第13話 華妃の来訪〈一〉
結局、昨夜抜け出したことについて、芹欄と夜芽は気づいていないようだった。
もう昼頃だが、今のところ
あの衛兵が梓春の願いをちゃんと聞いてくれたのか、はたまた、ただ填油が見ていないだけか。
今日までは外出禁止と言われていたから、大人しく綵月宮から出ないでおこう。夢のことも気がかりだし。
「綵妃様、良くお似合いですわ」
「ありがとう」
白粉で包まれ、
梓春は化粧の方法が分からず、「き、芹欄……」と弱気な声で芹欄を見詰めたら、芹欄は「私にお任せ頂けるのですか!?」と、困るどころか喜んでほどこしてくれた。
梓春は「勉強になるなぁ」なんて思いながら、その一連の流れをじっと観察し、記憶していく。
この日々がいつまで続くのかは分からないが綵妃として過ごすならば、彼女の習慣も覚えなければ。
梓春が身に付けている襦裙は大層美しい。色合いが綺麗になるようにと裙が何層にも重ねられ、胸元の帯締めがひらりと垂れている。
その襦裙の淡い桃色と薄緑の色彩は綵妃の容姿によく似合っていた。
やはり桜のような人だ。芹欄はそんな綵妃もとい梓春の姿をうっとりと眺めて、ひたすらに美しいと褒めそやす。
「どうしてそんなに張り切ってるの?」
「せっかく起き上がれるんですもの、妃なんですから着飾らなくては」
芹欄はそう言ってふんふんと鼻歌を歌いながら、梓春をさらに仕上げていく。何もわからない梓春はずっとされるがままだった。
梓春は門兵だからこういっためかしのことはよく分からないが、確かに後宮の御方はいつも綺麗な身形だったように思う。
次第に、鏡に映る綵妃はどんどん美しい色が宿っていき、イメージ通りの煌びやかな妃へと成る。
「芹欄、この
梓春は数多く並べられた髪飾りや耳飾り、腕輪の中に、一等目を引く梅花の簪を見つける。
「えっ? ……ああ、それは亡くなられた奥様が綵妃様に送られた品ですよ」
「そう……」
芹欄はどこか悲しげな表情を浮かべて教えてくれる。
そうか、綵妃の母は亡くなっていたのか。玲瓏殿にめでたく選ばれた妃は、家のために後宮内で高い地位を確立しようと必死である、と聞いたことがある。
一番に想い慕うであろう母がいなくなった後、綵妃はどういう想いで後宮に身をおいていたのだろうか。
***
あっという間に装飾が終わり、芹欄が満足気な表現で梓春を上から下まで眺めた。桃色の長い髪は綺麗に結われて、一番映えるところに梅花の簪が添えられている。
梓春は不思議な気持ちだった。自分の身体ではないのに、美しく着飾られた姿はなぜだか誇らしく感じる。
「病のためにずっと寝台で過ごされていたので、元気な姿の綵妃を見られて本当に嬉しいです」
芹欄はそう言って柔らかく微笑んだ。身体は良くでも中身が別人なのだ。はたして、それは芹欄にとっては病よりも辛いことなのではないだろうか。考えても仕方ないか。
そんなことを考えていると、入口の方からドタドタと騒がしい足音が聞こえてくる。
「綵妃様っ! 華妃様が綵月宮にお越しに!」
「えっ!?」
「華妃様!?」
庭の掃除をしていた夜芽が部屋に飛び込んで来て、興奮した様子で華妃の来訪伝える。突然のことに梓春も芹欄も驚きの声を漏らした。梓春は思わずバッと立ちあがる。
「お待たせしては行けないわ! 綵妃様、中にお招きしてもよろしいですか?」
「え、ええ」
梓春が頷くと芹欄は夜芽に華妃を中に通すよう命じた。
今から妃に会うってことか……? 今の俺で大丈夫なのだろうか。
内心慌てた梓春に対し、芹欄は最後の仕上げにと薄絹の
「華妃……」
華妃、
茶や玉、絹地などを見に行っていたのだろうか。華妃がその帰りに、梓春が勤務する碧門を馬車で通った直後、突然地上へ降りたのだ。
華妃は綺麗な刺繍が施された丸い団扇で扇ぎながら、「自分で歩くわ。腰が痛くって仕方ないのよ」と嘆いていたのを覚えている。
今からその華妃と対面するという状況に梓春は緊張してきた。
妃同士ってどんな会話をするんだ。違和感をもたれないだろうか。
状況は不安な心持ちの梓春を待つことをせず、もう、コツ、コツ、と気品のある足音が響いてきていた。
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