第30話【Side】


「ひま……」

「ひまですわね……」


 ガランとした高原の三姉妹カフェ。

 客足は完全に途絶え、サーラとエマの二人だけ。


「バイトは全員強制解雇しておいて正解だったようね……」

「でも、こんなにひまではわたくしたちの生活も危険ですわ」

「許せない……! すべての元凶はフィレーネと、王都に突然できたカフェチェルビーという店のせいよ!」


 サーラが歯を噛みしめながら悔しそうにしていた。


「フィレーネが王都で悪い噂を流したに違いないわ。そうでなければ、客足が途絶えるなんてありえないもの」

「そのうえ代わりとなるカフェが王都にできてしまいましたものね……」


 カフェチェルビーのマスターがフィレーネだということを、二人は知らない。


「ひとときの休息と思っておけば良いわ」

「ずいぶんと余裕ですね……。このままではわたくしたち、破滅してしまいますわよ」

「急使から手紙が届いたのですよ。しかも王宮から直々に」


 保管していた手紙をサーラが取り出し、エマに見せた。

 エマは手紙を読んで、焦っていた気持ちが緊張に変わっていく。


「王宮から重要な命令って、どういうことですの?」

「ようやくご褒美が貰えるのでしょう。前に来店されたときに、国王陛下が感動していたのを覚えている?」


 当時、国王は普段口にしないような美味しくないコーヒーを飲んだ。あまりにも酷い味を体験して泣き出しそうなのを我慢していただけである。

 それをサーラとエマは、『美味しすぎて感動している』と勘違いしているのだ。


「国王陛下を喜ばせたのだから、5,000,000ゴールドいただけるなんてこともあり得そうよね」

「もしくは爵位の授与なんてことも考えられますわ」

「ついに私たちの実力でここまできたのだから、あれ、国王陛下には言ってしまいましょう!」

「まさか、わたくしたちが聖女で特別な力があるということをですか⁉︎」


 今まで母親から、聖女であることだけはなにがあっても公言してはならないと厳しく命じられていた。

 サーラのことを愛しているエマも、さすがに驚きを隠せなかった。


「良く考えてみたのだけれど、お母様ってフィレーネのことばかり愛していて、私たちにはやたらと厳しかったでしょう? だから、もう教えを聞く必要もないかと」

「そうでしょうか……? 大変なことになるから公言してはダメと何度も言われてましたが」

「それは、お店が人気になりすぎて手に負えなくなるからでしょう。お母様の場合は、すでに人気のある店で宣伝したから大変なことになったのかと思いますよ。詳しくは教えてくれませんでしたが」

「あ、なるほど! そういうことだったのですか。さすがサーラお姉様♡」


 サーラは自覚していなかった。

 母親はサーラに対して、『聖女の力を利用する者が増えてしまいます』と何度も教育していたのである。

 しかし、サーラはこのことを、『聖女の力が宿ったコーヒーを求めて客が増える』と勘違いしていたのだった。


「決まりね。これからは、私たちの方針で営業していくわよ。高原の聖女姉妹カフェと名前を変更しようかと」

「響きも素敵ですわ。わたくしたちの力がついに世に知れ渡っていくのですね」

「さっそく改装の準備よ!」

「はいっ♡」


 翌日、最初の来店者によって、店の名前を変えたことでさらなる悲劇に変わってしまうことを二人は知らない。

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