第28話


俺は啜り泣く担任を放っておいて職員室を後にした。


「透!?大丈夫だった!?なんの呼び出しだ

ったの…?」


教室に戻ると、心配そうな理沙がなんの件で呼び出されたのかを尋ねてきた。


「いや、大したことじゃない」


「なんだったの?」


「今回の炎上に関してだ」


「何か……悪いこと?ひょっとして透のせいにされたり…?」


「いや、担任やその他の教師は俺の味方になると言ってくれた。まぁそれも自己保身のためだろうが」


「よかった……透にとって悪いことじゃなかったんだね」


理沙がほっとしたように胸を撫で下ろす。


「一応詳しく話しておくとだな…」


俺は理沙だったら信用できると思い、職員室であったことを全て話した。


担任がさらなる炎上を恐れて今更のように味方になると申し出て自己保身を図ってきたこと。


俺が淡々と事実を突きつけると泣いて謝ってきたこと。


職員室であった出来事の一部始終を理沙に語って聞かせた。


全てを知った理沙は、途端に怒り顔になる。


「本当に都合がいい人ばっかりだよね。透が一番辛い時期に放っておいて、今更になって味方になるなんて…」


「ああ、そうだな」


「きっと炎上がなかったら先生たちも透に対して何もしなかったよね?本当にひどいと思う」


「だろうな。明らかに教師たち同士で何かを話し合ったような空気があった。おそらくこれ以上炎上の火が燃え広がらないようにさっさと俺を取り込んでおきたかったんだろう。流石に卑怯だと思って俺もついつい言い返しちまった」


「当然のことだと思うよ。透は正しいことをしたと思う」


何度も頷いて俺を肯定してくれる理沙。


俺は一応理沙にこの件に関しては誰にも話さないように言っておく。


「理沙…一応このことは誰にも話さないでくれるか?担任とこの件については不問にするって約束したし……これ以上炎上の火を広げるのは俺も本意じゃないから」


「うん、わかった。透がいうならそうする」


「隼人には……伝えてもいいと思う。信用できる二人が情報共有するのは構わない。でもその際は隼人にも、誰にも言わないようにつたえてくれるか?」


「もちろんだよ。こんなこと不必要に広めたりなんか、私しないよ?」


「信用していないわけじゃないんだ。念の為に行っただけだ」


俺と理沙がそんな会話をしていると、不意に横から歩み寄ってくる影があった。


「ちょっと、透!どういうこと!?」


「は?いきなりなんだよ」


「え…?」


そいつは、話している俺と理沙の間に突然割って入ってくると俺の腕を掴んで引っ張ってきた。


俺は失礼なそいつの顔を拝む。


朝倉愛菜がそこに立っていてまるで咎めるような視線を俺に向けていた。


もう見たくもなかった顔をまた拝むことになり、俺は思わず表情を顰める。


「何その顔は?うんざりしているのはこっちなんですけど?」


「なんのようだよ浅倉?」


「なんの用だ、じゃないでしょ。なんで今

日、朝練に来なかったの?」


「は…?」


朝練?


行くわけないだろうが。


こいつ馬鹿か?


「は?じゃないでしょ。今までサボったことなんてなかったじゃない。なんで来ないの?忘れてたの?」


「なんで俺が今更朝練に参加するんだ?俺はもうサッカー部員じゃないぞ?」


「はぁ!?どういうことよ!?」


浅倉がキンキンとした声を上げる。


俺はさっさと目の前から消えてくれないかなと思いながら、これ以上ダル絡みされないためにはっきりとサッカー部を退部したことを伝える。


「どういうことも何もない。この間言っただろうが。俺はもうサッカー部を続けるつもりはない」


「あれ本気だったの?冗談でしょ?」


「冗談じゃない。俺はもうお前らとサッカーをしようとは思わない」


「意味わかんない…なんで?」


浅倉が理解不能といった顔で俺を見てくるが、逆に俺は朝倉の方が理解不能だった。


こいつは自分や他の部員が俺に何をしたのかもう忘れちまったのか?


鳥頭か何かか?


ロッカーを壊され、落書きされ、暴力行為に近いことまでされて、俺が本当にサッカー部にこれ以上在籍しようとするとおもっているのか?


だとしたら頭がおかしいんじゃないのか、こいつ。


「意味わからなくないだろうが。自分が俺に何したのか忘れたのか?俺が本気でこれ以上あの部活に居続けることを望むと思うか?」


「何よ、いきなり辞めるとか……あんなの些細なすれ違いじゃない。やめるようなことじゃないでしょ?」


「ちっ…」


俺は思わず舌打ちをしてしまった。


本当にこいつは話のわからない女だ。


やはり自分が俺に何をしたのか、ことの重大さを認識することすら出来ていないのだろう。


こんなやつと話していても時間の無駄だ。


俺はさっさと目の前からいなくなれよと意思表示するために、あからさまに嫌悪の表情を作る。


だが、浅倉は俺の目の前から消えるどころか、さらに詰め寄ってきた。


「ねぇ、透。あんた、あんな啖呵を切った手前、また部活やりたいって言いづらくなってるんでしょ?いいわ、そういうことなら私に任せて」


「…は?」


「私があんたと監督や部員たちとの間を取り持ってあげる」


「…は?正気か?」


「大丈夫よ。私にならできるわ。部員たちの仲を取り持って円滑に部活動を行えるようにするのもマネージャーの役目だと思ってるから」


「お前……」


俺は謝罪するどころか、押し付けがましくももう一度俺が部活に戻る手助けをしてやるなどと言い出した朝倉を思わずまじまじと眺めてしまった。


こいつは一体どこまで馬鹿なんだ?


