名探偵桃太郎 

「そもそも赤ずきんのおばあさんを殺したんは、ほんまにオオカミ少年なんか?」


 モモタは聴衆に向けて疑義を呈した。

 今のところは状況証拠しかないはずである。


「なにを言ってるにゃん。おばあにゃんは今やあいつの腹の中にゃん」


 ネコメイドはそう反論した。


「それにしちゃ小せえんじゃ」

「にゃん?」

「人ひとりが胃袋に入っているには、オオカミ少年のおなかは膨れとらんかった」

「それは……すこしだけ食べて、残りのご遺体は大樹の森のどこかに隠したんにゃん」

「でもやー、赤ずきん宅には血痕はおろか争った形跡ものーて、もちろん死体もなかったじゃろ。それは家捜しをしとったシンデレラが知っとるはずじゃ」

「たしかに怪しい点はなかったわね……。撮った写真見せよっか?」


 シンデレラはスマホの内蔵メモリーに保存された写真を証拠として提出したが、やはり怪しいものは写っていなかった。


「だからにゃ。……血痕が残ってなかったのは、きっと狡猾なオオカミ少年がシーツに血が付着したから取り替えたんにゃん」

「たしかグランドマザーに扮したオオカミ少年もそんなこと言ってたわね」


 ネコメイドの発言をシンデレラは補足した。


「そうじゃな。オオカミ少年は朝のうちにシーツを替えたと言い訳しとった。じゃが――」


 ほんまにそうなんか?

 おばぁの血痕ないし何かしらの証拠がシーツに残ったから取り替えた。

 何か引っかかるんよ。


「よくわからんが、血がダメならおばあさんを絞殺したんじゃねえのかい?」


 ブロピはハードボイルドに口を挟んだ。


「それなら、出血させずに辺りにも最小限の被害だろ。多少、糞尿は漏れるリスクはあるかもしんねえけどよ……」


 生々しい絞殺の考察に全員が押し黙ってしまった。

 たしかに、獲物の気道を塞ぎ窒息死に至らせるというのは肉食獣の常套手段だろう。

 まして、オオカミ少年は人間同様に手も使えたのだから。つまり道具も使えたということになる。

 ここで今一度、モモタは状況を整理してみる。


「おばぁの死亡推定時刻は、今朝、赤ずきんが家を出てから戻ってくるまでの時間。そのときすでにおばぁとオオカミ少年が入れ替わっていた可能性はないに等しいじゃろ。そんなことしとったら、いくらなんでも赤ずきんが気づくんよ。ほいで赤ずきんが家を発ってから、オオカミ少年はおばぁを何らかの方法で殺害し、衣服を剥ぎ取ったのち、死体は大樹の森に隠した。そして、おばぁになりすまして赤ずきんの帰りを待ったんじゃ」


 これで理屈は通るが、動機はなんじゃ?

 単純におばぁを食いたかったんか?

 それとも赤ずきんを食うために、まずおばぁが邪魔だったんか?

 そもそもおばぁになりすます必要性はどれほどあるんじゃ?

 赤ずきんを油断させるためか?

 小娘に対して随分と弱気なオオカミじゃな。

 それとも単なる愉快犯的な遊びか?

 あるいは帰り道の途中の赤ずきんを襲うつもりじゃったのに、偶然にも通りかかった僕たちがそれを阻止してもうて計画を変更せざるを得なかったんか?


 何かでーれー見落としをしよらんか?


 レンガの屋根の上のオオカミ少年は、先ほどの脅し文句とは裏腹にぴくりとも動かない。

 おばぁの衣服を纏った彼はジッとこちらを凝視していた。

 そしてまた、そのオオカミ少年からモモタはまるで殺気を感じとれなかった。

 というか、なぜにおばぁの衣服をまだ着用しとるんじゃ……。

 そんなに着心地がええんか?


「先ほどの裏拳を見たじゃろ。オオカミ少年がその気ならこのレンガの家も簡単に壊せたはずじゃ。ドアは木製、窓ガラスなんて石を投げ込めば容易に割れるはずなんよ」

「……考えてみれば、たしかにそうだぜ」


 悔しげに呟くブロピの横で、シンデレラは無邪気に笑った。


「よりにもよって煙突から不法侵入しようとするなんてねー。サンタクロースじゃないんだから」


 するとそこで、サンタクロースのことは全然知らなかったが唐突にモモタは気づいた。


「赤ずきんへの誕生日プレゼントは、どこに消えたんじゃ?」


 赤ずきんの証言によると、おばぁは赤ずきんへのプレゼントを用意していたはずだ。


「オオカミ少年がおばあさんと一緒に隠したのにゃん」

「何のためじゃ?」

「それは……単純に嫉妬。気に食わなかったからにゃん」


 ネコメイドは苦し紛れに言った。


「ただでさえ、死体を運ぶのも手間のはずじゃ。なのにわざわざプレゼントまで隠すんか? おばぁが自分で用意したプレゼントを? むしろ隠したりしたらかえって怪しいじゃろう」


