行き倒れ猫

 モモタたちは腹ごなしに学園内を探訪した。


「ほぉーら、モモタも一緒に写真撮りましょう」


 シンデレラはスマホ歴1日目にして完璧に使いこなしていた。

 邪魔くせえのう。

 モモタは嫉妬まじりに思った


「モモタのそのカタナ……? 鞘から出して見せなさいよ。そのほうがえるでしょ?」


 シンデレラはまじまじと【鬼殺し】を注視した。

 紅の鞘。純白の柄。

 そして黒い懐中時計を貫いたような鍔。

 秒針は十二支を巡って正確に時刻を刻んでいる。ジャラジャラと垂れる鎖は鞘と柄の境目に固く巻き付いていた。

 摩訶不思議な日本刀だった。

 しかし、モモタはこの刀は抜かないと心を鬼にして誓っていた。


「この【鬼殺し】の刃文を目撃したときにゃ、シンデレラの首は宙を舞っとるど」

「なにそれ、オニうけるんですけどー」


 ……茶化すなや。

 モモタはシンプルに落ち込む。


「カシャカシャ」

「写真に収めるんじゃねえ。おめえの思い出になってたまるか」

「だいじょうぶよ。ちゃんとかわいく盛ってあげるから。鬼殺しちゃんも、スノーみたいに美白にしてあげるわ」

「刀を美白にすなよ……」


 なんでもかんでも美白にしがって……。

 最終形態はのっぺらぼうにでもなるんか。

 加工で刀と空間が歪んどるど。

 モモタは悪態を吐きながらも機械音痴なのでシンデレラにされるがままだった。


「シンデレラ、おめえはどうしてそげーに写真が好きなんよ?」

「え? だって、忘れたくないじゃない」


 シンデレラは何でもないように言った。


「今、この瞬間を」


 それから振り向きざまにシャッターを切った。

 閑話休題。

 ふたりは和柄の刺青のような塗装を施された自動運転車に乗った。いろんな施設を巡る。

 どの施設でもコロポックルたちが一生懸命にあくせく働いていた。その都度、シンデレラは写真データに変換していった。

 月並みだが、それはまるで魔法のようだった。


 図書室。花壇。プール。体育館。グラウンド球場。時計台。無人コンビニのおとぎマートGO。自動販売機。煩悩デパート108。遊園地。銭湯。コインランドリー。基地局。銀行。病院。裁判所。美術館。教会。空港。タカマガハラ宇宙センター(閉鎖中)。etc.


 学び舎というか、もはやひとつの街だった。

 今日中にすべてを回りきるのは不可能である。

 モモタは驚いたと同時に確信していた。

 この世界は確実に別世界なんじゃ。


「ねえモモタ、タピオカ飲みに行きましょうよ」

「む? タピオカってなんなん?」

「えっと、なんか今の日本で流行ってるらしいわよ。蛙の卵みたいな飲み物」

「気色わる……。魔女の飲み物なんよ」


 どうして僕がそんなタピオカなるものをシバかなあかんの?

 しかしつべこべ言いながらも、結局モモタはタピオカをシバいた。

 ちゅーか、うまいんかい。

 すると、シンデレラが物欲しそうに手を差し出した。

 どうやらタピオカはシンデレラの奢りではなかったらしい。


「プリーズ・ペイ」

欧米おうべいか」

「……お、欧よ」


 欧らしい。

 という感じでモモタは計算ができないのでテラス数枚の紙幣をシンデレラに手渡した。


 ほどなく巡り巡って、モモタたちは本校舎の屋上に辿り着いた。

 屋上から遠くを見渡すが学園外に街は見当たらない。どころか大樹の森によって地平線が見えない。


「なんだか、一国のお姫様になった気分だわ。オッホッホッホ」


 頭のおめでたい奴である。

 モモタはそう思いながらシンデレラに注意する。


「落ちて死んだら退学になるらしいから気をつけえよ」

「わかってるわ」

「ほうか。ならええ」

「あれでしょ? 退学になってドラゴンのエサにされるんでしょ」

「それは知らんなぁ」


 誰のどこ情報なんよ。


 モモタが疑問に思った。

 シンデレラの紺色のスカートは爽やかな風に揺れていた。

 そしてシンデレラは哀愁を漂わせながら言う。


「……死んでも帰りたくないわね」


 ポツリと風に乗って、そんな独り言がモモタの耳に届いた。

 こいつは、幸と不幸が常に隣り合わせだということを知っとる。

 骨身に沁みて知っとるんじゃろう。


 とそこで、一陣の風が吹いた。

 シンデレラのスカートは大きくめくれ上がる。


「はひゃうっ!?」


 たおやかな太ももが露わになり、黒タイツからはフリルの付いた純白の羽衣が透けていた。生足とは違うコントラストが鬼神のごとくモモタの網膜を焼き焦がした。両足と股の間からのぞくは愛の景色。この奥には桃源郷が続いているのかもしれなかった。

