聖なる飲み物だと気がつかない聖女フィレーネのカフェ経営 〜聖女を追放させた姉妹は破滅へと真っしぐらです〜
よどら文鳥
第1話
「フィレーネ。家を出てってくれない?」
「なぜですか? 私は毎日言われたとおりに庭で茶葉の収穫をしていたはずですが……」
王都から馬で半日ほどかかる場所に、高原の三姉妹カフェと呼ばれる店がある。
私はそこの三女として毎日寝る間も惜しんで働いてきた。
役割は主に裏庭でのお茶摘みである。お姉様たちは虫が嫌いなため農作業はほぼ私だけがやってきたのだ。
元々は両親が経営していた店だが、事故で亡くなってしまい残された私たち姉妹三人で経営していた。
事故死してからというもの、お姉様たちは私への扱いが雑になったのだ。
まるでただの動く道具として使われている。
だが、三姉妹カフェは愛着があり、店のためと割り切って命令どおりに従ってきた。
家を出てほしいなどと言われる理由はないと思っている。
「今さらなにを言っているの? フィレーネは私や妹を出し抜いてお父様たちから溺愛されていたことをどれだけ恨んでいるか知っているのかしら?」
「それは……」
「私だって聖女なんだからね! お母様はフィレーネの力を無駄に評価していたけれど、はっきり言って見る目がなかったのよ。私のほうが圧倒的な力を持っているのだから!」
私たちのご先祖様は、かつて野菜や果実、そしてありとあらゆる作物を生み出したとされる豊穣の女神様だったらしい。
その証拠に、今まで聖女から生まれた子どもは、全員女の子だった。
聖なる力を代々引き継ぎ、聖女と呼ばれている時代もあったらしい。
しかし、このことはすでに王都では忘れ去られ、私たちだけが聖女と呼び合っている。
『聖なる力でおいしい飲み物を作って人々を幸せにさせてね』
お母様から言われてきたこと。
今では遺言のような形になってしまっているが、私はこれからも祈り続けるつもりだ。
裏庭にできる紅茶やお茶、コーヒー豆を生産して美味しい飲み物を提供できる店を守っていきたい。
そうサーラお姉様に願い出るも、嘲笑われてしまった。
「そうやって私と妹エマの手柄までを奪おうと企んでいるのでしょう!」
「そんなことはありませんよ。高原の三姉妹カフェの一人として、三人で協力してこれからもやっていきたいです」
「そういうところがバカだって言っているのよ! なんでフィレーネと私たちが対等みたいなことを言っているの⁉︎ あんたは庭で材料の水やりと収穫、それから料理と掃除の雑用。私たちはお客への接客と提供。メインで頑張っているのは私とエマなの」
そんなことを言われても、私だって両親が生きていたころは接客もやってきた。
サーラお姉様の命令でいつの間にか雑用係と裏庭の作物管理をやっている。
とはいえ、作物管理に関してはやっていて楽しいからそれでも良かった。
「もうフィレーネはいらない。今後は私とエマの姉妹カフェとして経営していくことにしたの。そのほうが儲かるし」
「それだけの理由で私を追い出すのですか?」
「充分すぎる理由よ! フィレーネだけ甘い蜜を吸って楽をしているなんて、もう許せない。それに、アンタは経営には向かない。商品の価格にも文句ばかり。激安すぎて、全く儲からないわよ!」
主に作物以外の買い出しなどは私が一人で王都へ出向いて仕入れている。
元々この店は儲けのためではなく、王都の人たちの憩いの場として提供してきた。
最低限生活できる程度で運営していたからこそ成り立っていたものだと思っている。
これ以上金額をあげるのは危険だ……。
だが、もはやサーラお姉様は聞く耳すら持ってくれない。
おそらく、次女のエマお姉様もそうなのだろう……。
「文句があんなら、王都で勝手にカフェでもやったら?」
サーラお姉様のひとことで、私はそれでも良いかもしれないと思ってしまった。