 自分でドングリをどこに埋めたかわからなくなるリスじゃあるまいし。


「それにプレゼントを餌にすりゃあ、容易に赤ずきんを食えたはずじゃないんか?」


 油断させるという意味では効果的すぎるほどに効果的だ。

 なんせ本物のプレゼントなんじゃから。


「そこまで頭が回っていなかったんだブゥ」


 ストピーのその考え方はモモタは好かなかった。

 そこでふとアマテラス先生の金言がモモタの脳裏によぎる。


 ――見たいものを見たいように見ていたら、痛い目を見ます――

 

 そういうことか。

 そういう授業か。

 もしかして、ひょっとしたら。

 この場にいる者の中で、この問題は僕だけにしか解けないんではなかろうか。

 モモタは、そもそも論を展開する。


「おばぁの正体に、どうして赤ずきんは気づけなかったんじゃろ?」


 もっともおかしな点は間違いなくここだ。

 当の本人である赤ずきんはレンガの家で眠りこけている。


「おばぁに変装したオオカミ少年に、どうして赤ずきんが騙されるんよ?」


 やっぱり、どう考えてもおかしいじゃろう。

 その日会ったばかりのシンデレラならまだわかる。

 彼女は馬鹿だから。


「誰が馬鹿よ!」


 地獄耳のシンデレラは怒鳴る。

 それから一転高笑いした。


「はーい、今のきっちり録音して証拠に収めましたー! モモタ、あんたは社会的に死んだわ!」

「あとでそのスマホ叩き斬ってやらぁ」

「お侍さん、どうかそれだけはおやめください。おスマートフォン様のお命だけは……何卒お願いいたします」

「たかが文明の利器を敬うなよ……」


 閑話休題。

 赤の他人のシンデレラならともかくじゃ。

 おばぁの正体を、長らく生活を共にしてきた赤ずきんが見破れないはずがないんじゃ。

 では、なぜ?

