新たな家来

 モモタ一行はネコメイドを連れて、例の1年桃組の教室へ向かった。

 黒板の前にはすでにアマテラス学園長が待ち構えていた。あたかもモモタたちが教室に訪れることを予期していたような佇まいである。

 そして黒板には、


《問2.長靴を履いた猫が鼠を狩らなくなったときの気持ちを答えなさい》


 と、課題が出題されていた。


「今日は、もう授業は終わりじゃなかったんか? アマテラス大先生」


 モモタは不満そうに口を尖らせた。


「しょうがないじゃありませんか。出会いは突然なのですから。恋と同じ理屈です」

「……まあ一理あるかもね」


 モモタをちらちら見つめながらシンデレラは控えめに言った。

 そんな中、ネコメイドはキョロキョロと教室内を見回した。


「今更だけどにゃ、ここはどこなのにゃん?」

「その手の質問には、スマホに搭載された『Loli』を起動して話しかければ、愛くるしい声で答えてくれます」


 言ってから、アマテラス先生は「ほいっ」とネコメイドに向かってスマホを投げつけた。

 プニュッと肉球で優しく受け止めるネコメイド。


「『Loli』は、端末内で頻繁に使用されるアプリや、聴く音楽を記憶するようにプログラムされています。レコメンドもしてくれるので仲良くしておいて損はないですよ」

「……初耳なんよ」


 まあ何を言われようと機械音痴のモモタはスマホが使えないので意味はなかった。


「このおとぎ学園では、モンスタグラムやモモッターなどのSNSを推奨しています。フォロワーの数が戦闘力の時代ですから、どんどん発信してください」

「なに平然とした顔でわけのわからんこと言いよん?」

「そのうちモモタさんにもいやでもわかります」


 アマテラス先生は妖艶に微笑んだ。

 しかし、そう言われると天邪鬼あまのじゃくのモモタは俄然スマホを携帯しなくてもいいような気がしてきた。

 シンデレラはスマホ馬鹿やし、あいつが近くにいれば連絡事項も何とかなるじゃろう。

 という算段である。


「あとは制服も机の横に提げてありますからね~。着用したければご自由にどうぞ」

「えっ、でも……にゃん」


 ネコメイドはプニプニと二の足を踏んだ。


「あなたはこの学園の生徒なんですから安心してください。神が誓って守ります」


 アマテラス先生は慣れてきたのか、はたまた面倒臭くなったのか、テキパキと説明した。


「てなわけで、長靴を履いた猫さん。《問2.》の答えを黒板にお書きください。どうぞ!」


 ネコメイドはあれよあれよと促されるままに教壇を上がり、黒板の前に立たされた。

 阿吽の呼吸で、モモタとシンデレラは昨日と同じ席に着いた。


「そういや、ネコ。その大きな袋には何が詰められとん?」


 モモタは挙手して訊いた。


「これは……にゃ」


 ネコメイドは背負った白い大きな袋を一瞥してから具合の悪そうに答えた。


「これは、吾輩の最終兵器――パンドラの袋ですのにゃん」


 よっこらにゃん。

 と、ネコメイドは大きな袋をもう片方の肩に背負い直した。


 モモタが疑問を口にする。


「……はて、パンドラってなんなんじゃろ?」

「さあ? パンツドラゴンの略なんじゃない?」


 隣の席の奴が世界一くだらんこと言いよるな。

 

「ははーん。さてはおまえ、シンデレラじゃな?」

「ええそうよ」


 さらしを巻いたような胸を張るシンデレラだった。

 構わず、ネコメイドは白いチョークでカツカツと黒板に文字を刻む。振り返ってから溌剌とした笑顔で答えを発表した。


「吾輩をモモタにゃんの家来にしてくださいにゃん。貴方についてどこまでもお供しますのにゃん」


 一瞬、教室内は静まり返った。

 それから。


「ええええええええええ!?」


 そう驚いたのはシンデレラだった。


「なぜ、おめえが驚くんよ? もれなく、また安っぽいリアクションを……」

「誰が貧困なリアクションよ!」


 シンデレラは「もうやんなっちゃう」とモモタにクレームを付けた。


「だいたい……なによ、家来って」

「吾輩はご主人様に、モモタにゃんに命を救っていただいたにゃん」


 なぜかネコメイドは恍惚とした表情だった。


「あのとき口にした、きび団子の味は一生忘れないにゃん」

「何よ……それ」

 

 シンデレラは不服そうだった。


「やっぱり変なもん入ってたんじゃないの? あのダンゴ」

「そういや、マタタビ入りやっておばぁは言いよったな」

「モモタのおばぁ……!」

「僕のおばぁを悪く言うなや?」


 モモタはシンデレラに牽制しておいた。

 とそこで、アマテラス先生が総括を述べた。


「長靴を履いた猫さんがネズミの狩りをしなくなった理由は、新しい就職先が見つかったからということでよろしいですね。本人がそうおっしゃっている以上、それが正解なのでしょう」

「納得いかないわ!」


 シンデレラは勢いよく立ち上がると、おもむろに隣席のモモタの逸物に手を掛けた。


「モモタのきび団子、私も食べるわ!」


 シンデレラはパクつく前から、ヨダレをだらだらと垂らしていた。


「おめえ、もしかして……変なクスリとかやってねえじゃろうな?」

「えっ、うん、毎日やってるわよ」


 答えるシンデレラの眼は完全にイッちゃっていた。


「『恋』という名のクスリをね」

「……一番やべえ奴じゃ」


 モモタが恋愛中毒者の頭を押さえつけていると、


「ご主人様は吾輩が守るにゃん!」


 と続けて、ネコメイドは新しいご主人様の片腕を引っぱった。

 いろいろと柔らけぇ。

 そんな生徒たちの青春の1ページを見ながら、アマテラス先生は微笑んだ。


「やはり、モモタさんは動物におモテになるんですね。私もくっついちゃいましょう」

「いや、あんたは止めろや!」


 という感じで、モモタのきび団子は垂涎すいぜんの的だった。


「でもやー、シンデレラだけには僕のきび団子は食べさせたくないんよな」


 モモタはきび団子の入った巾着袋の紐を固く引き結んだ。


「なんでよ!? 依怙贔屓えこひいきじゃない、それ! 不平等よ。私にも寄越しなさいよ!」


 シンデレラは激昂して、きび団子の入った巾着袋をミーンと引っぱった。


「モモタのケチんぼ! キビダンゴくらいくれたっていいじゃない!」

「痛っ……や、やめえ! 無理矢理ひっぱるな、この貧乏人! 卑しいんじゃあ!」


 言いながら、モモタは心が痛くなった。

 なんなんじゃ、この状況。

 こんなしょうもない一悶着のためにきび団子を使ってしまっておばぁに心底申し訳なかった。


 かくして、新たにネコがモモタの家来になりましたとさ。

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