高原の三姉妹カフェがあるこの建物は愛着がある。
だが、このままでは来てくれるお客さんにも満足してもらえるような飲み物を提供できないのではないかと思いはじめていた。
お母様からの遺言は、美味しい飲み物を作って幸せになってもらうこと。
高原の環境は最高ではあるが、無理にここでやらなければいけないわけではない。
王都でだって紅茶やコーヒー豆を作ることはできると思う。
あまりにも奴隷のように扱われてきていてウンザリしている気持ちもあったため、逃げ出したい気持ちもあった。
「わかりました……。私はこの高原の家から出ていきます」
「分かったらさっさと支度して、明日には出てってよね! 早くエマと二人でのびのびとお店をやっていきたいから!」
「はい……」
私は自分の部屋に戻り、別れを惜しみながら荷物をまとめていた。
すると、今度はエマお姉様が入ってくる。
「フィレーネは、いったいなにをされているのでしょうか」
「荷物をまとめています。明日にはこの家を出ていきますので」
カバンに荷物を詰められるだけ詰めこんでいる。
だが、エマお姉様はせっかく詰め込んだカバンをひっくり返し、全てを床に散らばせた。
「どろぼう行為はいけませんよ。この私物は、本来全てわたくしとサーラお姉様の物ですからね」
「え? それはあんまりです!」
「なにを怒っているのでしょう。そもそも、あなたは私たちに助けられてきたから生きてこられたようなものです。聖女の質も、サーラお姉様の足元にも及ばないでしょう。実際に、お姉様は祈った直後に作物の芽が出たと喜んでおられましたし」
それを聞いて心当たりがあった。
私が庭全体に祈りを捧げた直後、サーラお姉様が、『たまには私も祈ってあげる』と言ってきた。
久々にホールでお客さんの相手をしていたっけ。
あの日はどこかのお偉いさんのような人たちが来ていたから、サーラお姉様が接客から逃げてきのだと思っていた。
サーラお姉様が祈ったタイミングで新しい芽がひょっこり現れたため、あの日以来サーラお姉様は自分のことを天才聖女だと思うようになった気がする。
今後の三姉妹喫茶店が心配になってきた……。
「ほら、フィレーネの荷物は私がまとめてあげましたわ。これがあなたの私物全てですよ」
「これだけ……?」
大きなカバンの中に、私の下着と売れ残った豆と茶葉。
それから使い古したエプロンだけだ。
硬貨が全く入っていない。
「わたくしってばなんて優しいのでしょうか……。こんなにもダメな妹に最後の情けで貴重品をいっぱい詰め込んであげたのですから」
「はい、ありがとうございます」
豆と茶葉があればなんとかなると思った。
私はエマお姉様の発言に乗っかり笑顔でお礼を言う。
それが不服だったのか、エマお姉様の機嫌が悪くなっていく。
「なんですかその笑顔は。バカにしているのですか? わたくしはあなたに恨みと憎しみしかありませんの! 笑顔を向けられると大変気分が悪いですわ。今にも吐きそうです」
「明日には出ていきますので」
「いえ、今すぐに出ていってください。不愉快です!」
「ちょ……なにするのですか!」
私は強引に腕を引っ張られ、店の外に放り投げられた。
カバンも投げ捨てられ、泥が少し付着した。
「はいはい、さようならです。二度とその可愛らしい顔が見られないと思うと、胸が躍ります」
エマお姉様はニコリと微笑みながらドアをばたんと閉めた。
歩いて王都へ向かうと徹夜になってしまうが、真夜中に野宿したら風邪をひきそうだ。
無理承知ではあるが、王都へ徒歩で向かう。
道中、足はパンパンだし疲労と睡魔で苦しかった。
それでもお客さんが喜ぶ笑顔をもう一度見たい……。
その想いがエネルギーとなり、力を振り絞ってただただ歩いていく。
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