第30話
「それではまず、事実確認から行こうか。東雲くん、間違っていたら指摘してくれたまえ」
校長室にやってきた俺に対していきなり頭を下げて謝罪した校長は笑顔のまま顔を上げてからそういった。
それから並んで立っている……いや立たされているように見える担任や監督や部員たち、そして浅倉に順番に視線を巡らせる。
校長と視線があった彼らは、蛇に睨まれたカエルのような表情になり、姿勢を正してごくりと喉を鳴らしている。
「あの…すみません。どうして自分はここに呼ばれたんですか?」
校長にいきなり頭を下げられて面食らっていた俺は、ようやく最初に尋ねるべきだった疑問を口にする。
校長は集められた人たちを指さして言った。
「もちろん、彼らに謝罪させるためだ。君に対してね」
「謝罪?」
「ああ」
校長が大きく頷いた。
「ここに集められたのは君に対して許されざることをした者たちだ。私は校長として然るべき罰が与えられるべきだと考えた。だから君をここに呼び出した。まず彼らに君に対する正式な謝罪を行ってもらう」
「はぁ」
校長が俺を呼び出した意図はなんとなくわかった。
つまりこれは学校側の今回の炎上に対する対処ということなのだろう。
このままだとネットで炎上の火がどんどん燃え広がり、悪評が広まってしまう。
だからとりあえず俺を呼び出して、加害者たちに謝罪をさせ、なんらかの処分を下す。
そうすることによって学校側が今回の炎上に対して誠意ある対応をしたということにする。
それが校長の狙いなのだろうと、俺はなんとなく察した。
「君が私のこのような行動をどう思おうとかまわない」
「…?」
「保身と思われても仕方がないという意味だ。しかしここまで大事になってしまった以上、私はこの学校の校長として何かしらの対処をせざるを得ないのだ。きみにはそこを理解してほしい」
「…わかりました」
俺は校長の態度に、担任にはなかった誠意を見た気がした。
担任のように誤魔化そうとせず、これが炎上を鎮火するためのものだと校長は正直に話した。
保身のために嘘をつく担任よりも、俺は目的をはっきり口にした校長の方が信頼できると思った。
「話を聞かせてもらいます」
「ありがとう……では、まず最初に君が彼らにされたことを一つずつ確認していくが、いいかね?」
「はい」
俺が頷くと、校長はまず担任の方を見た。
「まずは担任の田中くんからだ……確認なんだが、田中くん。君は自分の受け持つクラスの生徒の一人であるところの東雲くんから、事件直後に助けを求められた。東雲くんが冤罪を晴らすために力を貸して欲しいと君に申し出た時に、君はその申し出を断った。それであっているね?」
「はい…」
担任の田中先生が俯いたまま返事をした。
「東雲くん、それであっているかな?」
校長が俺に事実確認をしてくる。
俺は全て事実だったので頷きを返した。
どうやら校長の口ぶりから察するに、彼らが俺にしたことを校長はすでに知っているようだった。
もしかしたら俺がくる前に呼び出した彼らを問いただし、そして叱責したのかもしれない。
「そうか……助けを求める生徒を、事実確認もせずに無碍にあしらった……担任としてあるまじき行為だ。田中くんには半年間の減給処分を課す。田中くん、東雲くんに謝罪したまえ」
「本当にすまなかった、東雲…先生が悪かった。先生を許してくれ」
「わかりました。先生を許します」
俺はそう即答した。
すでに担任には一度謝罪されていることだし、校長からこうして減給処分が下されることになった。
俺は正式な罰が下されたのだと思って、担任を許すことにした。
「田中くん。東雲くんの温情に感謝して、以降こういうことが2度とないように」
「はい…気をつけます…」
「それから次に……岡部くん。君だ」
「は、はい…」
担任と俺の和解が済んだのを確認した校長が、次により厳しい視線でサッカー部の監督……体育教師でもある岡部先生を見た。
校長は明らかに担任の時よりも怒りの滲んだ声で、岡部を叱責する。
「岡部くん。君は田中くんよりも重罪だ。聞けば、君の監督する部活で、東雲くんがリンチを受けたそうじゃないか。試合中、何名かの部員が故意に東雲くんに対してタックルなどを行い、君はそれを見逃した。東雲くんはそれにより、体に傷やあざができたという。これは事実なら明らかな暴力行為だ。このようなことを君が見過ごしていたということが私はいまだに信じられない」
「全て事実です。本当に申し訳ございませんでした…」
岡部が即座に校長に対して頭を下げた。
しかし校長の怒りは解けていないようだった。
「岡部くん、君は謝るべき相手を間違えている」
「…?」
「私ではなくまず東雲くんに謝るべきでは?」
「は、はいっ…」
岡部が慌てたように俺の方を向いた。
「透…すまなかった。俺を許してくれ」
「わかりました。監督を許します」
本当のことを言うと俺は監督を許したくはなかった。
監督は俺が先輩たちからゲームで削られまくり、体にあざや擦り傷ができてもそれを見過ごしていた。
それどころか俺には遠目に見て笑っているようにも見えた。
そしてその後、俺が部活を去ると言った時にも一瞬厄介者払いができたと言わんばかりに安堵していたと俺は記憶している。
おそらく監督は今回こうして校長に機会を与えられなければ、俺に謝罪すらしていなかっただろう。
…だがここで子供のように喚いても仕方がない。