 しかし、モモタの視線が吸い寄せられたのは一瞬だった。

 現在はすでに注意は別のところに向いていた。

 コンビニの近くに人影が見えた。

 モモタの肉眼はハッキリとその姿を捉えると、ほどなく、その人物はバタリと倒れた。

 そこからのモモタの行動は迅速だった。

 きびすを返して走り出した。


「モモタ!? なにしょん!?」


 シンデレラは振り返って声を上げた。

 その声を無視してモモタは脱兎のごとく駆けると、振り返ったはずのシンデレラの目線は元の位置に引き戻された。

 なぜならモモタは屋上の扉へは向かわず、たっぷりと助走をつけて腰の高さ程度の鉄柵に踏み込んだからである。

 つまり、モモタは屋上から飛び降りた。


「モモタァァァ! 私のパンツを見たからって何も死ぬことはないぃぃぃいいい!」


 思わず、シンデレラは鉄柵につんのめりながら絶望的に階下をのぞき込んだ。

 するとそこでは、


 ビチーン! ブルブルブル。


 なんとモモタは無事着地していた。


「な、なんなのよぉ~。あいつ~」


 シンデレラは白目を剥くと、階下からオニバカ侍がこちらに手を振っていた。


「シンデレラもそっから飛べば、僕が抱きとめてやるど?」

「バッカじゃないの! そんなことしたらガラスの靴が割れるどころか、頭蓋骨が割れるってーの!」


 抜かしそうになる腰に喝を入れてからシンデレラは階段に向かった。


「絶対に文句言ってやるんだからぁ!」


          ***


 コンビニの駐車場には猫が行き倒れていた。

 しかも驚くべきことに、その猫はメイド服を着ていた。

 白銀のアメリカンショートヘアからは猫耳が生えており、フリルカチューシャをしていた。翡翠と若紫のオッドアイ。首輪には鈴。白いニーハイソックスはガーターベルトで吊られて、スカートからは長い尻尾が垂れていた。

 そしてなかでも一際目を引くのは、黒くてごっつい長靴を履いていることだ。

 人間なのか。

 はたまた、猫なのか。

 抱き起こしてみても、モモタには判別不可能だった。

 ただただ、モフモフなのである。

 猫の傍らには白地の大きな袋が転がっており結構な膨らみがあった。


「ちょっと、モモタァ~。足速いってーの。私を放って置いてくんじゃないわよ」


 ゼエゼエと息を切らしながら、シンデレラは追いついた。

 モモタはそんなシンデレラの顔を見て動揺した。


「……もしかして、おめえ泣いてたんか?」

「うぐぅ……泣いてない!」


 シンデレラは泣き腫らした目尻を拭ってから、モモタに問うた。


「ほんと……あんたは私と同じ人間なの?」

「僕は日本一の桃太郎なんじゃ」

「ふうん。日本にはあんたみたいのがゴロゴロいるってわけね。日本の侍はすごいわ。感心しちゃう」


 シンデレラが感嘆を漏らしていると、モモタに抱えられているネコメイドはぼそりと呟いた。


「どうか、助けないでください……にゃん」


 そう言ったきり、ネコメイドは黙ってしまった。

 モモタとシンデレラはアイコンタクトしたのち頷きあう。

 それからシンデレラは勢いよく駆け出して目の前のコンビニにウィーンと入店した。

 一方、モモタは自身の腰にぶら下がった逸物に手を掛ける。


「ネコ、僕のお腰に付けたきび団子をおめえにひとつやる。この団子は豆まき用の大豆の練り込まれた特別製じゃ。ひとつ食えばどんな傷もたちどころに完全回復するんよ」

「……いら、にゃい。吾輩わがはいに生きる資格なんてにゃい……」


 押し当てられたきび団子からネコメイドは顔を背けたが、小鼻はヒクヒクしていた。

 体は正直である。


「甘えるな」


 モモタは敢然かんぜんと言い放った。


「死ぬ気で生きにゃ、にゃんににゃる」


 ネコメイドに釣られて、モモタは噛んでしまった。

 とても恥ずかしかったが表情には一切出さない。

 そんな氷のように無表情のモモタを見上げながら、ネコメイドは言う。


「ちょっと、にゃに言ってるかわかんにゃい……」


 しかしそのネコメイドの目には涙が浮かんでいました。

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