第15話【姉妹Side】

「ど……どうして……。いつものように実らない……」


 サーラはなにもなくなった畑を眺めながら言葉を失っていた。

 フィレーネが育ててきた作物はすべて収穫しきっている。

 そのため、サーラとエマが祈っているだけの畑では、新しく植えた種が外に顔を出すことすらまだだった。


「今週分はまだ大丈夫だけれど、来週から販売できる分がなくなってしまう……」


 何度も芽が出てくるよう必死に祈っていたが、姿を現すことはなかった。

 サーラは、祈ればすぐに収穫できるほどの聖なる力があると思い込んでいる。

 思いどおりにいかず、首を傾げていた。


「ふ、ふん……たまたま私の調子が悪かっただけだわ。きっとそうよ」


 エマには、土の調子が悪かったからすぐには実らなかったということにして、ごまかした。

 店を閉めて値上げ効果で売り上げも倍増してウハウハのエマは、銅貨や銀貨の山を見ながらさほど気にすることもなかった。


「うーん……珍しいこともあるものですね。でもどうしましょうか。来週休業にしてしまうわけにもいきませんし。こんなに儲かっているのですから」

「ねぇ、エマは味の違いってわかる?」

「どういうことですか? あまり考えたことはありませんでしたが……」

「きっとみんなそうよ! たかがコーヒーや紅茶、お茶もそうだけどそんなに味って変わらないと思うの」


 エマはサーラの発想に感心していた。


「言われてみればたしかに……。サーラお姉様が淹れたものもわたくしが淹れたものもそんなに違いはなかった気がしますね。もちろん、サーラお姉様が淹れてくれたものは愛情がたっぷりあって美味しいと感じますが」

「そこよ。結局、豆や茶葉なんて、淹れる人の愛情でどーにでもなるの! だから、王都で豆を仕入れてくれば良いのよ」

「そっか! 昔から裏庭で育てていたのも、仕入れの経費を抑えるためにやっていたということですね?」

「そういうこと。私たちは聖女だから、通常よりも速いペースで収穫することができる。土の調子が戻ってくれたらまたやればいいだけだし、今は王都に売っている安い茶葉を仕入れて代用しておけば店は続けられるわ」

「では、わたくしが仕入れてきますよ」


 売り上げの銅貨と銀貨をじゃらじゃらと小袋に包みながら、もう準備に取り掛かっていた。


「良いの?」

「はい。ついでに欲しかった物も買って、あとフィレーネをもし見かけたら、廃棄するパンの耳でも与えておきますわ。どうせ露頭に迷って、その辺で野たれ死に寸前でしょうし」

「あら、エマも案外優しいのね。私だったら今までの恨みも込めてパンの耳をその場で踏んづけて、それを食べなさいって言ってやるわよ?」

「それ、名案です。そのようにいたしますわ」


 追放したものの、本当に餓死されてしまっては困る。

 今後も嫌がらせを続けて、自分たちは幸せだがフィレーネは地獄の日々という流れにしておきたいのだから。

 適度に最低限の食費は届けるつもりでいたのだ。


 ♢


 翌日、エマは馬車を使って王都へ仕入れに向かった。フィレーネに提供する用の、腐りかけの食材とパンの耳を持って。

 王都に入り、さっそく紅茶やコーヒー豆の仕入れをこなす。

 何度も行ったり来たりするのがめんどくさいため、一ヶ月分の材料を購入した。約2万杯分。


「お買い上げありがとうございます。全部で300,000ゴールドです」

「はーい。いっぱいお金はあるので大丈夫です」


 銀貨と銅貨を大量に出す。

 店主としてはありがたかったため、特に問題はなかった。

 だが、エマがニコニコしながら店を出てからのこと。

 店主とオーナーが二人でコソコソと話が始まる。


「あの人、たしか高原の三姉妹カフェのマスターじゃなかったか?」

「俺もそう思った。見覚えがあるし。なんでわざわざ安物の茶葉を販売しているうちの店で買ったんだろう……」

「まさか、あの大人気の高原のカフェで提供するとか⁉︎」

「いやいや、絶対にありえないだろ! こんな安物の茶葉で出すなんて、その辺の喫茶店でもやらないって。うちの店は誰でも気軽に低価格で飲める茶葉ってのが売りなんだぞ。味もその分劣るがな」

「だよな……。だったら、なんであんなに美味い飲み物を出せる店の人間がわざわざうちに来たんだ……?」

「さぁ……。そういや、高原の三姉妹カフェって言えば、聞いてるか? 王都の中心部の一等地に新しくできたカフェ」

「あぁ聞いた聞いた。噂じゃ大商人バーバラ様が大絶賛していたとか」

「じゃああの噂も間違いねーだろうな。なんでも、高原の三姉妹カフェにいた一人が店を開いたって噂だぜ」

「なんだって⁉︎ だったら、次の休みにでも行かないとな!」

「せっかくだから、この辺の商店街の仲間連れて行こうぜ」

「おう!」


 フィレーネのカフェチェルビーを利用した客が大絶賛していた噂はすでに王都の商店街には広まっていた。さらに、何人か訪れてエマが来店したおかげで、フィレーネがやっているカフェチェルビーの噂が、一気に広まるきっかけとなるのだった。


 ♢


「うーん……。やっぱり王都は広いですからねぇ。簡単にフィレーネを見つけることは困難ですね」


 嫌がらせができると思って楽しみにしていたのだが、そう簡単に見つけられるものではなかった。

 捜索はあきらめ、そのへんにあるカフェに入ろうかとしていた。

 それがフィレーネのカフェチェルビーだった。

 看板を見てニマは驚く。


「チェルビーって……。お母様の名前じゃありませんか。でも残念、今日は休業なのですね……」


 次回王都に来たときは寄ってみようとニマは決めた。

 フィレーネがやっている店だなんて思いもせずに。


 目的は達成できなかったため、馬車に乗り馬を動かそうとしたときのことだった。

 正面から大変煌びやかで王族貴族が使っているであろう馬車が通ろうとしていた。

 貴族の馬車の場合、通り道を譲らなければいけないため、ニマは一度馬を走らせることを止める。

 誰が乗っているのか興味本位で眺めていたときのことだった。


 カーテンは開けられ、楽しそうに外を眺めている見慣れた女性と、その女性を見ながら微笑んでいる王子を見てしまったのだ。


「え⁉︎ フィレーネ⁉︎ それにレリック殿下!」


 フィレーネはニマだと気がつくこともなく、そのまま通過していった。

 ニマは一瞬放心状態になる。


「なんで、お金も一文無しだった女がイケメンの王子なんかといるのですか……うぅ。相変わらずわたくしのことをイライラさせてくれますね!」


 どうしてレリックとフィレーネが一緒だったのかまではわからなかった。

 だが、偶然倒れているところを拾われて、一時的に助けられた程度だと判断した。

 むしろそれがニマにとっては許せない事態だったのである。


 ストレスを抱えながら、安物のコーヒー豆と茶葉を持って高原へと帰った。

 なお、翌週は国王が来店することをサーラとニマは当然知らない。

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