第27話
「もしかして、カフェチェルビーの名は、キミの母親から名付けたのではないか?」
「な……なぜそのことを……」
ブルグレイ陛下たちは、なんのことだとポカンとしている。
聖女のことだって誰にも話したことはない。
なんなら、高原の三姉妹カフェにいる家族だけの秘密にしていたくらいだ。
お母様からそう教わってきたのだから。
それにも関わらず、どうしてダラブラ陛下が知っているのだろうか。
私は理由を聞かずにはいられないでいた。
「すまないがデーブラよ、少々席を外してもらえるか?」
「僕には話せないことなのですか?」
「うむ。息子に話せるような内容ではないのでな」
「わかりました……」
デーブラ王子は渋々とキッチン側の席へ移動した。
聞き耳をたてれば聞こえるか聞こえないかくらいの距離だが、大丈夫だろうか。
「実は昔、チェルビーに一目惚れをしていて猛アタックをしたことがあったのだよ」
「お母様のことを……ですか?」
「あぁ。私は当時地位と権力に頼りワガママで欲しいものは絶対に手に入れるという徹底っぷりの情けない男だった。もちろん、チェルビーも私のものにするつもりで口説いた」
恥ずかしそうにしながら頬を掻き、話し続けるダラブラ陛下。
「だが、どんなに大金を積もうとも、振り向いてすらくれなかった。私は奥の手で権力で強引に連れ出そうともした。だが、彼女はこう言ったのだよ。『そのようなことをされるのならば、今すぐ私自身の首をはねます』と。むろん、そのようなことになれば私の立場も危ういし、なにより彼女を死なせたくなかった……」
お母様なら、冗談ではなくやりかねない。嫌だと思ったことはとことん拒否していたし、本当に拒絶していたのなら身を守るためと復讐のために……。
「私は聞いたよ。そこまでして私を拒絶する理由を教えてくれと。『お金や権力だけで人を動かそうとするようなお方は尊敬などしませんし、むしろ嫌いです』とハッキリ言われた。それにすでに意中の相手がいるとも言われたよ」
ダラブラ陛下の話はまだ続く。
私だけでなく、ブルグレイ陛下やレリック殿下も興味津々に話を聞いていた。
「私はあのとき、諦めることを初めて知った。当時チェルビーは我が国の有名な喫茶店でアルバイトをしていてな。諦めるうえで、せめて一度だけ、彼女の淹れたコーヒーを飲みたいと頼んだ。当時、王子だった私の身分など度外視し、ただの客として。チェルビーは微笑んで用意してくれたのだ。そのときの味とそっくりなのだよ……、キミが淹れてくれたコーヒーは」
お母様に淹れかたなどを教わっている。
豆もきっと昔からお母様が育てていたコーヒー豆を使っていたのだろう。
味が似ていても不思議ではない。
「それに、決定的な証拠もある。キミが淹れてくれたコーヒーを飲んだら、腫れ上がっていた右腕の火傷の痕が消えた」
「え……?」
来店されたときには見えていた傷がきれいに消えていた。
どういうことなのかわからない。
「チェルビーを好きになった理由は、彼女が聖女であり、その力によってコーヒー豆を育てるスピードを高め、さらに不思議な力を宿らせたコーヒーを提供できるからだ。彼女は当時の喫茶店の支えでもあった。きっとキミにも同じ力があるのだろう?」
「収穫は早くできることは否定しません。ですが、不思議な力に関しての自覚はありませんが……」
今までブルグレイ陛下やレリック殿下には、聖女であることを黙秘してきた。
だが、今までカフェチェルビーのことに親身になってくれたり、私のことを助けてくれたりだった。
いつか話す機会があれば、この人たちになら言っても良いのではないだろうかと思っていた。
亡きお母様も、きっと許してくれるはず。
今がそのときなのかもしれないと思って、正直に話した。
「当時チェルビーは、『聖なる力で身体の治癒や疲労回復をもたらすコーヒー』と大々的に公開し店を繁盛させていた。王都から少し離れた村だったが、人気があったよ。だが、私が来店してしまったせいで、王都にまで噂が広がり大変な事態になってしまったのだ」
「大変と言いますと……?」
「聖女であるチェルビーを連れ去ろうとする悪党がいた。幸い、そのタイミングで私らが来店するところだったから、護衛たちの手で連れ去られる寸前で阻止できた」
もしもそのとき、ダラブラ陛下がその場所にいなかったら、どうなっていたことか……。
もしかしたら私やお姉様たちも元気に産まれていなかったのではないかと思うとゾッとする。
「あの日以来、チェルビーは聖女であることを伏せ、こちらの国へ恋人と一緒に避難したのだよ。すまぬな、長々と昔話をしてしまって」
どうして聖女であることを言ってはいけないと言われ続けてきたかが、ようやく分かった気がする。
自分たちの身を守るためだったのか。
だが、私にはお母様のように治癒や疲労回復を付与するような力があるとは思えない。
ダラブラ陛下の火傷が消えたというのも、なにかの偶然でそうなっただけだと思う。
そのおかげで、お母様たちの昔話を聞けたわけだが。
「父上も詰めが甘いですよ……」
いつのまにかデーブラ王子がキッチン側の席からこちらへ来ていた。
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