追跡2

「あたし、死ぬかと思ったし」


 赤ずきんは全身汗みずくで赤いポンチョを脱ぎ捨てる。ブラウスははだけており頭に被っている赤頭巾に至っては朱が濃く差していた。


「そんなに暑いなら赤い頭巾もとれば?」

「シン姉、これはあたしのトレードマークだし」

「私にとってのガラスの靴みたいなもんね」


 シンデレラは納得したように言った。

 そこでモモタはふと疑問に思う。


「というかやー、オオカミに身ぐるみを剥がされたおばあさんの死体はどこに消えたんじゃ?」

「オオカミが丸呑みにしたんじゃない?」

「人間ひとりをか? そらありえんじゃろ」


 しかし、家の中のどこにも血痕や争った形跡は見当たらない。

 出会ったときのオオカミの口も血で汚れてはおらず綺麗なものだった。

 そして、シンデレラが家捜しした限りこの家の中には死体はない。であれば、どこか屋外でおばあさんを殺害したのち隠した可能性が高いんかのう?


 そんなふうにモモタが思考を巡らせていると、ピコン! と2台のスマホが同時に鳴った。

 シンデレラとネコメイドの所有物である。

 モモタは邪魔くさいのでスマホは自室に置いてきた。


「珍奇な旗を持ってくるならスマホ1台くらい持ってきなさいよ……」


 シンデレラごときにこう言われてしまう始末。

 ともあれ。


「あれは僕のおばぁが作ってくれた大切な旗なんじゃ。外出時には必ず持ち歩くんよ」

「あんたのグランドマザー何でも自作するのね……オニ感心しちゃうけど」


 というわけで、シンデレラのRAINをモモタは横合いから一緒に確認する。


「まったく、モモタはしょうがないわねぇ」


 したり顔でシンデレラは得意げになった。


「ほんとモモタは、私がいないと何にもできないんだからぁ~」

「そうじゃな。まさに、シンデレラの言うとおりなんじゃ」

「な、なによ……えらく物わかりがいいわね」

「おめえはスマホがないと何の価値もない女じゃ」

「ガビーン!? オニショック!?」


 シビれるシンデレラを無視してモモタはRAINに向き直った。


『赤ずきんちゃんと合流したものの、招かれざる闖入者ちんにゅうしゃが入ったようですね。大変だと思いますが、ここで追加授業を始めます』

 

 言わずもがな、アマテラス先生からだった。

 というかRAINは学園外でも届くんか。

 どういう仕組みなんじゃ。

 前々からモモタは不思議だった。


『クラスの代表者が《問3.》の解答をRAINにて送信後、オオカミ少年を追いかけてください。彼を捕まえるまでは学園への帰還を禁止します』


 あのオオカミは……少年だったんか。

 モモタは新たな情報について愚考する。

 アマテラス先生がそう言うってことは真実と見ていいんじゃろう。

 ほんまに招かれざる客なんかははなはだ疑問であるが……。

 すると唐突にシンデレラはこんなことを言う。


「てかさ、まったく関係ない話していい?」

「そんな話をしようとすなよ」

「まあ聞いてよ」

「チッ、しんどいのう」


 モモタは舌打ちした。


「で、なんじゃ?」

「あのさ、マザーコンプレックスってあるじゃない?」

「なんじゃそら?」

「まずその説明からなのね……。だからその普段の生活から母親に依存気味で甘えてしまう、一般的には息子に使われがちな特性の言葉があんの」

「母親がそばにいたことがねーからわからんのう」

「……なんかごめんね」


 シンデレラは謝った。

 意外とこういう気ぃ遣いの一面のある奴だ。


「それでさ、マザーコンプレックスはあってもって言われないわよね? むしろおばあちゃんっ子ってポジティブに使われる印象ない?」

「なんじゃ。けっこう芯食った提言すんのかい」


 たしかにそういう雰囲気はあった。


「そりゃあおそらく残りの寿命の問題じゃないんか?」

「どういうこと?」

「やから、たとえばおばぁじゃのーても、病弱な母親やったらまざーこんぷれっくすとは言われんじゃろう」

「なるほどね」

「……って、僕は何を真剣に答えとるんじゃ」


 自己嫌悪に陥るモモタであった。

 その元凶であるシンデレラは何食わぬ顔で問う。


「モモタ、これからどうすんの?」

「さあて、どうしたもんかのう」


 先にシンデレラに言われてモモタは困った。


「とりあえず、赤ずきん。おめえに問うんじゃ」


 火照った赤ずきんにモモタは問いかけた。


《問3.赤ずきんがおばあさんの正体を知ったときの気持ちを答えなさい》


 先ほど起きたばかりの悲劇を急に出題されて、赤ずきんは精神的につらかった。

 しかし、答えなければ前に進めないことも直感的に理解していた。


「あたしはオオカミが怖いですし」


 赤ずきんの碧い瞳には静かな闘志が燃えたぎっていた。


「あたしのお父さん、お母さん。そして、おばあさんまで毒牙に掛けられたし……あたしは、あたしは、許せないし」


 答えを聞いて、モモタとシンデレラはアイコンタクトを交わした。


「シンデレラ。今の答えを、クラスの代表としてアマテラス先生に送ってくれ」


 モモタに言われて、シンデレラはスマホ片手に軽く敬礼した。


「り」

「は?」

「了解ってことよ」

「了解を略すなよ。こ」

「こ?」

「壊すぞ」

「怖っ。さっそく使いこなしてんのも相まって」


 鬼気迫るモモタにシンデレラはビビり散らしながらもRAINでアマテラス先生へ解答を送信する。そのキーボード入力の指使いはいつの間にか鬼レベルに達していた。

 ヒュースポッ。


「つーわけなんじゃが、これから新入生の赤ずきんのためにおばぁの仇討ちじゃ」


 モモタが帯刀する【鬼殺し】に手を添えると、ジャラジャラと懐中時計の鍔が鳴る。

 シンデレラ、ネコメイド、赤ずきんと愉快な仲間たちを、モモタは睥睨へいげいした。


「おめえら、覚悟はできよん?」

「もちモモタ」

「何度生まれ変わってもご主人様にお供しますのにゃん」

 

 シンデレラとネコメイドは答えた。

 そして、赤ずきんもおばあさんの死を乗り越え、大人びて成長していた。

 毅然とした面持ちで言った。


「あたしもみんなと行きますし。シン姉、これを先ほどの答えに付け加えてくださいまし」


 赤ずきんがそう言うと、小屋の外では「ヒヒーン」と白馬が鳴く。

 グチャグチャのカボチャの中のカーナビ(Loli搭載)は、少年少女たちの長い長い人生の旅路を見送っていた。


『ご利用いただき、誠にありがとうございましたのあ。別れは悲しいけど、さよならは言わないのあ! In bocca al lupo!(いざ、オオカミの口の中へ!)』


 どんなに残酷な運命が待ち受けていようとも進む覚悟を決めて、赤ずきんは言いました。


「Crepi il lupo(くたばれ、オオカミ)やし!」

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