第12話

 大商人バーバラといえば、この国で一番の腕っぷしのある商人で有名だ。

 もちろん、名乗られただけでうかつに信用できるほど、甘くはない。

 だが、ソニアさんがじーっと彼を眺めていたら、本人で間違いないと言った顔をして深くお辞儀をしていた。


「大変失礼いたしました。お父様が大変お世話になっております。私はエルヴィン公爵が娘、ソニアと申します。現在は……レリック殿下のご命令によりこちらで護衛をつとめております」

「無理をしなくとも良いよ。ほら、マスターさんもびっくりしているではないか」


 そりゃ驚く。

 今までソニアさんは警備担当だとばかり思っていた。

 エルヴィン公爵様の名前くらいは民間人の私でも知っている。

 たしかエルヴィン公爵様の娘に腕っぷしの高い騎士がいると聞いたことがあった。

 警備をしているということは……。間違いなくソニアさん、いや、ソニア様があの有名な騎士団長だ!

 公爵令嬢のソニア様が言っているのだから、バーバラ様も間違いなく本物の大商人に違いない。


「マスターさんや。ひとまず落ち着くと良い」

「は、はい……。驚くことばかりで頭が混乱しています。ソニア様……。あの有名な騎士団長だと気がつかず申しわけございませんでした」

「お気になさらず、今までどおりにしてください。私も名乗っていなく失礼しました。そういう命令でしたので……。さすがにバーバラ様の前ではそういうわけにもいかず、このような形で騎士団長と白状することになり申しわけありません」


 ソニア様が任務を無視してでも白状するくらいだから、バーバラ様の偉大さがよりわかる。

 まさか最初のお客さんが超大物になるとは……。


「こほん。ところで、さっきの話だけれど、このコーヒーは10,000ゴールドでも飲みたがる者は大勢いると思う。口を挟むようですまないが商売人としてはどうしても気になってしまってね」


 せっかく大商人バーバラ様がアドバイスをしてくださっている。

 おそらく言われたとおりの価格にしたとしたら、そうとうな利益を生み出して恩返しも簡単にできるのだろう。

 だが、それでも私は首を横に振った。


「せっかくのご指摘のところ申しわけございません。カフェチェルビーは、どのようなお客様にでも満足していただけるよう、最低限の価格設定で気軽に立ち寄れる店として運営していきたいと思っております」

「ほう……」

「10,000ゴールドでのご提供となると、飲みたくとも飲むことができないような人たちも増えてしまうでしょう。なによりも対等平等に、来てくださる皆さんに満足していただきたい。そのため、価格はこのまま400ゴールドでやっていきたいと思います」

「そうか。いやいや、すまなかったね。そうやって信念やポリシーを持ってやっているのなら良いと思うよ。むしろ、よけいに気に入った」

「バーバラ様にそう言っていただけたこと、光栄に思います」


 滅多に褒めることがなく、大変厳しい商人だという噂だ。

 そんなお方でも笑顔で喜んでくれたことが嬉しかった。


「ではお勘定はここに置いておいて良いかね?」

「はい。ありがとうございます。……って、なぜ金貨を⁉︎」


 テーブルの上には金貨が二枚置かれている。200,000ゴールド……。


「これでも商品の価値を見る目はもっているのでね。私はこのコーヒーで疲労が回復し、長年悩んでいた腰痛も治ったような感覚がするよ。きっと、このコーヒーにはそのような効果があるのだろう? おっと、企業秘密だったかな?」

「へ?」

「はっはっは、こりゃたまげた。まさか気がつかないで提供しているとはね。美味しいうえに万能薬のような効果もある。おまけにマスターさんの態度も素晴らしい。こんな素晴らしい時間と味をいただいて400ゴールドを置いていくだけでは私の商売人としての誇りに傷がついてしまうよ」

「しかし……どの方にも400ゴールドで提供を――」

「残りの199,600ゴールドはチップだと思ってくれれば良い。それだけの価値をマスターさんは提供してくれた。対価に見合う報酬は受け取ってくれたまえ」


 私が作った飲み物にそんな効能があるはずはない。

 おそらくバーバラ様はお店のことを気に入ってくださって、ゆっくりとリラックスができたからそのようなことを言ってくれているのだろう。

 よしっ! のんびりとできるカフェという目標は達成だっ!


 ただ、それだけでこのような大金を戴いてしまって本当に良いのかと、ソニア様に視線を向けた。

 ここは公爵令嬢の意見を聞いたほうが良い。


「これだけバーバラ様が褒めてくださっているのですから、素直に受け取って良いかと思いますよ」

「では……ありがたく頂戴します。ほんとうにありがとうございます!」

「いやいや、久しぶりに良い店と出逢えたよ。また来るからね」

「はい、お待ちしております」


 バーバラ様は笑顔で店を出ていった。


 今日は、バーバラ様ひとりの入店で幕を閉じた。

 チップのおかげでとんでもない売り上げを出してしまったけれど、この先本当にやっていけるのかな……。

 もちろん逃げるつもりはないし、ずっとやっていきたい。

 少しだけ心配はしているけれど、バーバラ様が良いと言ってくださったのが励みになる。

 それに、ソニア様たちもずっと協力してくれてきたわけだから、このまま終わるわけにはいかない。

 明日から、もっと営業をして、よりたくさんのお客さんに満足してもらえるようなお店作りをしていこう。

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