俺はもう関わり合いになることもないだろうからと、校長の顔を立てて監督を許したことにした。
「岡部くん、君は東雲くんから訴えられてもおかしくないようなことをしでかしたのだよ?それを自覚しているか?」
「はい……とてもよくわかっています」
「今の君は、君は部活を率いる立場に相応しくない。半年間、君はサッカー部の監督および顧問を解任だ。そして体育教師としての給料も同じ期間減給処分だ。反省しなさい。そしてサッカー部に関しては、一時的な顧問を君が探しておきなさい」
「はい…わかりました…」
監督が処分を受け入れ、もう一度校長に頭を下げてから引いた。
「これでいいかね?」
「はい」
十分な処置だと思ったので俺が頷くと、校長は一度「はぁ」とため息を吐いてから、次にサッカー部の部員たち、そして浅倉へと視線を移した。
「部活動内で起こった出来事に校長として口を挟むのは本来私の主義に反することなのだが……監督責任のある岡部くんがこれなのでね、私が君たちを裁かせてもらうよ」
校長が監督をチラリと見ながら言った。
監督が俯いて縮こまる。
校長は神妙な表情を浮かべている部員たちに向かっていった。
「まず……君たちは東雲くんのよくない噂が広まった後、彼を除け者にし、部活で不用意なタックルなどで彼を削り、怪我などを負わせた。これに関して、事実であっているね?」
「「「はい」」」
部員たちが一様に返事をした。
「東雲くん、そうだね?」
校長が俺にも事実確認をする。
俺が頷いて、実際に暴力行為が行われたことを肯定した。
「ふむ、よろしい。では次に、実際に彼にゲーム中に危害を加えたものは手を上げてくれ」
「「「…」」」
集められた部員たちの半分ほどが,おずおずと手を挙げた。
ほとんどが、3年生の先輩だった。
俺は手をあげた先輩方の顔ぶれを見る。
完全に覚えているわけじゃないが、確かに俺に危険なタックルをしてきた連中に見える。
一年の後輩の中で手を挙げているのは少数だ。
俺の記憶では、確かに直接的な暴力を振るってきたのは先輩方の方で、後輩の方は陰口は叩いても流石に先輩の俺に直接危険なタックルなどをしてきた奴らは少なかった。
校長はどのような方法でかはわからないが、俺に暴力行為をした部員を炙り出して、ここに呼びつけたらしい。
「君たちは大人なら警察に捕まってもおかしくないようなことを東雲くんにした……東雲くんが大怪我こそしなかったからよかったものの……骨でも折れていたらもっと大事になっていただろう。それを十分反省しなさい」
「「「……はい」」」
先輩方が俯いて返事をしている。
「本当なら君たちには反省して半年間ぐらいは部活動停止命令を言い渡したいのだが……3年生の君たちには最後の大会がある……だから二週間の部活停止、これで勘弁してやろうと私は思っている…東雲くん、君はどうだ?」
「俺、ですか?」
校長が俺に水を向けてきた。
「君がこの処分が納得いかないと言うのなら、部活停止期間を延ばすこともできる。だが彼らには高校生最後の大会が控えている。
どうか二週間で勘弁してやってくれないか?私からもお願いする」
「わかりました。それで構いません」
「「「…ほっ」」」
俺の答えを聞いて先輩たちが胸を撫で下ろした。
まあ正直なことを言うと、二週間の部活停止措置は軽すぎるとは思ったのだが、しかし隼人のことがある。
重要な大会に先輩がたが出られなくなったら、隼人に迷惑がかかる。
あいつには恩がある。
だから、サッカー部が大会前に弱体化するのは隼人のためを思う俺の本意じゃなかった。
「ありがとう、東雲くん。おい、君たち。寛大な東雲くんにしっかり謝罪して反省したまえ」
「すまなかった,東雲」
「悪かった、透」
「本当にすまなかった、東雲」
先輩方が次々に謝ってくる。
俺は暴力行為がこの程度で許されてしまったことに本音では腹が立っていたが,もう関わることもないだろうから別にいいかと頷きを返しておいた。
「それともちろんなんだが……今回処分を受けた三年生の部員は全員、大学の推薦入学の枠を利用することはできない」
「「「…っ!?」」」
先輩たちが驚きに目を見開く。
校長が当たり前だというように言った。
「当然のことだ。どのような理由があれ、後輩部員に暴力を振るうような生徒を大学に推薦で送り出せるはずがないだろう」
「「「…っ」」」
何人かの先輩方が校長の言葉に苦々しげに唇を噛んだ。
うちのサッカー部はかなりの強豪校だ。
おそらく先輩たちの中には、最後の大会で結果を残し、大学への推薦入学を考えていたも
のも多いだろう。
だが、今その道は断たれた。
俺ほどではないにしろ彼らの人生設計が多少これで狂ったわけだ。
自業自得なので、同情の余地はない。
「これで君たちに対する処分は全部だ。自分のしたことを省みてよくよく反省するように」
「「「…っ」」」
先輩たちが悔しげに俺を睨んできた。
だが俺はもう完全に先輩たちから興味を失っていたため、取り合わずに完全に無視した。
「それでは…最後に君たちの処分について、だ」
処分を言い渡された先輩方が悔しげな表情で下がっていく中、いよいよ校長が最後に残された後輩部員たちとマネージャーの浅倉愛菜に視線を移したのだった。
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