第5話
庶民の私が王宮に入ることなんて初めての経験である。
キチンとした門には厳重な警備体制で整っていて、不審者の侵入などまず不可能といったくらいの徹底っぷりだ。
正門から馬車のまま王宮の建物内へ入り、ようやく馬車から降りると大勢の人たちが出迎えていた。
もちろん、私にではなくレリック殿下に対してだと思う。
「「「「「「「「「「お帰りなさいませ!」」」」」」」」」」
「うん。今日は大事な客人を迎えている。誰か、この子をひとまず応接室へ連れていき、丁重におもてなしをしてくれたまえ」
「え?」
横にいるレリック殿下に顔を向けた。
すると、レリック殿下は笑顔で返してくる。
「なにを驚いているのだい?」
「ただカフェを開く建物の交渉をするだけだと思っていました……」
「もちろんそれも行う。だが、先ほど馬車内でフィレーネ殿の現場を教えてもらった。いくつか条件は出てしまうが、数日間は王宮で泊まることを許可したい」
私としては本当に助かるし、これほどありがたい提案はない。
だが、どうしてここまで私のことを良くしてくれようとするのかさっぱりわからない。
もちろん、理由はなんであれ、ここまで手厚くしてくださっているのだから、いずれお礼は絶対にしよう。
そう心の中で誓い、レリック殿下の優しさに甘えさせていただいた。
♢
応接室でしばらく待つ間、美味しそうなお菓子と紅茶が用意された。
ひとめで分かるくらいに形が整ったクッキー、そして鍛錬されて育てられた茶葉で挿れた紅茶だということは人目見たことと匂いですぐにわかった。
お金も払えないのに、ここまで高級品を出してくださるのはさすが王宮。
恩返しするとしても、これは骨が折れることだなと思いながら、ありがたく戴く。
しばらくくつろぎながら待つと、再びレリック殿下がいくつかの紙を手にして入ってきた。
「遅くなってすまない。フィレーネ殿に貸し出す土地と建物の契約書を持ってきた。もちろんこのまま契約するわけではないのだが、まずは正規の契約を確認してくれたまえ」
「は、はい」
正規の契約? このまま契約しない?
どういうことなのかは分からないが、言われたとおりに契約書に目を向け、しっかりと読む。
最後まで読んで、いかに私の考えがおろかで甘かったのかが良くわかった。
三姉妹カフェの建物や土地はお母様たちの所有するものであったからこそ、私たちは特に問題なくお店を継続できた。
だが、建物や土地を借りるとなると、もちろんお金がかかる。
その費用がどれだけ高いのかも想定以上だった。
これでは今までの販売価格で飲み物を提供できないし、むしろ大赤字になってしまう……。
「申しわけございません……。私にはとても荷が重く、契約できるようなことでは――」
「もちろん、このまま契約するのは無理だとわかっている。ただ、あくまであの場所がどれほどの価値なのかをまず知ってもらいたかったのだよ」
「と、言いますと……?」
「私は一度三姉妹カフェに寄ったことがある。そこでフィレーネ殿の大変優しい心遣いのこもった接客、そして今まで口にしたこともないような紅茶を戴いた。そのような素晴らしい者が王都でカフェを開こうとしている。協力しないわけがないだろう……」
「ありがとうございます……。しかし、一文無しですし、まずは茶葉や豆を収穫してからでないとお金が」
「先行投資と思ってくれれば良い。フィレーネ殿があの場所でカフェを始めるのであれば、店が安定するまで家賃は払わなくても構わない」
「え⁉︎」
「どうせしばらく空き家として放置することになっていただろう。私はあのあたりの管理もしているのでな。むしろ有効に使ってくれる者に貸し出したかった。もちろん、どれくらいで店が開けるかも確認する必要はあるが」
「ありがとうございます!」
茶葉や豆の収穫まで概ねかかる時間は予測してある。
ここは高原から離れているため、作物の育ち方に関しては若干の差があるだろう。
それでも、聖なる力をめいいっぱい込めて、愛情も注いでいれば……。
「この豆と茶葉の苗を使い、二週間で収穫できるかと思います」
「……はい?」
レリック殿下は、今までに見せたこともないような顔をして、心配そうにしていた。
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