第17話 月夜の会合〈三〉

「すまない、随分話が逸れてしまった。どうしてここに来ることができたのかという質問だったな」


 珱煌は一度茶を飲み、話を切り替える。


「即位後、義母上は私に面布を付けさせ、妃への渡りと政以外の外出を禁じた」


 珱煌は膝に置いた面布をくるくると手遊ぶ。やはり、全て皇太后の意向だったのだ。


「別に従わなくても良かったが、まだ即位して間もないから無用な争いは避けたい。それに私が十八になるまでは、彼女の方が権力を持っているからな」


 珱煌は他人事のように落ち着いた調子で話す。不思議な方だ。無邪気な印象とは裏腹に、ある面では自分を客観視できている。

 今度は梓春がこの二面性に困惑する番だった。静かに頷き、聞いていることしかできない。

 そんな梓春に構わず、珱煌は続ける。


「そうして今まで私は義母上の言いつけ通り、妃のところへは訪れなかった。私自身『星詠選帝』という手段があるのだから渡りには意味が無いと思っていたからな」

「それもそうですね」


 梓春は頷く。実の親子であるのに星詠選帝だと誤解されるのは遺憾であるが、星詠選帝の制度自体が悪いわけではない。我が国では血筋と星の意は同等であるのだ。


 そして歴史上、星詠選帝が行われた事例は少ないが、皇帝が所謂子作りに興がないのであれば、星詠選帝で構わないのではないか。

 むしろ、その方が後宮における王位継承の諍いが無くなり、玲瓏殿が平和になるのではないかとまで思う。


 利の方が多いのにこれまで星詠選帝が行われた回数が少ないのは、色欲の性とやらか。妃の名誉と存在意義を立てるためか。

 他の妃が聞いたらどう思うだろう。存在意義を否定されたととるかもしれないが、それが今上の意思なのだ。仕方がない。


「そこでだ。いかにして今日ここに来たかというと……」


 梓春はゴクリと唾を飲んで次の言葉を待つ。


「無理矢理押し切って来たのだ」


 珱煌は「はははっ!」と豪快に笑った。どうだ、驚いたろう? 嬉しいだろう? とその目が語っている。まるで自分がサプライズプレゼントのように。

 そんな珱煌に対して梓春は目が丸くなる。ガクッと気張っていた方の力が抜けた。段々とただの青年にしか見えなくなってきたぞ……? いや、よくないよくない。


 反応がない梓春に対して、珱煌は「どうかしたか?」と首を傾げる。さらりと銀髪が揺れて目元に前髪がかかった。その隙間から覗く瞳は依然として皇帝のそれで。……なんだか釈然としない。


***


 綵妃と珱煌を見送った後、芹欄と夜芽は自室に戻らず、母屋の外の隅っこに座り込んだ。明かりが消えるまでここで待つことにする。


「……ねぇ、芹欄。綵妃様と主上は何を話してるんだろう」

「そりゃあもう、ねえ。わたし達なんかが勝手に想像しちゃいけないわよ」

「それもそうね」


 芹欄は後ろを振り返り、母屋の中を伺う。綵妃は主上と面識があるようだった。


 でも、一体いつ、どこで?

 今上の妃宮への渡りはこれが初めてだ。綵月宮の立場からすると、これ以上ない栄光の兆しが見えている。ほかの宮より一歩先に進んだのだから。

 隣にいる彼女も同じ考えなのか、興奮して眠れないようだった。


「近衛兵はずっとああして待っているんでしょう? 大変ね。お茶でも差し上げた方がいいかしら」

「余計なことよ。彼らはこれが仕事なんですもの」


 夜芽が内緒話のように芹欄に尋ねる。

 芹欄は夜芽の視線を追って、門前に顔を伏せて立ったままの近衛兵をぼんやりと見つめた。互いに話もせずにずっと動かない。待機しろと仰せつかっているのだろうか。


「いつまで待つつもりなのかしら」

「うーん……側近だけじゃなくて鳳輦ごと待機するなんて。主上は今夜はお泊まりになられないのかも」

「そっか。でも、ここに来られたってだけで充分よねぇ……」


 恐らく、少し話をして自身の寝殿へと帰るのだろう。

 ふと、視界の端に壁に背を預けてる雨宸が見える。腕を組み、静かに目を伏せていた。

 

「先日も思ったのだけど、あの側近、随分とクールな方ね」

「主上の乳兄弟らしいわよ」

「あら、よく知ってるのね」


 乳兄弟ということは、ただの側近ではなくそこには強固な主従関係が結ばれていることだろう。しかも、敏腕だと聞く。


「朝になったら、綵妃様に色々聞かなくちゃ」

「そうね」


 そうして、芹欄は「はぁ……」とひとつ、ため息を零した。

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