あわてんぼう
すぐさま、モモタとブロピは窓ガラスに肉厚な鼻をくっつけて外の状況を偵察する。
しかしふたりが外を覗いたときには、パカラッパカラッ! とすでに、首なし馬は走り出していた。
その背中にはオオカミ少年。
いまだにおばあさんの衣服を着ていた。
「完全に飼い馴らしとんなぁ」
モモタは呟いた。
しかし、先ほどとは打って変わって態勢が違う。
なんとアンバランスな馬の背中にオオカミ少年は立っていたのである。
「ハハッ、体当たりでもする気かよ? 俺の建てたレンガの家を舐めちゃいけねえぜ」
ブロピは口の端を歪めた。
だが、その予想の斜め上のことが起こった。
レンガの家に衝突する直前、オオカミ少年は首なし馬の背中からジャンプした。モモタたちの視界から文字通り斜め上に逸脱した――直後、ドッスーン! と天井が軋みをあげる。パラパラとモルタルの
「あんにゃろー。何するつもりだ」
訝しむ
そこでオオカミ少年の思惑に気づいたモモタは口を開いた。
「……煙突からこの家に侵入するつもりじゃ」
いや、ちょっと待てえ。
僕も思いつきで言うたがおかしい。
煙突からの侵入はリスクばかりが目立つ。
室内に降りたとたんに迎撃される可能性も非常に高く、真下ではグツグツと釜で湯を沸かしている。
まさか、オオカミ少年はそれに気づいていないんか?
否、それにしてもじゃろう。
侵入ルートとしては、先ほどモモタがのぞいていた窓をぶち割るか、木製のドアを破壊するほうが自然じゃないんか……?
それともオオカミ少年の知能がその程度なんか?
否、過小評価は禁物じゃ。
何かしらの策略があると考えるのが、戦の常道。
モモタが視線を落とすと、額に玉のような汗を浮かべ、「ムニャムニャ」と夢の中の赤ずきんがいた。その隣にはいつの間にか「スピースピー」と、鼻提灯を膨らませて白目を剥いたシンデレラがぐっすりと眠っている。
先ほどまであれほど騒がしかったのに忙しい奴である。
すると、ストピーは豚の頭を抱えて狼狽した。
「あんちゃーん、もうダメだブヒ~!。なんだか息も苦しくもなってきたブゥ」
その横で、ウドは天を見上げる。
「あんちゃん……。ポク、昨日の夜ごはんなに食べたトン?」
確実に今心配することではない。
「畜生……ここまでかよ」
長男ブロピまでもが片膝をついた。
部屋には重い空気が漂う。
3匹の子ブタは諦めムード一色だった。
そんななかモモタは猛々しく燃える釜の炎を見たのち、シンデレラの寝苦しそうな顔を今一度見た。
いつもながらヨダレを垂らして寝相も悪い。
そして、モモタは桃の刺繍の施されたハチマキを締め直してから、ついでに
「3匹の子ブタども、諦めるにはまだ早いど。挽肉になるその瞬間まで立つんじゃ!」
愛刀【鬼殺し】を握りしめて、ひとりの侍は言った。
「――死ぬ気で生きにゃ、何になる!」
その次の瞬間――モモタはドアを回し蹴りで蹴破った。
扉は宙を舞って空の向こうに飛んでいく。
「てめぇ、何する気でい!?」
自宅のドアを破壊されたことも忘れてブロピは呆気にとられた。
壊れたドア枠に手を掛けながら、モモタは答える。
「オオカミ少年を退治してやるんよ」
言って、モモタは家の外におんおんと駆け出した。すこし離れたところでは破壊された扉がグシャッと落下している。
モモタは屋根を見上げると逆光のなかに黒いシルエットが浮かび上がった。
尖った耳。長い口。湿った鼻。鋭利な爪。おぞましい犬歯。鋭い光をたたえる
「僕は桃から生まれた日本一の桃太郎! おめえは何者じゃ!」
モモタは日本一の旗を掲げて、太陽に吠えた。
しかし、一向にオオカミ少年は答えない。
その代わりに口を閉ざしたまま、突如煙突に向かって裏拳を放った。
ガッコーン! ガラガラガラ!
