窮鼠猫を待つ
駐車場の車止めのブロックに座り込みながら、ネコメイドは刺身の盛り合わせを食べ終わった。
「生魚を食べるなんて、さすがはネコね」
シンデレラは眉をひそめた。
すかさず、モモタはフォローを入れる。
「日本でも新鮮な魚は生で食うけどな」
「ファニーなジョークね」
「ほんまやけどな」
「ははーん。日本人ってのはネコっぽい人種なのね、きっと」
などと四方山話を展開していたらピコーンとふたり同時にスマホが鳴った。
モモタはシンデレラのスマホをのぞき込むと、案の定アマテラス先生からだった。
『《問2.長靴を履いた猫が鼠を狩らなくなったときの気持ちを答えなさい》』
モモタは合点する。
やはり、このネコメイドは別世界からやってきたのだ。
ネコメイドは肉球でホットミルクの缶を包み込みながらグビッと呷った。
「ニャツッ!?」
やはり猫舌らしい。
「あんた、いいもん食べさせてやったんだから、ちゃんと事情を説明しなさいよね」
シンデレラのやり口は汚かった。
「行き倒れていた吾輩を助けていただき、おふたりには感謝していますにゃん」
ネコメイドは
口元にはミルクの白いヒゲができている。
「礼はええ。ネコ、おめえはどうやってここまで来たんじゃ?」
「そうよそうよ。あんた、相当運が良かったのよ」
モモタに被せるようにして、シンデレラは言った。
いちいち被せてくな。
しかし意外にもネコメイドは全肯定した。
「そのとおりにゃん。吾輩は幸運の猫でしたにゃん」
「どういうことなの?」
「吾輩は、とある粉挽き屋のメイドだったんですにゃん。
「ふうん……変わった名前ね」
『まだにゃい』っていう名前じゃないやろ。
素直か。
モモタは頭が痛くなった。
「そこで、吾輩はロバやウサギやネズミたちと仲良く暮らしていましたのにゃん」
「いい話じゃない。私も動物は好きよ」
シンデレラはなぜか張り合うようにささやかな胸を張った。
「でも、そんな暮らしも長くは続きにゃせん。吾輩たちの国は
言って、ネコメイドは
「……ネコ、おめえの世界にも鬼がいたんか」
モモタは思うところがあった。
もしかしたら、その世界にも、僕のようなもうひとりの桃太郎が存在したのかもしれない。
「そんな折、ひょんなことから粉挽き屋に勤めていた吾輩に、ネズミ退治の依頼が舞い込みにゃした。吾輩、これでも猫ですから」
「これでもってどう見てもそうでしょ」
シンデレラに構わずネコメイドは続ける。
「しかも驚くことに、そのネズミ退治の依頼をしてきたのは、王室だったんですにゃん。一介のネコメイドが断れるはずもありにゃせん」
――それからですにゃん。吾輩の幸運が始まったのは。
と、薄幸そうにネコメイドは語った。
「まず、吾輩は王宮内のネズミたちと仲良くにゃりました。普段から粉挽き屋のネズミたちと喋り、吾輩はネズミ語が堪能でしたから、すんなりコミュニケーションが取れましたにゃん」
「私はネズミたちとは喋れないわね。……なんか悔しいんだけど」
ふくれっ面のシンデレラ。
構わず、ネコメイドは続けた。
「そして王宮のネズミ大臣と吾輩はとある約束をしました。人間の食料を勝手に食べてはいけません。それは泥棒猫のすることですにゃん」
「ネコが泥棒猫って言ったわ……!?」
シンデレラは驚愕した。
ちーたー静かにせえよ。
モモタは横目で訴えた。
「ネズミたちの食料は吾輩が流通ルートを確保するということで話はまとまりにゃした。
「それはわかったけどやー」
「わかったんだ!?」
モモタにシンデレラは驚いていた。
「ほんで結局、王宮のネズミたちはどうなったんじゃ? もしかして、おまえが養うんか? それとも野性に返したんか?」
「違いますにゃん。吾輩は王室に頼んで、離れにネズミ退治対策本部を設置してもらったんですにゃん」
ネコメイドは猫目を細めた。
「その本部は、通称ネズミーランドと呼ばれたにゃ。王室のネズミたちどころか、他の動物たちにも親しまれて夢の国になったんですにゃん。めにゃたし、めにゃたし」
「めでたしを、めにゃたしって……」
「そこは別にええやろ」
シンデレラは変なところで引っかかった。
「そして、王様にネズミ退治の功績が認められて吾輩は表彰されましたにゃん。引き続き、ネズミーランドの管理を命じられて、さらに吾輩の仕える粉挽き屋の主人はお姫様と結婚できることになったんですにゃん。吾輩も王宮に誘われましたにゃ」
「やったぁー。まさしく、シンデレラストーリーじゃない」
シンデレラは喜々と言った。
「しかし、吾輩は身分不相応だと思い、その誘いを辞退しましたにゃ。粉挽き屋が好きだったのにゃん」
「ええ、もったいなーい。一生遊んで優雅に暮らせたのに……贅沢な悩みね」
