第16話

「気をつけて乗りたまえ」

「は、はい!」


 二度目の煌びやかな馬車。乗る際にレリック殿下が手を取ってくれてエスコートしてくださる。

 今日はレリック殿下がやっている王都の視察の助手?

 私が同行する理由はわからないが、ひとまず助手と意識することにした。

 で、結局私はなにをすれば良いのだろう。


 馬車が動きだすと、レリック殿下は笑顔でいながら私のほうをチラチラ見てくる。

 カーテンを開けて街並みを見渡すのが目的だと思い、私はカーテンを開く。


「これで視察ができますねっ!」

「あ、あぁ。……そうだな」


 私は助手であるため、わからないなりにも街並みをカーテン越しから眺める。

 あ、もうすぐカフェチェルビーだ。

 正面にも馬車がいるが、なぜか避けていた。


「どうして正面の馬車は避けているのですか?」

「王都でのマナーとして、貴族王族が走る馬車は、優先して動けるように横にずれるということになっているのだよ」

「へぇー。初めて知りました」


 なにしろ王都へ来るのなんて今回がほぼ初めてのようなものだった。

 食材の買い出しなども、私には任せられないということでニマお姉様が担当していた。

 私は馬の操縦はできないから当然と言えば当然だが。

 そういえば正面の馬車、見慣れた感じもした。それよりも馬車から眺める周りの景色を絶賛堪能中!


「ずいぶんと楽しそうに眺めるのだな」

「はい。こうやって色々な経験をくださって感謝しています」

「そう言ってくれると私も嬉しいよ」


 またまたレリック殿下が笑顔になる。


「貴重な休みなのに付き合ってくれてすまないな」

「いえ、とんでもございません! むしろ本当にありがたいと思っているのですよ。ありがとうございますレリック殿下」


 カフェチェルビーの建物と、庭を貸してくださった感謝は何度でも言いたい。


「ところで、今日はどこを視察する予定ですか?」

「王都で一番人気の店で、貴族も頻繁に出入りするレストランを予約している」

「ふぇ⁉︎」

「もちろん、代金は私のポケットマネーで負担するから、気になったものを好きなだけ注文してくれて構わない」


 当たりまえのように言ってくるが、こればかりははいそうですかとは言えなかった。


「お気持ちは大変嬉しいのですが、私が食べられる分だけいただこうかと思います」

「謙虚なのだな」

「いえ、そうではなくてですね……、注文したものを残したくはないのです」


 レリック殿下は不思議そうな表情を浮かべている。

 こればかりは仕方のないことか。


 貴族ともなれば贅沢するのが当然。

 用意された料理を全て食べてしまえば、提供不足だと叱責を受けるようなことを聞いたことがある。

 見栄を張らなければならない立場であることもわかる。

 だが、それとは逆に、高原の三姉妹カフェでずっと飲食店をしてきたからこそ思うことがある。


 食べ物を残さないでほしい……。


 サーラお姉様とエマお姉様は、むしろ売り上げがあがるから気にしていなかった。

 どんなに残そうが関係ない、どんどん注文してくれと言っていたっけ。

 私は種の一粒一粒、茶葉の隅から隅までを丁寧に祈っている。

 そのままゴミとして捨てられるのは辛い。


 そして、私はただの一般庶民。いくらレリック殿下の一日助手をするからといっても、これだけは譲れなかった。

 気持ちをそのままぶつけてしまった。


「――と、いうわけで……。申しわけございません。私は自分が食べられる分だけの注文にさせていただきます。もちろん、レリック殿下のような王族ルールを否定するわけではございません」


 思いの外、レリック殿下はショックを受けてしまったようで、ガクリと肩を落としている。


「そうか……。そこまで考えたことはなかった。高原の三姉妹カフェではすまなかったな。幾分か残してしまった記憶がある」

「いえ。むしろあのときは申しわけございません! まさかレリック殿下だとは知らず。しかも、お姉様がひたすらにオーダーの催促をしていたでしょう……」


 エマお姉様は気がついていたに違いない。彼が王族であることも。

 どういうわけかサーラお姉様が私を接客に出したがるから妙だとは思っていた。

 あのときは久しぶりの接客だからものすごく楽しくやらせてもらっていたのだ。

 だが、エマお姉様はレリック殿下たちに対して、やたらとオーダーをさせようとしていた。

 たしか、売り上げが普段の五倍くらいになっていたっけ。

 その分、廃棄が多かった。


「本来私が廃棄したくないなどと言う資格などありませんことは重々承知です。話が矛盾してしまい申しわけございません」

「かまわないよ。本来上位貴族としては民にお金をばらまくのも仕事のひとつだ。それで活性化してくれれば国の発展になる。だが、そればかりに気を取られて物や食べ物に対して疎かにしていたというのも事実だ。フィレーネ殿は人相手だけでなく、植物や自然も大事にしているのが良くわかったよ」


 私の気持ちだけをぶつけてしまったのに、レリック殿下はしっかりと聞いてくれていた。

 それだけでも嬉しかった。


「よし、今後はフィレーネ殿の気持ちを大事にすることにしよう。今日のオーダーは、私も食べられる分だけにする」

「え⁉︎」

「もちろん、用意された料理全てを食してしまえば、店主も青ざめてしまうだろう。だが、あらかじめ今回は全て残さず食べるという旨を伝えておこう。そのうえで、チップを多めに添えることにする」


 レリック殿下は王子である。当たりまえだが国王陛下の御子息であり、次期国王になる可能性が非常に高い。

 行動ひとつで国が大きく影響することだってある。

 そのような役割を持っているお方が、庶民である私の気持ちを尊重し即座に考えを変えるだなんて、とんでもないことだと思う。


「良いのですか……?」


 私は心配な気持ちも含め、おそるおそる尋ねた。

 ところが、まさかの笑顔で返される。

 当たりまえだよと言ったような表情で……。


「フィレーネ殿が笑顔になってくれるなら、私はなんでもしよう」


 待遇良すぎないか?

 こんなことを考えてしまうのは本当に申しわけなさでいっぱいになってしまうし、周りから見たら調子に乗るなと思われてしまうだろう。

 だが、それでも思った。

 レリック殿下の優しさと笑顔を何度も見ていたら、私の心臓の鼓動が激しくなっていく。

 庶民が王子に意識してしまうなどあってはならない。

 グッと押さえ、今日はレリック殿下の助手で視察しているのだと強く心の中で念じておいた。


 私は助手なのに、高級なレストランでいっぱい食べてしまった……。

 この食費は、いつか必ずお返ししないと。

 なお、レリック殿下は残さずに全て綺麗に食べていた。

 周りの人たちもどよめいき驚いていたが、事前に知らせていたこともあり騒ぎになるところまでは至らなかったのだ。

 とても優しいレリック殿下を見て、再び心臓の鼓動が……。

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