第43話 再会〈一〉
鶺鴒宮に着くと、相変わらず数々の衛兵が宮殿を取り囲んでいるのが目に入る。相変わらず厳重だ。しかし珱煌が抜け出せる隙があるのだから、どうなっているのやら。
正門を警護する衛兵の一人が梓春に気が付き、早足に近寄ってくる。
「綵妃様、すみません。主上は来客がありまして……」
「まあ、そうなのですね」
衛兵は申し訳なさそうに頭を垂れる。先客がいたとは。ここは出直すべきだな。梓春はそう判断して引き返そうとした時、長清が口を開く。
「すまない。主上が綵妃様をお呼びだと聞いていたんだが」
「ああ、長清か。綵月宮に仕えることになったと聞いていたが、本当だったんだな」
長清はその衛兵と顔見知りのようで、砕けた口調で尋ねる。衛兵の方も長清を見て、固い表情を緩めた。
「分かりました。急用の可能性もありますので主上に確認して参ります。少々お待ちを」
衛兵はそう告げて鶺鴒宮の中へと消えていった。梓春と長清は門の傍で待つ。
「よかったの? お邪魔じゃないかしら」
「綵妃様が来たと知れば主上はお喜びになるはずです。ちゃんと申し上げておくだけでも印象が違いますし」
「そういうものなのね」
ややあって、衛兵が男を連れて戻ってきた。衛兵は男に礼をして、元の位置に去っていく。
「雨宸殿」
「綵妃様、ようこそおいでに。長清も」
姿勢正しく涼やかなこの男は雨宸だ。この表情の乏しい側近とも、もう何度も相対している。名を呼ばれた長清は「どうも」と言って手を振った。二人は元同僚だし、仲がいいのだろう。
「お忙しいところに申し訳ありません」
「いえいえ。外は冷えます。さあ、中へどうぞ」
「えっ、でも来客があると」
「そうなんですけど……主上がお呼びしろと。その御方のことも紹介したいそうです」
「ええと……それじゃあ、失礼します」
淡々と話す雨宸に促され、宮殿の中へ足を踏み入れる。紹介とは。高位の大臣などが来ているのであれば、正直すごく気が引けるのだが。
そんな思いを抱えながら、以前も訪れた珱煌の自室へと案内される。長清は途中の応接間で「俺はここで待ってますね」と別れたので、梓春一人だ。
「主上はここでお話されています」
「あの、雨宸殿。来客とは……」
「ああ、安心してください。怖い御方ではないので。そうは言っても、私自身、直接お話したことはないのですが」
雨宸は少しだけ目元を緩めた。梓春に気を使ってくれているのが伝わってくる。
「主上、綵妃様をお連れしました」
雨宸が扉を叩くと、中から『どうぞ』とくぐもった珱煌の声が響いてきた。その声を合図に、雨宸が扉を開く。
「綵妃、来てくれたか」
梓春が房室に入ると、ぱぁっと明るい表情を浮かべた珱煌が近寄ってくる。切れ長の目を嬉しげに細めるその眩しさを全身に浴びて、息絶えてしまいそうだ。俺が来るだけで主上がそんなに喜んでくれるなんて。
雨宸は房室には入らないのか「ごゆっくり」と、扉を閉めて姿を消した。
「ん!?」
梓春は珱煌の肩越しにもう一人、男を認めて愕然とする。見間違いかと思い、咄嗟に頬を抓るが痛みが返ってくるだけである。
男は梓春の視線に気づくと、静かに拱手礼を執った。薄茶の長髪を結んだ紅い組紐が、肩にさらりと垂れる。数秒にも満たないその動作が、梓春にはひどく緩やかに感じられた。男が曲げた腰を戻すと、涼やかで品のある顔立ちがよく見えた。そして、見慣れた紫目が梓春を捉える。
「夏月……?」
梓春の口から、男の名前が零れる。男から目が逸らせない。
正面に立っている男はまさしく、梓春の親友・夏月であった。何度瞬いても変わらない。梓春の網膜に異変がない限り間違いない。
「しゅ、主上、その御方は……」
何故、夏月がここに。一向に状況が掴めない梓春は、珱煌に縋るような視線をやる。梓春に見つめられた珱煌は、「ああ」と身体を横にずらして男の隣に並んだ。
「綵妃は兄上と会ったことがなかったな」
「兄上!?」
あにうえ、兄上、兄上……?
珱煌の放った言葉を上手く飲み込めず、梓春はぽかんと開いた口が塞がらないでいる。そんな梓春に構わず、珱煌に「兄上」と呼ばれた男は梓春の元へ近づいてくる。
「綵妃様、お初にお目にかかります。玲煌と申します。以後お見知りおきを」
梓春から見れば夏月でしかないその男は、くすりとも笑わない固い表情のまま、自らを「玲煌」と名乗った。
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