第7話【レリックSide】

 今日はなんという偶然が重なった素晴らしい日なのだろう。

 高原にポツンと営業している三姉妹カフェにいた女の子と遭遇した。


 彼女が王都でカフェを開きたいと言ってきたときはワクワクしてしまった。

 立場上ひいきするのは、いささか問題はあるが、今回ばかりは私の気持ちが先行してしまったのだ。

 もちろん、気持ちだけでひいきしたわけではない。

 私が疲労で倒れる寸前だったときに三姉妹カフェへ行った。

 紅茶を飲んだとき、明らかに普通の紅茶ではないことに確信したのだ。

 もしかしたら、三姉妹カフェで提供している飲み物にはなにか特別な効能があるのではないだろうか。


「あの貴重な土地をほぼ無償で提供するなど……。正気でしょうか⁉︎」

「そうだ。異論はない」


 私が小さいころから、ずっとそばで護衛として勤めてくれている騎士団長のソニア。

 彼女は現在私と同じ二十歳でありながら、ずば抜けた剣技の才能を持ち合わせていて、騎士団長に昇格した。

 今では護衛だけでなく、国務に関してもなにかと協力してくれていて、頼もしいパートナーといったところだ。

 パートナーとはいえ、互いにやましい関係を考えるようなことは確実にないと先に言っておこう。


「お言葉ですが、あの土地は立地的にも大変優れた場所であり、大商人もしくは上流貴族が王都の発展のために使うために利用すると、殿下自身がおっしゃっていたでしょう?」

「あぁ。王都の発展のためになると信じている」

「どういうことです?」


 ソニアは公爵家の次女であり、国政に関しても詳しく有能である。

 当然、今回の件で疑問を抱くのは当然のことだ。


「以前、私が過労で意識を失い数日の休暇をもらったことがあったのを覚えているか?」

「当たりまえです。ただでさえ殿下は民のことになってくると大変な無茶をされるので、今も心配していますよ」

「あのときは気晴らしとして、民に人気がある高原の三姉妹カフェへ行った。そのときのことも覚えているか?」

「はい。殿下だけでなく、付添人の騎士たちも大変笑顔で元気に帰ってこられましたよね。よほど良い店だったのでしょう」

「その店で働いていた子がカフェを開きたいと言っているのだよ」

「あぁ……なるほど」


 ソニアはまだ納得していない。

 確かに人気のあるカフェだということは理解しているし、王宮の人間でも高原の三姉妹カフェのことは皆知っている。

 だが、だからと言って商売繁盛、売り上げが伸びるという理由だけで、あの貴重な立地を提供することはあり得ない。

 それは当然のことだ。


「高原の三姉妹カフェから帰ってきてからの殿下は、やたらと一人の女性の話をされますよね。それが今回の方というわけですね」

「あぁ……。そのとおりだな」

「さすがに納得はできませんね。いくら貴族王族とはいえ、殿下が民に恋してしまうことは、人間ですから仕方ないとも思います。ですが、それを理由に貴重な場所を優遇して貸し出すなどありえませんよ」


 ソニアは国政に大変真面目に考えている。

 今回も、私の私欲で動こうとしていると思われているようで、しっかりと怒ってくれる。

 そういう面でもソニアは大変信頼のできる相手だ。

 だからこそ、彼女にはしっかりと話してみようと思う。


「まだ確証は持てないのだが、高原の三姉妹カフェで出される飲み物もしくは軽食には、なにか不思議な力が宿っているように思えたのだ」

「どういうことです?」

「私は高原に到着し、美味しい空気を吸った。だが、それだけでは体調不良は回復できなかったのだ。ところが三姉妹カフェで提供された紅茶を飲んでから数分後、驚くほどに元気が出てきて、過労で倒れたことなどまるでなかったかのような身体になったのだよ」


 ソニアが興味深そうに、私の話を聞いてくれている。


「もしも彼女が作るものに不思議な力があったとしたら、それを王都の中心部ともいえる場所で提供していたら、民も貴族ももっと生き生きとした生活を送れるのではないかと。私はそう思ってしまったのだよ」

「たしかに高原の三姉妹カフェに行った人たちの感想は、口を揃えて元気になったという答えが多いのは知っています」

「理屈はわからない。だがそれだけではないのだ。実際に先ほど彼女と話をしてみて、助けたいと思ってしまったのだよ……」

「あぁ。殿下の良くも悪くもある性格ですね……」


 ソニアが再びガッカリしたような態度をとってきたため、すぐに理由も話す。


「夜通し徒歩で王都に来たのだよ。今にも倒れそうなくらいに疲弊していた。しばらく休ませたものの、彼女はなぜか一文無し。まさかとは思うが、三姉妹カフェでなにかがあったのか、それとも……」


 これ以上は私の想像にすぎないため、口には出さなかった。

 むしろ、それが本当だったとしたらと思うとゾッとする。

 ソニアも察してくれたようで、これ以上はなにも聞いてくることはなかった。


「わかりました。殿下がお優しいのと、彼女への期待。ただしそれだけでは他の王族が納得しないと思いますよ」

「策はある。実際に彼女が作った飲み物もしくは軽食を食べてもらえば納得できると思う。特に疲れているときに経験すればきっとわかるだろう」

「百聞は一見に如かずとは言いますね、承知しました。どちらにしても、私は殿下にしっかりとした考えがあるのならば反対はしません。むしろ、今回のことが本当であれば、これはとんでもないことですから。むしろ私までワクワクしてきますよ」

「そう言ってくれて助かる。いつもすまないな」


 とは言っても、完全に納得してくれているわけではないだろう。

 フィレーネ殿のことも心配だし、嫌な予感が当たっていたとしたら今後彼女が危険な目に遭う可能性もありそうだ。

 ソニアには、しばらくの間、フィレーネ殿のそばについていてもらうことにしよう。


 さて、父上や母上、その他もろもろを納得させるためにも、まずはフィレーネ殿の作った食べ物もしくは飲み物を口に入れてもらう必要がある。

 契約の条件にとして、少しだけ提供してもらうよう加えておくか。

 なにを提供してもらうかは、これからフィレーネ殿と話をするうえで判断することにしよう。


「ところで殿下」

「なんだ?」


 突然、思い出したかのようにソニアは口にした。


「その子のことが好きなのですか?」

「ぶふぅぅっ!」

「立場上反対しなければなりませんが、私はコッソリと応援しますね」


 高原の三姉妹カフェで、フィレーネ殿が紅茶を持ってきてくれたとき、初対面の私に対して体調を心配してくれたのだ。

 大変忙しそうに動いていながらも、声をかけてきた彼女。

 ピンク色の瞳は宝石のような光沢を帯び、労働でやや湿った金髪がビロードのように輝いていたのを覚えている。

 私のことを王族であるとわかっていたのかそうでないのかは定かではない。

 だが、あのときの心配してくれた表情は作り物でもなく、本心からそう言ってくれたのだと思う。

 あのときの優しさと天使のような微笑みを経験したら、誰でも好意を抱くに決まっているだろう……。

 少なくとも、私はそう思った。

 彼女の笑顔を絶やしてはならない。絶対に!

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