第8話
「はぁ…学校行きたくねぇ…」
朝。
アラームの音で目を覚ました俺は、自室の天井を見つめながらそう呟いた。
最近これが朝起きた時の口癖になっている。
学校へ行けばまたクラスメイトや部活の部員たちから心無い言葉を吐かれる。
上履きの中には画鋲が入っているだろうし、机には新しい落書きが増えているだろう。
隼人や理沙は味方になってくれるが、今のところまだこの状況の打開策は見出せていない。
このままほとんど四面楚歌の状態で学校に通い続けていたら、そのうち精神が病みそうだ。
「はぁ…」
ため息を漏らしながら起き上がり、学校に行く支度をする。
今日も俺の分の朝ごはんは準備されていないだろう。
冷蔵庫に何か食べられるものは入っているだろうか。
俺はそんなことを思いながら自室を出て一階のリビングへと降りた。
「…?」
「「「…」」」
すでに俺以外の家族三人は起きていて、リビングにいた。
テーブルにはやはり俺の分の朝食はなく、三人分の朝食が湯気を立てている。
奇妙なことに、父、母、そして妹の三人は、出来上がった朝食を食べることもなく、またいつものように俺に暴言を吐くのでもなく、テレビの前に立ち尽くしているようだった。
テレビではアナウンサーがニュースを読み上げており、三人は呆然とした表情でそのニュースを眺めている。
「…?」
異変を感じた俺は、三人の背後からそのニュースに耳を傾ける。
「昨日夕方ごろ、〜の〜〜にて、如月拓真容疑者が、娘の如月姫花さんに性的暴行を加えたとして現場を目撃した警察官に現行犯逮捕されました。如月拓真容疑者には、逮捕しようとした警察官に暴力行為を働いたとして公務執行妨害の容疑もかかっています」
「え……如月?」
如月。
そんな単語が出てきて、俺はハッとなった。
「あ」
「と、透……」
「お兄ちゃん……」
俺以外の三人が、気まずそうに俺のことを振り返る。
俺はそんな家族三人を無視して、一番前に出てニュースを食い入るように見つめた。
「きっかけは近所の住民からの通報だったということです。数日前、如月容疑者の自宅から、助けを求める悲鳴のような声が聞こえたと近隣住民から警察署へ通報があったそうです。通報を受けて駆けつけた警察官が如月家に事情聴取に訪れたところ、如月容疑者が、17歳の高校生の娘に性的暴行を加えている現場を目撃し、その場で現行犯逮捕したということです。警察は、如月拓真容疑者が、娘の如月姫花さんにこれまでも日常的に性的暴行や虐待行為を行なっていた可能性があるとして捜査を進めているということです」
「間違いない…如月の家だ……」
事件のことを深刻は表情で語るアナウンサーの背後に写っているのは、あの日俺が如月に誘われてついて行った如月の実家だった。
ボロボロでところどころが朽ちている家の周りに何台ものパトカーが止まっており、如月の父親が警察官2名に腕を押さえつけられながら車両に乗せられる映像が流されている。
「また如月容疑者は、数日前に娘の姫花さんと共謀し、姫花さんの同級生に一人に性的暴行の罪を着せて、暴行を働いたことも供述しています。取り調べに対し、娘の姫花さんは、同意の上で性交渉に及んだ後に、父親に強制性交をされたと嘘をつき、暴行させるようにけしかけたと明かしています。警察は、娘の姫花さんに対しても引き続き取り調べを続ける方針です……」
「……」
俺は呆然とした。
何が起きているのか理解ができなかった。
アナウンサーは繰り返し、如月の父親が娘に対する性的暴行容疑で捕まったこと、娘と共謀して同級生の男子生徒に暴行を加えたと供述していることなどを報道していた。
この同級生とは、もちろん俺のことだろう。
そして事件の被害者となった如月姫花も、警察の取り調べに対し、俺に冤罪をかけたことを認めて、容疑者になる可能性も含めて捜査がされているということだ。
「マジか……」
段々と現状が理解できてきた。
如月が父親に性的暴行を受けてきたとか、虐待されていたとか、父親が現在は定職についておらず、生活保護を受けていたとか、そういうことが報道されていたが、そんなことはどうでもいい。
重要なのは、如月姫花が、数日前の悲鳴が聞こえたという近隣住人の通報に関する警察の取り調べに対して、同級生を冤罪にかけるためだったと供述した、というこの部分だ。
如月は警察に全てを話したんだ。
つまり、自らあれは冤罪だったと認めたということである。
今この瞬間に、俺の無実が証明されたのだ。
俺の主張が正しいことが、警察の取り調べによって判明したのだ。
俺が犯罪者でないという決定的事実が、世間に対して公表されたのだ。
終わったんだ。
「はぁぁああああ……」
思わず長いため息を漏らした。
真実が明らかになった。
もう犯罪者扱いされることはない。
もう誰にも俺を犯罪者扱いする権利はない。
好き勝手に罵られ、いじめられ、リンチされる日々は終わったのだ。
「お、おい…」
「と、透…?」
「お兄ちゃん…?」
背後から名前を呼ばれた。
振り返ると、気まずそうな家族がちらちらと俺を見ていた。
これまで俺の主張を信じず、犯罪者として扱ってきたのにも関わらず、俺が無罪であったと明らかになってとても気まずいのだろう。
何かこちらから言って欲しそうな表情を浮かべている。
気にしないで。
誰にだって間違いはある。
今回のことは水に流すよ。
……俺がそういうとでも思ったか?
家族だというのに俺の主張に全く耳を貸さず、散々犯罪者呼ばわりされて、食事もろくに用意してもらえなかったのに、それらを全部ここで水に流せと?
悪いが俺はそこまでお人好しじゃない。
正直いうともうこの三人が信用できない。
今までのような家族としてはもう見れない。
「お兄ちゃん…私…」
「触るな」
パシッ!!!
「…っ!?!?」
妹が伸ばしてきた手を、俺は叩く。
妹が驚きに目を見開いた。
「「…」」
両親は無言だ。
ものすごく気まずそうな表情で俺のことを見ている。
俺は無言で三人の間を通り過ぎた。
そして挨拶もせずに、玄関で靴を履き、自宅を後にした。
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