱくぱくとさせて、後輩部員たちを見ている。


「あんたたち…まさか…」


「すべて彼らが喋ってくれたよ。君の指示でやったことだとね」


「…っ」


浅倉が恨みのこもった目で後輩部員を見る。


後輩部員たちは、校長や浅倉と目線を合わせるのが怖いのか、ただひたすら俯いている。


「浅倉くん……ここまできたらもう言い逃れはできないよ。実行犯の彼ら全員が、君から支持されたと証言した。これでもまだ、ロッカー破壊の件を否定するか?」


「わ、私はっ…」


俺が呆れて何も喋れない中、浅倉が、気まずそうに視線を泳がせながら、言い訳のようなことを言い募る。


「べ、別に……悪意があったわけじゃ…ただ、部活のために行動しなきゃって……だって、これ以上透が部活にいたら、サッカー部の評価が下がるからって……だから…仕方がなくて…」


「仕方がないわけがあるか!!!」


「ひっ!?」 


校長が怒鳴り声を上げる。


浅倉が引き攣った声を上げた。


「君は自分が何をしたのか自覚していないのか!?この後に及んでよくそんな言い訳ができるな!!!本人の目の前で!!のうのうと、自分を擁護して!!恥ずかしくないのか!!!」


「あっ…あぁ…っ」


浅倉がポロポロと泣き出した。


これまで、声音に怒りは滲ませながらも一応は冷静に対処していた校長がここにきて見たこともない剣幕で怒鳴り散らしていた。


浅倉は恐怖で驚き、校長と目も合わせることもできずに泣いていた。


その後、校長は3分ほどにわたり、正面からものすごい剣幕で浅倉に対して説教を行った。


浅倉はまるで子供のように涙を流して泣いていた。


気の毒だと思わなかった。


こいつはこうでもされないと自分が何をしたのか自覚しないだろうし、校長もおそらくそれを察してのことだろう。


むしろこんなどうしようもないクズをまだ更生させようと本気で怒っているだけ、俺は校長が優しい教育者に見えてしまった。


「君がしたことはつまりそういうことだ。いいかね?よく自覚するんだ。自分がしたことが許されないことだということを」


「うぅ…ひぐっ…えぐっ…ぐす…」


「浅倉くん。まず東雲くんに謝りなさい。今ここで謝罪しなさい」


「ごめんなさぁい…」


「もう一度!ちゃんと東雲くんを見るんだ!!!」


「ごめんなさぁい…透っ…ほんとうにごめぇん…」


「東雲くん…これでいいかな?」


「…はい」


俺は頷いた。


校長が頷き、泣きじゃくる浅倉が落ち着くのを待つ。


その後に校長は、浅倉にも1ヶ月のマネージャーとしての活動を禁止する罰を貸した。


浅倉はいつまでも鼻水を垂らし、涙を流しながら、子供みたいに泣きじゃくっていた。

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冤罪で全てを失った男子高校生、美少女幼馴染によって救われる〜無実の罪が発覚し、クラスメイトが手のひらを返してきたが今更もう遅い〜 taki @taki210

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