第24話 菓子

「どうだ、うまいか?」

「ふぁい」


 何だこの状況は……? 梓春はもぐもぐと茯苓餅フーリンビンを頬張りながら考える。頭には疑問符が溢れかえっていた。


 先程、雨宸は両手に皿の乗ったお盆を持って戻ってきた。その後、珱煌が「下がっていいぞ」と告げ、房室の外に出ていったのである。


 そして今、梓春の目の前の大きな丸卓には色とりどりの菓子が並べられており、見るからに高価だろう茶器が置かれていた。

 向かいに座った珱煌は、梓春に期待の眼差しを送っている。それはもうキラキラと。


 この男がまさか皇帝だとは思うまい。少し前の自分に「主上とお茶をすることになるぞ」と言っても絶対に信じてくれないだろう。


「めちゃくちゃうまいです……じゃなくて、とてもおいしいです」

「そうかそうか!」


 妃らしからぬ言動を慌てて取り繕うが、珱煌はそんなことは気にするでもなく満足気に目を細めた。

 なんだこの弟感。ますます故郷の弟を思い出して、落ち着かない。

 それは初めて会った時の、威圧を感じさせる印象とは異なる一面だった。


「実は私が作ったんだ」

「へぇ…………えっ!?」


 驚きで噎せそうになる胸を押え、手に持った月餅と珱煌を見比べる。


 作った? 珱煌が?

 衝撃すぎて、最近の皇帝は菓子作りもできるのか……などとズレた感想が思い浮かぶ。

 正直、今まで食べた中で一番好みの味だ。この前綵月宮で食べた桂花糕も美味かったが、それを超えるくらい甘みの塩梅がいい。


「主上が作ったんですか、えっほんとに?」

「……似合わないか?」

「いえいえ! そうではなくて……素直に驚きました。今までで一番好きな味です」


 美味すぎる。毎日食べたいくらいだ。

 門兵となってからは菓子を食べる機会はほとんど無かった。基本的に汁物と包子だ。それは、甘い物が好きな梓春にとって厳しい生活だった。


「もっと食べていいぞ」


 珱煌は菓子を見つめる梓春に気がついたのか、嬉しそうに器を梓春の方に押した。


***


「刑司のことなんだが」

「はい」


 菓子を食べてゆっくりしてから本題に入る。珱煌は腕を組みながら、ぽすんと椅子の背に凭れた。


「最近、玲瓏殿に男の霊が出たと噂になっていただろう? 実際にはそれが霊では無くて、梓春を殺した犯人ではないかと言われている」

「男の霊……」


 おそらく、華妃が言っていた霊だ。華幻宮の女官が見たという、あの。

 時間もちょうど梓春が襲われた日だったから、疑ってはいたのだが……。やはりそうだったのか。


「その霊についての証言は、華幻宮の女官ですか?」

「ああ。気味が悪いからといって刑司に飛び込んできたらしい。黒ずくめの男がコソコソとしていたと」

「やはり……」

「ちょうど幽鬼の噂がたっていたから、最初は霊かと思ったらしいが、よく考えてみれば不審な人間だったかもしれない、と」


 その女官は気弱な小太りの男か背丈のある鋭い目の男か、どちらを見たのだろうか。


「その男を探し出すことはできましたか?」

「いいや、男の特徴も何も分からないから捜査は行き詰まっている。梓春が襲われた現場を直接見た者もいないからな」

「そうですか……」


 俺ならあの蒼い瞳を見れば直ぐに分かる。脳裏に焼き付いているのだから。今度、華妃にその女官に会わせてもらうようにお願いしよう。


「私としても最善は尽くすから、落ち着いて待っていてくれ」

「ありがとうございます」


 梓春は頭を下げる。

 珱煌は他にやることが多くあるはずなのに、いち門兵のために尽力してくれている。

 ここまでして犯人を捕まえたいか、と聞かれたら何も言えないが、自分が殺された理由が知りたいのだ。それに、犯人の狙いは梓春の他にある気がする。放ってはおけないだろう。


「また進捗があったらこっそり教えてやろう」

「ありがとうございます!」


 珱煌はそう言って、ひとつ頷いた。


「ところで、綵月宮には綵妃の他には侍女がふたりしかいないらしいな」

「え? あ、はい」


 突然の話題に気の抜けた返事をしてしまう。

 珱煌は、往来での華妃との会話を聞いていたのだろう。


「先程は華妃の誘いを断っていたが、やはり二人だけでは何かと不便に違いない。それにまた何かあっては心配だ。私の近衛兵から一人そちらに移そう」

「いや、そんなお構いなく……!」

「心配せずとも、信頼できる人物であることは保証する。明日にでも綵月宮へ向かうよう言っておく」

「ありがとうございます……」


 これは大変なことになってしまった。皇帝の近衛兵が綵月宮にやってくるなんて。

 皇帝直属の侍従となれば有能なのは間違いない。綵妃の違和感に気が付き、動きづらくなるかもしれない。怖くなさそうな人であってくれ、と祈るばかりだ。

 

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