第3話
生き返ったような気分で清々しい目覚めだった。
まだ馬車の中で、正面にはレリック殿下が書類を見ながら難しそうな表情を浮かべていた。なにかの仕事をしているのだろう。
馬車は止まっているし、もう着いたのだろうか。
「おはよう」
「おはようございます。グッスリと寝てしまいました……。もう到着しているのですか?」
「着いているよ」
「起こしてくださっても……」
「疲れているのに、起こすわけにもいかない。おかげでためてしまった書類処理も終えることができた。むしろ感謝する」
王子という立場上、レリック殿下はさぞお忙しいお方だと思う。
私の睡眠のために時間を使わせてしまったことは大変申しわけない。
カーテン越しから外を眺めてみたが、すでに日が暮れようとしていた。
馬車に乗った時間は朝だったから、半日も寝てしまったということになる。
「申しわけございません! こんなに長時間寝てしまっていたなんて……」
「気にしなくとも良い。さっきも言ったが、書類処理ができたのは私にとっても好都合だった」
なんと優しいお方なのか……。
今までサーラお姉様とエマお姉様の二人に囲まれて生活していたから、優しい言葉のひとつひとつにありがたみを感じる。
「まだ日は暮れていない。空き家を見ていくと良い」
「はい。ありがとうございます!」
「出るときも気をつけたまえ」
乗ったときと同様、レリック殿下が私をエスコートしてくださった。
二度も優しさに触れ、心の中までもがおなかいっぱいになるような気分だ。
「ここは以前、とある男爵が営んでいた飲食店だ。だが不運にも病気で亡くなってしまってな……。後継ぎも娘しかおらず既に嫁に出てしまっている。そのため、現在国でこの土地と建物は買い取っている状態なのだよ」
「貴族様がやっていた店ですか……。このような素晴らしい場所に私のような新参者が良いのでしょうか」
しかも、立地的にも申し分ない。王都はほぼ円形の街になっていて、外側が民間人が住むエリア、中央に向かうに連れて貴族や商人が住む住宅地になり、中央に王宮が建っている。
この場所は貴族エリアと民間人エリアの境目付近にあるため、近くにも店が多く人も賑わっている。
「むしろ、フィレーネ殿が始めるカフェならば、この場所も有効活用になると思うが。ところで、実際に見てみた感想はどうだい?」
埃は被っているものの、掃除すれば椅子やテーブルもこのまま使える。
キッチンもカフェで使えそうな道具も整っているし、軽食も用意できるだろう。
裏庭は草が茂っている状態だが、ここも綺麗にすれば畑として使うことができる。
持ってきた種を植えれば、二週間で収穫できるくらいまで育つし、一ヶ月もあればオープンできるだろう。
「気に入りました。ここでやって良いのであれば、ぜひお願いしたいくらいです」
「そうか。気に入ってもらえてなによりだ。では契約だが、王宮に直接来てもらいたいのだが、このあとの予定はどうだろうか? 明日でも構わないが」
「むしろすぐに決められるのでしたら、今からでも構いません」
「そうか。ではもう一度馬車に乗りたまえ」
こんなにスムーズにことが進んでしまって良いのだろうか。
カフェを始めるにはとても良い場所だとは思う。
だが、お金が全くない。
「あの、殿下……。ひとつ問題がありまして」
「なんだい?」
「実のところ、一文無しで家を飛び出したため、契約するにしても支払うお金がありません」
さすがにレリック殿下も驚かれていたのだろう。
しばらく無言が続いたが、それでもレリック殿下は笑顔で馬車に誘導してくれた。
「ひとまず、乗りたまえ。金のことは王宮で考えるとしよう」
「良いのですか?」
「フィレーネ殿はここでカフェをやりたいのだろう?」
「もちろんです」
「民の願いを叶えるというのも国としての務め。これもなにかの縁だ。もちろん無償というわけにはいかないが、要相談で決めようか」
「ありがとうございます!」
再びレリック殿下に手を添えられ馬車に乗る。
荷物も着替えと種だけしか持てずに追い出されたから、王都へ来てもダメなのではないかと思っていた。
しかし、偶然にもレリック殿下とお会いしたことで、希望の光が見えてきた。
『聖なる力でおいしい飲み物を作って人々を幸せにさせてね』
お母様の願いを、今度こそ叶えられるかもしれない。
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