第10話
〜妹視点〜
東雲透は私、東雲美桜の自慢の兄だ。
いや、だった、というべきだろう。
透お兄ちゃんは小さい頃はとても優しい理想のお兄ちゃんで、私のお手本だった。
歳は3歳違いだが,小さい頃の私はいつも兄の背中を追いかけていた。
透お兄ちゃんは、幼い私の遊びに付き合ってくれたし、私の代わりに虫を取ってくれた
り、本を読み聞かせしてくれたりした。
大きくなっても私とお兄ちゃんの仲がいい関係は変わらなかった。
よく大きくなるにつれて仲が悪くなり、疎遠になる兄妹の話を聞くが、私からしたら考えられないことだった。
透お兄ちゃんはいつまでも私の自慢のお兄ちゃん。
きっとこのまま大人になっても私は妹として兄を慕い続けるだろう。
そう思っていた。
だが、ある日私は母親から信じられない話を聞いた。
「うぅ…どうして…どこで間違えたの…?私の育て方が悪かったの…」
ある日、私が中学から帰ってくると自宅で母が泣いていた。
理由を尋ねたら、信じられないような答えが返ってきた。
透お兄ちゃんが、同級生の女の子をレイプした。
その事実がバレて学校全体に広まり、お兄ちゃんは今針の筵状態らしい。
母はそのことをPTAの集まりで知ったというのだ。
「透お兄ちゃんがレイプ…?嘘でしょ…?」
優しさとはお兄ちゃんのためにある。
そうまで思っていた私は、透お兄ちゃんが女の子を無理やりしたなんて考えられなかった。
だが、最近お兄ちゃんの様子がちょっとおかしかったのも事実だ。
どこか浮かれているというか、落ち着きがないというか。
帰宅時間も遅くなり、以前まで頻繁に家にやってきていた隼人お兄ちゃんや、理沙お姉ちゃんも家に来ることがなくなっていた。
またお兄ちゃんが全身に傷を作って帰ってくることもあった。
「お兄ちゃん大丈夫?喧嘩?」
「いいや、違う……美桜は知らなくていいよ」
「…え、あ…うん」
心配になってそう尋ねた私に、知らなくていいと答えたお兄ちゃんはどこか挙動不審だったような気がする。
「あれはおそらくレイプした女の子から反撃を受けた傷だろう…」
「やっぱり……だから怪我の原因を教えてくれなかったのね…」
「…っ」
ある日私は両親のそんな会話を耳にしてしまった。
どうやらあの日の怪我は、無理やり組み敷いた同級生の女の子から反撃に遭って出来たものだったようだ。
「最低お兄ちゃん……女の子を無理やりなん
て……」
私はお兄ちゃんのことがすっかり怖くなってしまった。
今まで常に私に優しくて、意地悪されたことなんか一回もなくて、真面目で勉強にもスポーツにも一生懸命だったお兄ちゃん。
だけどその本性は、女の子に無理やり性的暴行を加えて、それを自分はやっていないとシラを切るような最低な人間だったのだ。
「怖い……もうお兄ちゃんのことは信用できない…」
私は今までお兄ちゃんを慕ってきた分、その反動でお兄ちゃんのことを吐き気を催すほどに嫌いになってしまった。
いつも周囲に優しさを振り撒いていたお兄ちゃんは、ニュースに出るような最低な性犯罪者と本質は何も変わらなかったのだ。
もうお兄ちゃんと呼ぶことすら嫌になった。
いつしか私はお兄ちゃんのことを「犯罪者」
と呼ぶようになった。
両親は、お兄ちゃんの再犯を恐れて高校卒業と同時にこの家から追い出すつもりらしかった。
私もそうした方がいいと思った。
もうこれ以上お兄ちゃん……いや、犯罪者と一緒の家に住みたくなかったので、さっさと犯罪者をこの家から追い出して欲しいとすら思っていた。
「うわ…朝から犯罪者に出くわすなんて最悪…」
朝、ドアを開けたら犯罪者と鉢合わせてしまったことがある。
犯罪者と目があった私は、恐怖と嫌悪感を覚えて思わずそう吐き捨てていた。
「…っ」
犯罪者は、まるで私の言葉に傷ついたような表情を浮かべたが、これも縁起なのだろう。
騙されては行けない。
犯罪者は、表面的にどう見えようと心の中では何を考えているのかわからないのだ。
もしかしたら、次のターゲットに肉身の私や、母親を選ぶ可能性すらあるのだ。