と、赤土色のレンガは木っ端微塵に粉砕した。
途端もくもくと煙突から黒煙が空に立ち昇り始めた。
「…………」
モモタは不審に思った。
なぜ、わざわざそんなことをしよん……?
僕を威嚇するためか?
ん?
もしかして……僕はなにか大きな勘違いをしておらんか。
どこか重大な見落としをしておらんか。
モモタは必死に思考を巡らせていると、煙突を破壊された衝撃で家の中が揺れておおわらわだった。
「なんだい! なんだい!」
「アッチトン!?」
「うおっ、やっべ、釜の湯がこぼれたブゥ!」
煙突からレンガが落下して熱々のお湯が火の番をしていたウドに跳ねて、反射的に飛び上がったウドは釜を倒してしまう。床にアッツアツの海洋が広がった。白馬のハックは知らんぷりで、赤ずきんのほうはネコメイドが抱っこして保護していた。
そそくさと全員が避難するなか逃げ遅れた人物がひとり。
そうシンデレラである。
「アッツイわねえ!?」
床に雑魚寝していたシンデレラはずぶ濡れになり黒のセーラー服は漆黒に染まった。
「……こんだけ多種多様な生き物がいて、なぜ誰も私を助けないわけ?」
シンデレラはこのとき初めて、日頃の行いを悔いた。
しかし、そんなことは一瞬で忘れて、
「あっ!? 私のスマホ、スマホ、スマホ」
まずは、スマホの安否確認が最優先だった。
シンデレラは水没しかけたスマホを拾い上げると、セーラー服で入念に拭いてから電源を入れた。
しかし、画面は真っ暗闇だった。
「オニ・マイ・ゴッド! 点け点け点け! 神様お願いよ。点け点け点けぇぇぇえええ!」
「ケツケツって、お客さん面白すぎるブゥ。フガフガッ」
「うっさいわね! ブタッ鼻!」
シンデレラはストピーに怒鳴った。
とそこで、スマホは奇跡的に再起動した。
「ふぅー。命拾いしたわぁ~。我が愛しのスマホちゃん。もう一生手放さないわ~、マイ・ダーリン」
スマホに「うーんまっ」と、口づけする頭のおかしいシンデレラは無視するとして。
ハックと眠っている赤ずきん以外、全員わらわら~とレンガの家を出た。
「ここまで来れば戦争だぜ」
長男ブロピを筆頭に、3匹の子ブタは、
殺る気満々だ。
「ちょっと私をシカトすんなぁ!」
やっと追いついてきたシンデレラは、もっぱらスマホで動画撮影担当。
戦力外もいいところである。
モモタと愉快な仲間たちVSオオカミ少年。
決戦の火蓋が切られようとしていた。
まさにそのとき、
「バラバラにして食べちゃうぞ」
と、オオカミ少年は嘯いた。
ハスキーボイスの印象的な美声だった。
続けざまに、オオカミ少年は長い口を毛むくじゃらの手で押さえて舌舐めずりを披露する。
「そうはさせにゃい!」
ネコメイドはロングスカートをはためかせて一歩前に出ようとしたが、
「ちょっと待てえ」
と、モモタはそれを制止した。
「モモタにゃん? どうしたのにゃん?」
「オオカミ少年を殺すのは簡単じゃがー、ちーと疑問が残り過ぎとんよ」
そうじゃ。
事を起こすにはまだ不可解な謎が多い。
もしかしたらミスリードをしているのかもしれん。
そして謎を解く鍵はもう揃っているように思えてならないんじゃ。
事件は迷宮入りさせちゃならん。
新たな物語を悲劇で終わらせとうないんじゃ。
というわけで。
ここはひとつ、モモタは柄にもなく探偵役を買って出ることにしたのだった。
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