頭の中お花畑なのだろうか。


一体どういう神経をしていたら、加害者の分際で被害者の俺にここまで押し付けがましい

態度を取れるのだろうか。


「ちょっと、なんとか言いなさいよ」


「…いや、お前…マジで…」


俺があまりの浅倉の頭のおかしさに二の句が告げないでいると、浅倉の背後から理沙が口を挟んできた。


「浅倉さん、だよね?サッカー部のマネージャーの」


「うん、そうだけど?」


「透になんのよう?」


「なんのようって聞いてたらわからない?透をもう一度サッカー部に連れ戻しにきてあげたの」


「そうなんだ。でも透はもうサッカー部に戻りたくないみたいだよ?」


「そんなことない。こいつはまだサッカー部に戻りたいと思ってる。私にはわかるの」


「どうして?」


「どうしてって……だってずっとマネージャーとして透をそばで見てきたから、だからわかるの。今の透は監督の前で辞めるなんて啖呵切っちゃって戻ってこれないだけ。だから私が助け舟を出してあげてるの」


「それってあなたの独りよがりなんじゃないの?浅倉さん。透から私、聞いたよ。あなたや部員たちが透に何をしていたか……透の立場になってみたら、ひどいことされた部員たちのいる部活にもう戻りたくないって考えるのは当たり前のことなんじゃないの?」


理路整然とした理沙の物言いに、浅倉の表情

がどんどん歪んでいく。


「ちょっと、あんたなんなの!?いきなり口挟んできて!!!今私と透が話してるの!」


「そうだったんだ。今の、会話だったんだ。浅倉さんが一方的に主張を押し付けているだけのように私には見えたな」


「うるさい!!」


「きゃっ!?」


不意に浅倉の右手がうなりをあげた。


パシッと乾いた音がなって、頬を張られた理沙が地面に倒れる。


「痛たた……」


「理沙!?大丈夫か!?」


俺は慌てて理沙を抱き起こす。


いきなり理沙を殴った浅倉は悪びれるどころか、腕を組んで理沙を見下ろした。


「ふん、生意気言うからよ」


「てめぇ…」


爆発的な怒りが湧き上がってきた。


俺は浅倉の前で立ち上がり、拳を振り上げる。


こいつを殴る。


理沙と同じ……いや、それ以上の痛みを味合わせる。


俺は女なんて殴ったことなかったが、迷わず浅倉の顔面に向かって拳を振り下ろそうとする。


「ちょ、な、何よ…」


浅倉が俺の怒気に気づいて狼狽える。


まさか冗談よね?という表情を浮かべるが、

俺はもはや浅倉を思いっきり殴ることになんの精神的抵抗も感じていなかった。


「ねぇ、冗談でしょ透!?何しようとしてるの?」


「…」


「透!?まさか私を殴らないわよね!?」


「…」


「ひっ」


俺がもう少しで浅倉の顔面に拳を振り下ろそうとしていたその時、背後で理沙が悲鳴のような声を上げた。


「だめっ、やめて透!!」


「理沙?」


「殴っちゃダメ…お願い…私のためにそんなことしないで…」


「だが…こいつはお前を…」


「私なら大丈夫だから…ね、お願い、透。そんなことしたら、透がまた責められちゃう…」


「…」


「私は大丈夫だから…透、お願い。やめて」


「…わかった」


理沙にそう言われて俺は渋々拳を納めた。


怒気を必死に押さえつけ、こいつは殴る価値もない女だと自分に言い聞かせる。


「ふぅうううう…」


俺が深呼吸をしてようやく気持ちを押さえつけると、浅倉が涙目になって怒鳴り始めた。


「何よ!!なんなのよっ!!!」 


「…?」


「せっかく私が親切であんたを部活に戻してやろうと思ったのにっ……ほ、本気で殴ろうとするなんてっ」


「…」


「その女は透にとってなんなの!?そんなにその女が大事なの!?ずっとあんたを支えてきたマネージャーの私より!?」


「はぁ?何いってんだお前」


「…っ!?」


「お前は俺を裏切っただろうが。俺を助けてくれた理沙と違ってな。お前なんてもうなんとも思ってない。早く記憶から消したいぐらいだ。いいからとっとと俺の目の前から消えてくれ」


「…っ!?」


俺が本心をぶちまけると、浅倉は一瞬泣きそうな表情を浮かべた後に、両手で顔を押さえ「うわあああああ」と叫んで走って教室を出て行った。

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