第32話 五妃会〈三〉

「そろそろ解散しようかしら」


 話題が過ぎた後、璉妃が呟く。お茶も飲み終えたし、そろそろ頃合いだ。

 今日聞いたのは、華妃が観た京劇の話、雀妃の好きな花占いの話、璉妃の読んだ詩の話。それからは、当たり障りの無い世間話をちょこちょこと。梓春が故郷の好きな菓子について話すと、みんな楽しそうに聞いてくれた。本当に和やかな会だった。


「今日は綵妃に会えてよかったわ。そうね……次の五妃会は綵月宮で行うのはどう?」

「いいわね!」

「行ってみたいです……!」


 三人の妃にキラキラと輝く視線を向けられて、断れる人間がいるだろうか。いやいない。


「わかったわ」


 梓春はお得意の演技で「お引き受けできて嬉しいです」感満載の笑みを浮かべる。すると、三人は「やったー!」と喜ぶ。

 梓春の内心は妃をもてなせるか心配でヒヤヒヤとしているが、今考えても仕方がない。


「今日は来てくれてありがとう」


 璉妃が立ち上がり、続けて梓春・華妃・雀妃も裾を整えて立ち上がる。


「ここ最近は、玲瓏殿に新しい風が吹いている気がするの。……良くも悪くもね。もう少しすると主上の誕生祭があるから、またそこで顔を揃えることになるでしょう。蕓妃とも会えるかもしれないわね」


 璉妃は主催らしく閉会の式辞を述べる。

 珱煌の生まれた日は四月十日。あと約一ヶ月だ。璉妃の言う通り、近頃の玲瓏殿は異常だ。果たして、皇族や高官が出揃う誕生祭が無事に終わるのだろうか。


「けれど、きっと今日のように和やかな空気ではないでしょうね。わたくしたちも気軽に話すことはできない」


 璉妃は伏し目がちに話す。きっと彼女自身も妃の立場から、なにか悟ることがあるのだろう。


「それじゃあ、ごきげんよう。気をつけてね」

「「「ごきげんよう」」」


 璉妃が軽く礼を執るのに倣い、他の三人も同じく礼を執り、別れの挨拶をした。


***


「華妃さま、綵妃さま、今日はありがとうございました! お姉様方に会えるこの時間が幸せです……! また是非、お話してください!」

「ええ!」

「もちろんよ」


 大房室を出ると、雀妃が満面の笑みを浮かべて梓春と華妃に駆け寄ってきた。最年少なのもあり、ふわふわとしたオーラはなんとなく庇護欲をそそらせる。


「それでは、また……!」


 そして雀妃は手を振って、庭に控える金糸雀色の衣装を纏った侍女の方へと駆け寄って行った。近くに芹欄と妖妖の姿も見える。


「五妃会のことを教えてくれてありがとう。おかげで楽しい時間を過ごせたわ」

「ふふ、人数が多い方がもっと楽しいもの。来てくれてよかった」


 華妃は目を細めて笑う。赤紐の耳飾りが揺れて艶やかだ。


「丹紅、少しお願いがあるの」


 梓春は時を見計らい、話を切り出す。華妃と二人だけの今がチャンスだ。


「どうしたの?」

「その……華幻宮の霊を見たという女官と話をさせて欲しいの」

「えっ、どうして?」


 華妃は不思議そうに眉を上げて首を傾げる。


「あんまり詳しく言えないんだけど、例の殺人事件のことが気になっていて……無理だったらいいのよ」

「そうなのね? 全然構わないわ。そうね……その女官は兎兎ウーウーっていうの。都合のいい時に華幻宮を訪ねて頂戴。あたしが居なくても、兎兎がいたら自由に話していいわよ」

「ほんとう!? ありがとう!」


 梓春がおずおずとお願いすると、華妃は詳しいことは聞かずにすんなりと了承してくれた。


「いいのよ。あたしもそろそろ帰ろうかしら。それじゃあね」

「ええ、また」


 華妃もゆらゆらと団扇を振り、庭にいる妖妖を呼び寄せて璉萃宮を出ていった。同じく庭に佇んでいた芹欄も、こちらへ駆けてくる。


「綵妃様! どうでしたか?」

「皆に会えて楽しかったわ。行けてよかった」


 梓春がそう言うと芹欄は嬉しそうに頷いた。


「あれ」


 芹欄の口元に僅かに麦菓子の欠片が付いている。ははあ、芹欄もおっちょこちょいなところがあるんだな。


「芹欄、何かいいもの食べたでしょう?」


 梓春が笑いを堪えて意地悪げに言うと、芹欄は「へ?」と目をぱちくりさせた。


「ふふ、ついてるわよ」


 そっと芹欄の顔に手を伸ばして、口元の欠片を優しく取ってあげる。すると、芹欄はかあっと顔と耳が赤くなってしまった。


「えっ!? あっ、す、すみません……」


 芹欄はしどろもどろに謝り、両手で顔を覆ってしまった。侍女たちもお茶会をしていたのだろう。欠片は、そこで出されたお茶菓子なのだと思う。


 芹欄も可愛らしいところがあるなあ。俺と同じで甘いものが好きなのか。なんとなく微笑ましい気持ちになって、胸が暖かくなる。


「綵妃様っ、今みたいなことはわたし以外にしないでくださいね……!」


 芹欄はバッと顔を上げると、いつもより眉を吊り上げてそう言った。


「ええ……?」


 梓春にはその忠告と、芹欄の顔が赤い理由がイマイチよく掴めないのであった。

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