第29話

 隣国の陛下たちが来店してから、さらに忙しくなった。

 閉店直前まで空席になることがない。

 まるで、高原の三姉妹カフェで営業していたころの活気である。

 変わったことと言えば、ほぼ毎日カフェチェルビーに来店してくれるレリック殿下である。


「これで、この店も安泰だろう。フィレーネ殿にこの場を提供して本当に良かったと思っている」

「来てくれたお客さんたちが口コミで広めてくれたことと、隣国の王様たちが来店された影響のおかげですよ。本当にありがとうございます!」

「そうなったのも、全てはフィレーネ殿が一生懸命頑張ってきたたまものだろう」


 レリック殿下は笑顔で褒めてくれる。

 嘘とはいえ、婚約関係だなんて言われたうえに私の良いところを褒め倒すようにされた。

 あの一件以来、レリック殿下を異性としておもいっきり意識してしまっている。


 いけないいけない!

 相手は王子なのだ!

 私のような庶民が釣り合うようなお方ではない!

 もっと現実を見なければと心の中に何度も言い聞かせる。

 だが、もう遅い。


 レリック殿下からの数々の優しさを経験してしまって、好きじゃないですだなんて思えるわけがない。

 気持ちを打ち明けることは避けるが、この想いは心の中だけにとどめておこう。


「ところで、次の休みは空いているかい?」

「は、はい」

「それは良かった。同行してもらいたい場所があるのだが、付き合ってくれないだろうか?」

「なっ⁉︎」

「どうした?」

「い、いえ! 私で良ければ……」


 想定外のことを言われて驚いてしまった。

 同行とは、前回のような視察ということだろう。私にとってはもはやデートである。

 しかし、レリック殿下にとっては大事な仕事。

 よこしまな考えは、心の奥深くふかーくに封印しておく。

 脳裏では、デートデートデートデートと、気持ちが抑えきれない……。


「どこを視察する予定なのでしょうか……?」

「すまない。諸事情によりまだ教えることができないのだよ」

「そうでしたか……」


 なぜか言い淀むレリック殿下。


「だが、楽しみにしていたまえ」


 危険な場所にわざわざ同伴させるとは思えないし、そこまでは気にしていない。

 むしろレリック殿下の視察に同行できるだけで楽しみですなどと、本人に言えるわけがなかった。

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