 そもそもが、前提から勘違いしていたのだとすりゃあ……。

 その答えはひとつしかねえんじゃ。


「赤ずきんのおばぁは――オオカミだったんじゃ」


 このモモタの衝撃発言に水を打ったように現場は静まりかえった。

 そののち、


「「な、なんだってぇー!?」」


 と、驚きの声が相次いだ。


「えっ? ……ってことは……えっ? どゆこと?」


 シンデレラはオニパニック状態だった。

 当然の反応である。

 奇想天外でおとぎ話にもならん。

 しかし、モモタはそうとしか考えられなかった。


「つまりにゃ、オオカミ少年はオオカミ老婆を共食いしたってことにゃん?」


 自分で言いながらネコメイドは眉根を寄せた。


「ひぃぃぃ。共食いなんて……考えられへ~ん」


 シンデレラはなぜか関西弁だった。

 シンプルに腹立つ。


「共食いは自然界では禁忌タブーではなく、普通だブゥ」


 ストピーはあっけらかんと言った。


「基本的に自分以外は敵だブゥ。獲物に同情するなんて人間はおやさしくてずいぶん余裕があるブヒねー」

「こればっかりは弟の言うとおりだぜ」


 ブロピも同意した。


相利共生そうりきょうせいできねえなら戦争しかねえよ。戦争が嫌なら逃げるか、そのまま食われて死ぬかだ」


 モモタも同意せざるを得ない。


「えっと……って、ことはよ」


 シンデレラは頭をひねらせた。


「赤ずきんちゃんはオオカミババアと――」

「ババア言うなよ」

「ソーリー。オオカミグランドマザーと、ずっと2人暮らししていたってことよね? 一体いつからよ?」

「やから、それは始めからじゃろう」


 モモタははっきりと断言した。


「赤ずきんとおばぁの関係性、家系図に照らせば解答はおのずと見えてくるんじゃ」


 今も昔も、未来へは片道切符のはずだ。


「赤ずきん。もう起きてるんじゃろ? 表出ろや」


 呼びかけてモモタがレンガの家を見つめると、他の全員の視線も自然とそちらに吸い込まれた。


 壊れたドア枠のその向こう側には白馬のハックがドデーンとおり、ハックは左右を確認して「え? 自分っすか?」みたいなリアクション。


「違う。邪魔じゃ邪魔じゃ。あっちいけ」


 モモタに言われて、いじけたように脇にずれるハック。

 すると、その後ろから赤ずきんは姿を現した。


「赤ずきん、単刀直入に訊くど。おめえのおばぁは何者なんじゃ?」

「なに言ってるし? モモタお兄ちゃん……」


 赤ずきんは青息吐息で答えた。


「あたしのおばあさんは、おばあさんだし……大切な家族だし」

「そうじゃろうな。でもやー、赤ずきん」


 モモタは努めて優しく問う。


「その大切な家族であるところのおばぁの正体を、ほんならどうして見抜けなかったんよ?」

「し、仕方ないし……。あまりにもオオカミさんの変装が、お見事だったからだし……」

「そうかのう? まあ、ほんならええわ。質問を変えるんじゃ」


 モモタは赤ずきんにズカズカと歩み寄った。

 オオカミ少年はまだ動かない。


「どうして赤ずきんは、自宅にもかかわらず赤い頭巾を外さなかったんよ? おかしいんよ?」

「そんなこと言われたって、いつもそうだし……」

「ほんで、あのときもそうじゃ。赤ずきんがきび団子を喉に詰まらせて九死に一生を得たあと、ぎょうさん汗掻いたはずやのに、なぜか赤頭巾を脱がんかったよな? 普通、赤頭巾なんて真っ先に脱ぎそうなものじゃろ?」

「だから、あたしは赤い頭巾が好きだからだし……。あたしのトレードマークだし」

「じゃろうな。僕もさすがにこれ以上突っ込むのは気が咎めてきたからやー、これが最後の質問なんよ。赤ずきんの正直な気持ちを聞かせてくれりゃあええんじゃ」


 モモタは手を伸ばせばすぐ届く距離まで赤ずきんに近付いた。

 そして、尋ねた。


「おばぁはどうして、赤ずきんに赤い頭巾をプレゼントしたと思うんよ?」

「そ、それはだし……えっと……だから、だし……」


 赤ずきんは返答に窮する。

 碧い瞳があきらかに狼狽していた。

 そしてまるで躊躇せずに、赤ずきんの赤頭巾にモモタは手を掛けようとした。

 まさに、その瞬間――


「ガウグルルルゥゥゥ!」


 と、威嚇するオオカミ少年が屋根から飛び降りてきた。

 それからモモタと赤ずきんの間に割って入ってくる。

 立ちはだかるオオカミ少年とモモタは、三度にらみ合い、対峙した。


 突然現れたオオカミ少年の大きな背中に赤ずきんは驚くと、後ずさり「キャプニッ」と腰を抜かした。


 その際、パサリと赤い頭巾が頭から滑り落ちる。


 それを見て、モモタは確信した。

 今度こそ、たったひとつの答えを見つけることができた。


「えっと……どゆこと? 日本語でOKなんだけど……」


 日本語でええんかい。

 アホのシンデレラに、モモタは遠慮なく日本語で説明する。


「先ほども言ったとおりなんよ。赤ずきんのほんまもんのおばぁは、人間のフリをしていたオオカミだったんじゃ」

「ねえ……だから、モモタァ」

「ほんと馬鹿なんだからぁ……みたいな顔やめえ」


 オオカミ少年の杜撰ずさんな変装にも気づけんかった奴が……。

 構わず、モモタは続ける。


「人間でもオオカミに育てられりゃあ、自分のことをオオカミだと認識してしまう。逆にオオカミだとしても人間として育てられりゃあ自分のことを人間だと思ってしまっても、なんら不思議じゃないんよ」


 そういう話だった。

 ありふれたおとぎ話だった。


「それが本当だとしてもどうしてそんなことをしたトン? ポク、わかんないトン」


 ウドは自身の豚足を咥えて、二重アゴを傾げた。


「たぶん生きていくうえで、いろいろと都合がよかったんじゃろう。人間は正直に喋る動物が嫌いじゃからな」


 出る杭は打たれる。

 目立たないように擬態する生き物なんて、さして珍しくもない。

 そして日本一の正直者の桃太郎は、オオカミ少年に人差し指を突きつけた。

 正確には少年を貫いて、後ろの少女さえも串刺しにした。


「オオカミ少年と赤ずきんは――兄妹じゃ」

「うっそーん!?」


 驚くシンデレラのスマホカメラは、モモタとオオカミ少年の間を行ったり来たりしていた。

 オオカミ少年はギリリと、奥歯を噛み締めたような表情になる。


「そう考えりゃあおおかたの筋は通るんよ。オオカミおばぁはオオカミ少年と赤ずきん、ふたりの祖母だったんじゃ」


 ここからはモモタの完全な憶測だ。


「じゃから、おばぁは殺されたんじゃのーて、予期せぬ事態――たとえや、老衰だったんじゃないんか。オオカミ少年がおばぁに化けた理由までは僕は知らんけどやー……」


 しかし、こんな僕でも孫の気持ちはわかるつもりじゃ。


「オオカミ少年は肉親であるオオカミおばぁを、それも身ぐるみを剥がされたオオカミおばぁを、寒空の下に長時間放置したとは考えにくいんよ。であれば、あの部屋のどこかにおばぁの亡骸があったということになるんじゃ」

