第3噺 長靴を履いた死んだ猫
おとぎ学園探訪
今日の授業は1時限、一問一答で終了した。
アマテラス先生いわく、あとは自由時間で学園を散策しろとのこと。
というわけで、桃太郎は男子寮にいた。
シャワーを浴びるのにも桃太郎は四苦八苦した。
同様にシンデレラも女子寮であれやこれや済ましていることだろう。
結局アマテラス先生が言うには、桃太郎がスマホを使いこなすのはやはり難しいらしい。
まあどうせスマホなんてくだらん。
部屋に畳さえありゃあええんじゃ。
身支度を済ましてから、寮の入り口で桃太郎はシンデレラと落ち合う。
「ごめん。待った?」
「いんや。僕もいま来たところじゃ」
「じゃあ役者もそろったことだし鬼ごっこする? だまるまさんがころんだする? それとも、あ・や・と・り?」
「やらんよ?」
シンデレラを軽くいなして桃太郎はリノリウムの廊下をパタパタと雪駄で歩く。そのあとをコツンコツンとガラスの靴が追って、ふたりは食堂に移動した。
「ねえ、モモタ。なんか気づかない?」
「……僕の名前はモモタじゃのーて、桃太郎なんじゃ」
「いや、そうじゃなくてさ」
「いや、そうじゃろう」
桃太郎は即座に訂正した。
おじぃ、おばぁから付けてもろうた大切な名前を……僕のアイデンティティーやぞ?
しかし、なおもシンデレラは反論した。
「だって、モモタロウじゃ長いんだもん」
「ゆうて、シンデレラと同じ音数やけどな……」
桃太郎あらため、モモタは思った。
「というか、だから……そうじゃなくてさ」
シンデレラは頬を赤らめてモジモジした。
しきりにふたつに結われたブロンド髪を触る。
「どこか、昨日より世界が華やかになったでしょ?」
「はあ……まあ朝やからな」
「……オニ察しが悪い」
シンデレラはたいへん不満そうである。
朝から喧嘩するのも
「昨日と比べて、シンデレラの髪の毛がビヨヨーンとなった気がするんよ」
「ふふん。ピンポンピンポン、大正解。ツインテールにしてみたの。このほうが制服とマッチするでしょ?」
「知らんがな」
「それにしてもモモタは綺麗な
「そんなん初めて言われたわ」
「このとき、わしはこの女と結婚するかもしれんと思ったのであった」
「勝手に僕の心の声を捏造すなよ」
言って、モモタはそそくさと歩き出した。
帯刀する【鬼殺し】がジャラジャラと音を立てる。
「ちょっと待ってよ、モモタ」
シンデレラは追いかけて興味本位に尋ねた。
「ねえ聞きたいんだけど、その物騒な腰の武器って……いるの? ここはピースフルな学園よ」
「要る。刀は侍の魂じゃ」
「ほーん」
「ほんで、この【鬼殺し】は、おばぁが、僕を桃から取り出したときに使用した刀なんじゃ」
「……あんたのグランドマザーはなかなかにファンキーね。日本怖っ」
あのシンデレラが引いていた。
続けて問う。
「ところで、その巾着袋は?」
「これはきび団子じゃ。おばぁの伝家の宝刀なんよ」
『日本一』と書かれた旗もモモタのためにおばぁが作ってくれた。
さすがに今は邪魔くさいので自室に置いてきたけど。
無駄話をしながら、モモタたちは広々とした食堂に到着。
食堂のいけすには魚の切り身が泳いでいる。
横に『これは食品です。勝手に触らないでください』と、注意書きなんかがされている。
どうやらこの異世界では食材のような生き物がいるようだった。
奥の厨房ではなんと小人さんたちが料理を作っていた。体長は30センチメートル程度。白くてミニサイズの給食着に身を包んでいる。マスクも小さく、声もか細くて、人相までは窺えない。
「ちょっと、オニカワなんですけど~。妖精なんて初めて見たけど、本当に実在したのね!」
シンデレラは興奮して満面の笑みだった。
そこでピコーン、とモモタのスマホが鳴った。
アマテラス先生からRAINである。
『その小人さんは、通称・
シンデレラとモモタは自然と目が合った。
彼女もまたMomo製のスマホを支給されており、横からモモタはそのRAIN画面をのぞき見ていた。
「……いや、自分のスマホで確認しなさいよ」
「バッテリー残量が少なくなっとるとか抜かしよってからに意味わからんもん」
「そのまんまの意味だと思うんですけど」
白い目のシンデレラだった。
だが、モモタは思う。
ふたりで1台を見たほうが効率的ではないんか。
そしてRAINにはまだ続きがあった。
『この学校はアマテラスシステムを導入しています。生徒のスマホにチャージされるお金は、思い、願い、意欲、望みに応じて順次加算されます。つまり学園生活を楽しめば楽しむほどに裕福になるという仕組みです。心は金なり。この経済機構は〝ホープ〟と呼ばれています』
