追跡
「あのオオカミ……許せないにゃん! 人でなしにゃん!」
義憤を露わにするネコメイドは、首なし馬の血の跡を追おうとする。
「やめとけぇ」
それを止めたのは誰であろう主君のモモタだった。
「よしんばオオカミの居所を突き止めたところで、おめえじゃ奴には勝てん。返り討ちに遭うのが関の山なんじゃ」
「でもにゃん!」
「僕の話を最後まで聞け」
冷静さを欠いているネコメイドに、モモタは落ち着いた声音で話した。
「僕は日本一の桃太郎じゃ。僕がおれば勝てるんよ」
主君のモモタの試すような視線からネコメイドは目を逸らす。その視線の先でディープサクラの生気のない生首を一瞥した。
そして、答えた。
「ウィ。マスターモモタにゃん」
ご主人様に跪いて、ネコメイドは頭を垂れる。
首輪の鈴が愛らしく鳴った。
それから、ネコメイドがもう1頭の怯える白馬をなだめている間、モモタは小屋に舞い戻った。
室内では、布団にくるまったままの赤ずきんがすすり泣いていた。
まるで、イチゴ大福の妖怪である。
その隣では、シンデレラが懸命に慰めている。
彼女はスマホを片手に持っていたが、さすがにあどけない少女の泣き顔を撮影する鬼畜根性は持ち合わせていないようだった。
「おばあさんがあああ……おばあッさん……ひぅっくし」
しゃくり上げる赤ずきんにモモタはにじり寄った。
おばあちゃんっ子であるモモタは彼女の気持ちは痛いほどわかった。
しかし、だからこそ、
「泣くな」
と、モモタは膝をついて赤ずきんに目線を合わせた。
少女の目元は泣き腫らして真っ赤だった。
「まだ戦いは終わってないんじゃ。やから、もう泣くな」
「あっ……んっう」
「それでも、どうしても泣きとうなったら、僕たちを頼るんよ。新しい
モモタの言葉にシンデレラも微笑んで頷いた。
しかし、赤ずきんは目を伏せた。
「おばあさんがいなくなったら……あたし、もう生きていけないし……独りぼっちだし……」
弱音を吐く赤ずきんの小さな手をモモタは取った。
まだまだ未熟で希望の温度を保っていた。
これからどんどん大きくなる手だ。
「死ぬ気で生きにゃ、何になる」
モモタは言った。
そして赤ずきんの手にモモタは巾着袋から取り出した丸みを帯びたものを握らせる。
「おばぁの握った元気印のきび団子でも食べて、元気出すんよ」
赤ずきんは自身の手のひらに載った黄金色の団子を眺めた。
おなかが空いていたのか、泣き笑いを浮かべたままパクッとひと口で頬張る。
「モモタお兄ちゃんからもらったお団子……とっても、おいしいですし。ほっぺたが落っこちそうだし」
はじけるような笑顔の赤ずきん。
そんな恍惚とした顔で食べられると、こっちまで嬉しくなるモモタであった。
しかし、次の瞬間――
「あがっ……ん、うぐっ!」
赤ずきんの様子が急変した。
みるみるうちに顔が紫色になり、苦悶の表情を浮かべる。
なんだかつい先ほど、どこかで見覚えのある顔色だった。
「デジャヴ! 喉に詰まらせてんじゃないの!」
背後からシンデレラに、ガラスの靴でモモタは思いっきりどつかれた。
モモタの頭部から血が噴き出して赤頭巾のようになるが、今はそれどころではない。
「畜生。僕としたことが……」
このままじゃ入学させる前に、この世から退学するど。
前代未聞のおとぎ話なんじゃ。
「ネコォ!」
モモタは外に控えている家来のネコメイドを呼びつけた。
「にゃんにゃん?」
ネコメイドは忍者のように、勇み足でグニュグニュと長靴を履いたまま駆けつけた。
「赤ずきんがきび団子を喉に詰まらせたんじゃ。ネコ、あとはわかるな?」
「御意にゃん」
モモタの意図にネコメイドは察した。
しかも敬礼付きである。
だが今もなお、赤ずきんは苦しそうに床をのたうち回っていた。
ネコメイドは猫目を細め、息を整えると「にゃっす」と肉球に力を溜める。
「長靴流・《肉球》!」
「おえーっ!」
ポンッ!
ピュントンテンッ!
パシッ!
部屋中をスーパーボールのように跳ね回る驚異的な弾力を誇るきび団子をモモタはつかみ取った。
それから言う。
「赤ずきん、食べ物を粗末にするな。ちゃんと最後まで食え」
「いやだから、あんたは鬼かっての!」
シンデレラはモモタの手からきび団子をはたき落とした。
「まったく
「えすでぃー……なんやそれ?」
「さあ? たしか人類シンデレラ計画みたいな感じだったかしらね」
「嘘つけ。おめえさんみてーなもんが、どえれーいてたまるか」
まったく信じずにモモタはコロコロと転がるきび団子を拾う。
「じゃあシンデレラ……おめえが食うんか?」
「意地でも食わせたいのね……。もはや、キビダンゴを配り歩く死神じゃんね」
日本人怖いわぁ~。
と、シンデレラはかぶりを振った。
こうして九死に一生を得た荒い息遣いの赤ずきんは、今はオオカミよりも、きび団子が怖いのでしたとさ。
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