「うそーん。シャワールームやキッチンも調べたけど、どこにもグランドマザーなんて影も形もなかったわよ?」


 シンデレラは、スマホで馬鹿みたいに撮った写真を確認した。


「どこにいるの~。グランドマザ~。――って、うわっ!? 排水溝の毛がすんごい!」

「じゃから、そういうこと言うなや……」


 失礼なやっちゃ。

 とモモタは思った。


「多毛な動物は仕方にゃいにゃん」


 わかりみの深いネコメイドだった。

 子ブタ3兄弟も「ブゥブゥ」と、スマホの写真を覗き込みながら意見した。


「これじゃないかトン~」

「いや、こっちのタンスの裏が怪しいブゥ」

「馬鹿。こういう問題は機転を利かせてだな……。だから大きな釘ではりつけみたいに天井に打ち付けたんじゃねえか? 死体とはいえ身体を傷付けたら出血するだろうから……そうだ! シーツをハンモックのようにして、血が垂れねえように細工したんだぜ」


 どんどん猟奇的な方向に話が進んでいた。

 あれもこれもシンデレラが現場写真を撮ったせいである。


「……なんか、みんなで死体を探して楽しいわね」

「変な楽しみ方を発見すな! 不謹慎やぞ!」


 というわけで、シンキングタイム終了。

 モモタのネタばらし。


「あのとき室内の中で、実はシンデレラはゆいいつ一カ所だけ撮りこぼしをしてるんよ。それは、おばぁのベッドの下じゃ」


 おばぁに化けていたオオカミ少年がの存在が印象的で意外と盲点だった隠し場所である。

 そのモモタの解答を聞いて全員沈黙する。

 ややあって。


「まあ、はじめから知ってたブゥ」

「ポクもちょうどそう思ったトン~」

「すぐに正解したらつまらんからな。遊びに付き合ってやっただけだぜ」


 と、3匹の子ブタはしきりに頷いた。

 こいつら3バカも嘘つきか。


 そして一方のオオカミ少年は潔く観念したように青い瞳をまたたいた。

 その赤ずきんと同じ色の目に向かって、モモタは言う。


「僕たちが赤ずきん宅にお邪魔したとき、本物のおばぁはベッドの下に眠っとった。おそらく衣服を剥ぎ取られ、代わりにシーツをかけられ――そして腕の中には、赤ずきんへの誕生日プレゼントを抱えとったんじゃないんか?」


 生々しい情景を想像して、全員口をつぐんだ。

 そんな中、シンデレラはかろうじてベッドの下が写りこんでいる写真を引っ張り、拡大した。


「たしかに、うっすらとなんか白っぽい布が見えるわね」


 あの部屋の異臭の正体。

 あれは獣臭だけでは片付かなかった。

 嫌でも、嗅ぎ当ててしまう。

 モモタがほのかに懐かしく感じたのは、死のにおいだった。


「でも、見た目でバレなかったとしても、赤ずきんちゃんは匂いでグランドマザーの正体に気づいたんじゃないの? 写真を撮るとき、あんなに接触してたんだから」


 シンデレラにしては、珍しくいい質問をした。


「先ほども言ったとおり、おばぁとオオカミ少年は血縁者だったんよ。つまり遺伝子的に近しかったのと、衣服はおばぁのものを使い回していたのが功を奏したんじゃろう。声質に関しても同じことじゃ」


 他のオオカミが変装していたなら、さすがの赤ずきんも気づけたのかもしれないが……。

 なぜなら、赤ずきんも人より鼻は利くだろうから。


「でも、やっぱり信じられないわ。だって、赤ずきんちゃんはどっからどう見ても普通の人間じゃないの」


 シンデレラは納得いかなそうだった。

 しかし、誤解を避けるならここから先は本人たちに語らせるしかあるまい。


「いい加減、正直に喋ったらどうじゃ?」


 モモタは心を鬼にして、面と向かって言った。


「オオカミ少年。嘘をつくのは今日でおしまいじゃ」

「…………」


 無言のまま、オオカミ少年は背後の赤ずきんを一瞥した。

 そのわずかな隙間からモモタ以外にもやっと室内が窺える。

 夜目の利くネコメイドは、いち早くそれに気づいた。


「赤、ずきん……にゃん?」


 そして、絶句した。

 なぜなら。


 赤ずきんの亜麻色の髪をかき分けて、頭から獣の耳がぴょこっと生えていたからである。

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