アマテラス先生の説明を適当に読み流しながら、シンデレラはスマホアプリを開き、料理メニューを選択した。
画面には『1000テラス』と表示され、自動決済された。
この学園の電子マネーの単位はテラスというらしい。
そのあとモモタはシンデレラにスマホの操作を懇切丁寧に教えてもらったが、結局わからずじまいだった。
「日本人って……不器用なのね」
シンデレラは早々に諦めて、モモタのぶんも一緒に注文した。
するとどこからともなく黒光りするドローンがどろんぶらこ、どろんぶらこ、と注文料理を配膳してきた。
「ねえモモタ! 見て! なんかUFOが料理運んで来るわよ!」
シンデレラは見たこともないハイテクマシンに、ひたすら感動を覚えていた。
その横でモモタは【鬼殺し】の柄を掴んで警戒していた。
「料理は撒き餌か」
「はい?」
「黒船が来よるど! シンデレラ、構えい!」
「あーはいはい。子供じゃないんだからはしゃがないの。なんかバカみたいよ」
「誰が馬鹿じゃ!」
終始、モモタは刀に手をかけて警戒していたが、どうやら杞憂だったようだ。
そしてモモタは鮭定食(660テラス)を注文。
鮭の切り身。大根おろし。レモン。白飯(大盛り)。味噌汁。桃太屋のごはんですよ。だし巻き玉子。フキノトウの天ぷら。フキの炒め煮。デザートの巨大な桃(別料金)。
シンデレラは、フル・ブレックファーストを注文。
目玉焼き。ベーコン。ソーセージ。ブラックプティング。焼きトマト。トースト。ベイクドビーンズ。ハッシュドポテト。ミルクティー。狼の口のようなスコーン(イチゴジャムとクロテッドクリーム付き)。
学食の机に料理が所狭しと並べられた。
昔の主人公というのはよく食べるのかもしれない。
「あっモモタ、ちょっと待って」
そう断ってから、シンデレラはスマホを構えた。
「いま写真撮ってあげるから」
それからシンデレラはしばらく料理と格闘していた。
ええい、鬱陶しいのう。
構わず、モモタは手を合わせた。
「いただきます」
3分後。
ようやっと納得のいく写真が撮れたのか、シンデレラはナイフとフォークを握った。
おいしそうに朝食を口に運ぶとバターのようにとろけそうな表情になった。
「そげーなうめえんか?」
「うん。デリシャス、うまシャスよ~。こんな贅沢な食事はいつぶりかしら」
普段はどんな食生活を送っているのだろうかとモモタは心配になった。
それから彼女は、モモタの手を物珍しそうに見つめた。
「スマホもロクに使えないくせに、案外モモタは器用なのね。二本の木の棒なんかでよくこぼさずに食べられるわ。感心しちゃう」
「こげーな芸当はサルでもできるんよ」
「なによ……。私がサル以下だって言いたいわけ?」
「一言もそげーなことは言っとらん……上とか下とか」
困ったモモタは周辺を見渡すと、自分たち以外の生徒は誰もいなかった。
「シンデレラだって練習すりゃあ、きっとすぐにできるじゃろ」
モモタはシンデレラに向き直った。
「というかやー、僕にはその銀色の小刀と
口内、切れるど?
「ふふん。モモタにひとつだけ大事なことを教えてあげるわ。食事は戦争なのよ!」
「まーたなんか言いだしよるわ」
切実なことを不敵に言って、シンデレラは平坦な胸を反らした。
だからどげーな環境で生きてきたん?
まあ、真理ではあるかもしれんけどやな。
モモタは一理あると思った。
「ねえ、モモタ。そのスープっておいしいの?」
「んぅ……まあな」
味噌汁に口を付けながら、モモタは応答した。
「だったらモモタ、私にも一口ちょーだい?」
「……僕がすでに口を付けよるけど?」
「別に私は……そんなの気にしないわよ……」
シンデレラはなぜか頬を紅潮させていた。
まつげの長いお目々をパチクリしている。
「はあ……。それなら、はい。やる」
モモタから受け取った味噌汁をシンデレラは神妙に見つめる。
そして一口飲む。
その直後――
ブフゥー!
と、あろうことか噴飯しやがった。
真正面に座っていたモモタの顔面は味噌汁まみれになってしまう。
恩を仇で返された。
こげーな屈辱は初めてじゃ。
「しょっぱ~。なにこれ~。泥水と海水を混ぜた味じゃない……」
シンデレラは口の端からワカメをぶら下げながら言った。
「日本人ってバカ舌なのね」
「おめえという女は……」
味噌汁の旨味の深さをなんもわかっとらん。
モモタはシンデレラをお嫁にもらうことは絶対にないだろうと思った。
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