シンデレラは納得いかなそうに足をバタバタさせた。
「おめえが駄々をこねてどうする」
モモタは生徒2号をたしなめると、ネコメイドに視線を戻した。
「まあシンデレラの言うたとおり、聞いた限りでは幸せそうなんじゃ。ネズミーランドも楽しそうやし一回行ってみたいんよ」
「そうにゃん。すべては順風満帆かに思えましたにゃんけど――そこで悲劇の幕は上がったんですにゃん」
ネコメイドは大きくため息を吐いた。
「オーガ国への侵略戦争に行き詰まっていたある日、戦争ズブの素人である吾輩は軍師として、戦場に召喚されたんですにゃん」
「いたく信頼されとるんやな、ネコ」
「当時の王国は猫の手も借りたい状況だったんですにゃん」
「それで、本当に猫の手を借りちゃったってわけね……」
シンデレラは手に汗握り、聞き入っていた。
「加えて、
ネコメイドは私物の大きな袋をおなかに抱いた。
「主人がお姫様と結婚する手前、吾輩が王様のご命令を断れるわけもないですにゃん。半ばやけくそで吾輩は軍師として、オーガの国と必死に戦いましたにゃん」
ネコメイドは悲しみで胸が張り裂けそうな思いだった。
鬼を殺すためには、自らも鬼にならざるを得ない。
モモタは目の前のネコメイドの気持ちが痛いほどわかった。
「私は鬼……オーガってのは見たことないけど、……そんなに恐ろしい種族なの?」
唐突にシンデレラは質問を投げた。
「いちばん真に恐ろしいのは人間なのにゃん」
ネコメイドは吐き捨てるように言った。
それはモモタも同感だった。
「ネコ、戦局はどうなったんじゃ?」
「王国軍は、オーガ領の半分ほどに侵攻しましたにゃん」
「……つまり、ネコの打った戦略が功を奏したってことなんか?」
「違いますにゃん」
モモタの分析を、ネコメイドはすげなく否定した。
「ただ、運が良かったんにゃ。吾輩の練った戦術は見事にオーガたちの意表を突きましたにゃん。文字通り、王国軍に追い風が吹き、放たれた矢はオーガたちを次々と射ぬいたにゃん。火を起こせば、たちまちオーガ軍は煙で苦しみ、雨が降れば足下は
運が良かっただけにゃん。
そうネコメイドは繰り返した。
「戦果をあげた吾輩は、最終局面の前にひとまず王国に帰りましたにゃん。久しぶりにネズミーランドの様子も見に行きたかったんですにゃん」
「やっぱり、結局癒やしてくれるのは動物たちなのよねぇー」
シンデレラは蕾のように両手を握った。
「で、どうだったの? ネズミーランドの動物たちは? 元気でやってたんでしょ?」
呑気なシンデレラにネコメイドは辛辣に答えた。
「隆盛を誇ったネズミーランドは無惨にも焼け落ちていましたにゃん」
「え?」
「ネズミーランドには、動物たちの骨の残骸が累々と重なっていたんですにゃん」
「へ?」
事態をうまく飲み込めていないシンデレラ。
モモタも眉をひそめた。
ふたりに、ネコメイドは丁寧に説明した。
「始めに言ったとおり、王国は戦争の影響で食糧難に陥っていたんですにゃん。そして、ネズミーランドの芳香に誘われた平民たちの歯牙にかかって……にゃん。ネズミーランドに備蓄されていた食料、並びにネズミや他の動物たち
「キャーッ!?」
シンデレラは頬を両手でサンドイッチした。
「やから、おめえのリアクションはどうしてこうも安っぽいんじゃ……」
別に、今に始まったことではないが……。
モモタはいろいろと諦めた。
「吾輩は何のために、誰のために戦っていたのか、わからなくなったにゃん」
そんな気持ち、モモタはわかる気がした。
だからこそ閉口した。
――『探さにゃいでください』。
「ネズミーランドの墓標にそう置き手紙と花を添えて、吾輩は自分探しの旅に出ましたにゃん。
だからにゃ、その後どちらの国に軍配が上がったのかは、吾輩は知りにゃせん」
「にゃ、にゃんて悲しい話にゃのよぉ~……」
シンデレラはうるうると涙をこぼしていた。
「私も動物の友達はたくさんいるから、何度も見送ってきたけど……これは許せにゃいわ。あんまりにもあんまりにゃ」
「やから、何と張り合っとん」
どうやら、シンデレラは根っからの負けず嫌いらしい。
「旅の途中で疲弊した吾輩は
ネコメイドは猫なで声で鳴いた。
「そこで行き倒れて出会ったのが、あなた方だったにゃん」
今一度、ネコメイドはモモタたちに頭を下げた。
「命を救っていただき、ありがとうにゃん」
『長靴を履いた猫』とは。
一介のメイドから一国の軍師にまで登り詰め、はからずも人間にネズミを献上してしまった――不運の
後半へ続く。
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