「私に何かしたらすぐにお父さんとお母さんに言いつけるから……絶対に近づかないでね」
私はそう吐き捨てて部屋のドアを閉めた。
ドアの向こうでため息が聞こえ、階段を降りていく音がして私はほっと胸を撫で下ろす。
一刻も早く犯罪者にはこの家から出て行って
ほしかった。
これ以上犯罪者のせいで私たち家族が不幸になるのは耐えられなかった。
「犯罪者に食わせる飯はない」
「あんたのせいで私たち家族まで近所にいろいろ言われているんですよ」
両親は、犯罪を犯した罰として犯罪者に朝食や夕食を作ることをやめていた。
私も両親の方針には賛成だった。
犯罪者は、今回は相手の女の子の音声で被害届が出されずに刑務所には入らないらしい。
国の法律が犯罪者を罰しないのなら、私たち家族が代わりに犯罪者を罰するべきだと私も思った。
「美桜、最近お兄ちゃんの話しなくなったよね…」
「何かあったの?」
「…別に」
学校で友達にそんなことを言われるたびに、私は普段からお兄……じゃなくて犯罪者のことを自慢げに話してきたことを後悔した。
早く犯罪者は消えてほしい。
私の目の前からいなくなってほしい。
父さんと母さんと、それから私の三人で、幸せな家族生活を再スタートさせたい。
そう思っていた矢先、全てをひっくり返す出来事が起こった。
「え…嘘……お兄ちゃん、無罪だったの…?」
朝のニュースで、衝撃的な事件が報道されていた。
如月家……つまりお兄ちゃんがレイプした相手の女の子の実家で、事件があったというのだ。
容疑者はお兄ちゃんがレイプしたと思っていた如月姫花さんのお父さん。
姫花さんのお父さんの如月拓真容疑者は、娘に性的暴行を加えているところを警官に現行犯逮捕されたらしい。
警察の調べで、如月拓真容疑者は、日常的に如月姫花さんに性的暴行や虐待行為を働いていた可能性があることが判明したらしい。
さらには、今回の事件のきっかけとなった数日前の近隣住民の通報の件を調べると、如月姫花被害者が、加害者の拓真容疑者と一緒に、同級生の男子生徒にレイプの濡れ衣を着せたと証言したという。
警察はその件に関して、姫花さんに対しても容疑者として逮捕する可能性があるとして捜査しているという。
「え、何…?どういうことなの…」
いろんな情報が一挙に押し寄せてきて私はしばらく理解が追いつかなかった。
だが、状況が飲み込めるに従って、自分がとんでもないことをしてしまったことに気がついた。
つまりこういうことだったのだ。
お兄ちゃん……東雲透の主張が正しかった。
お兄ちゃんは如月姫花さんをレイプしていなかった。
嘘をついていたのは如月姫花さんの方で、お兄ちゃんは冤罪をかけられた被害者だったのだ。
「間違いない……如月の家だ…」
気づけばそこにお兄ちゃんがいた。
テレビに釘付けになって、アナウンサーが読み上げる事件の報道を食い入るようにして聞いている。
「はぁあああああ…」
やがてお兄ちゃんが長いため息を吐いた。
事件の真相が明らかになり、自分の無罪が証
明されて安堵しているのだろう。
私は急激に自分が恥ずかしくなった。
そして同時に兄を信じてやれずに、酷い言葉や態度をとった過去の自分を死ぬほど後悔した。
「お兄ちゃん…」
謝ろう。
謝って許してもらおう。
そう思ってお兄ちゃんに手を伸ばしたのだが、透お兄ちゃんは私の手をはたき落とした。
「触るな」
「…っ!?」
ズキリと心に痛みが走った。
今まで向けられたことがないような怒りの表情を、透お兄ちゃんが私に向けていた。
私は、そんな怖い顔をお兄ちゃんからされたのは初めてで、それ以上言葉が続かず、呆然とその場に立ち尽くしてしまった。
お兄ちゃんは無言で家を出て行った。
両親が気まずそうにお互いを見ている。
私は、兄が出て行った後の玄関をぼんやりと見つめた。
私は……取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない。
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