第5噺 オオカミ少女

シンデレラ落ちる

 そして、モモタ一行は旅に出た。

 小屋から数日分の飲み水、食料、着替えを持つ。

 『日本一』ののぼり旗も回収して責任を持ってモモタが掲げた。

 あとの荷物は生き残ったほうの白馬に担いでもらい、森を歩く。

 ひたすら首なし馬デュラハンの血痕を辿り、しばらく歩くとだだっ広い草原に出た。

 そこで首なし馬の血痕は途絶えていた。


 さてここから先どうやって追跡するか。

 モモタが考えあぐねているとシンデレラは弱音を吐く。


「あーもう。疲れたわぁ~。ねえみんなぁ、あんな自称神様の鬼教師の授業なんかブッチして、もう学園に帰りましょうよ~」

「鬼教師なんですし?」

「ほら、おめえのせいで赤ずきんがビビッとるんじゃ」


 モモタは青い顔をする赤ずきんの頭を撫でようとして逃げられてしまう。

 年頃の女子の頭を触るのはダメらしい。


「エアコンの効いた部屋でゲーム大会しましょ~。大乱闘スマッシュシスターズよ~」


 しかしなおもそんなことを言って足もおぼつかないシンデレラ。

 彼女にモモタは説教してやる。


「そもそもやー、おめえが歩きにくい靴で来るからじゃろ?」

「だって、しょうがないじゃない。ガラスの靴は私のアイデンティティーなのよ? だいたいこんなに歩くなんて聞いてないんだもーん」


 最年少の赤ずきんは弱音ひとつ漏らさないというのに、こいつは……。

 モモタはほとほと疲れた。


「ほんなら、わかった。シンデレラは馬に乗っとけばええんじゃ」

「イエス! 馬の背中から写真撮ろうっと」


 言って、威勢良くシンデレラは白馬に跨がろうとしたが、白馬は「ブスヒヒーン!」と露骨にシンデレラを嫌がった。

 乗馬1秒で落馬する憐れなシンデレラ。


「な、なにすんのよ! このバカ馬! 私のガラスの靴が割れたら、あんた責任とれんの? あんたが一生、馬車馬ばしゃうまのように働いたって間に合わないのよ?」


 シンデレラと白馬はにらみ合った。

 すかさず、ネコメイドが仲裁に入ると白馬の声を聞いてからモモタたちに通訳した。


「ハックにゃんが言うにはにゃ」


 どうやらこの白馬はハックという名前らしい。


「シンデレラは乗馬が下手クソで体重が重くて、体臭がひどくておまけに体重が重くて馬鹿だし嫌だ――って言ってるにゃん」

「なにを~、よくも体重が重いって2回も言ってくれたわねぇ~」

「怒るとこそこなん?」


 そういえば、カボチャの馬車の馬は魔法が解けたときに一度荒廃して白骨してしまった。その馬がどういうわけか生き返って記憶も引き継いでいるらしいので、命を儚く散らせてしまった元ご主人様のシンデレラは怨まれても仕方ないのであった。


「元はといえば、あんたたちが私を舞踏会まで連れて行かないからこんな状況になってんでしょうがぁ!」


 シンデレラがハックに怒鳴ると、ハックはそっぽを向いて何事かネコメイドに囁く。

 ネコメイドは「にゃんにゃん」と、真剣に聞き頷きながら訳した。


「でもそのおかげで、このおとぎ学園にたどり着けたんだろうが馬鹿。てめえもモモタの旦那に欲情して股ぐら湿らせてんじゃねえか。そんな奴こっちも乗せたくねえよ、このビッチ――って、言ってるにゃん」

「な、ななな、なにデタラメ言ってんのよぉ!」


 赤面するシンデレラは馬に掴みかかろうとした。

 しかし、その大きな眼光と整列した長方形の前歯に気圧されて方向転換する。

 結局、隣のネコメイドの胸ぐらに掴みかかった。


「あんた、訳するのにかこつけて言いたいこと言ってんじゃないでしょうね~! 猫かぶってんじゃないの!」

「や、やめるにゃん! 吾輩は言われたことを正直に訳してるだけにゃん。言いがかりはよすにゃん!」


 人望ならぬ、動物望のないシンデレラだった。


「やめえ、やめえ」


 モモタはネコメイドからシンデレラを引き剥がすと、それからその場にしゃがみこむ。


「もうわかった。ごちゃごちゃ言うんなら僕が背負っちゃる。シンデレラ、僕の背中に乗れ」

「え、えっと……モモタ、本当にいいの?」

「なにを急にしおらしくなりよん」


 頬を紅潮させるシンデレラに、モモタは毒気を抜かれた。


「僕は日本一の桃太郎じゃ。人間ひとりを背負うことくれー朝飯前なんじゃ」


 さんざっぱらその様子を見ていた赤ずきんは、


「ずるいし。あたしもモモタお兄ちゃんに、おんぶされたいし……」


 と、甘えてきた。


「だったらにゃん、吾輩も立候補するにゃん」


 続けて、ネコメイドまで挙手して、あげくの果てには、


「ヒヒーン!」


 と、ハックまでヘッドバンキングを披露した。


「ネコ、いちおう聞くが、ハックはなんて言いよん?」

「モモタにゃんに跨がりたいっているにゃん。ちなみに、ハックにゃんの性別は女の子にゃんよ」

「……いや、知らんけど」


 さすがのモモタも馬を担ぐのは骨が折れるが、しかし、シンデレラはこれ以上歩けそうにない。

 ガラスの靴の足に血が滲んでいるのが透けて見えていた。

 もっと早くに言やあええものを……。

 気づけなかったモモタの責任でもある。


「わかった。ならしょんねえ。僕が馬を担ぐんよ」


 モモタの出した結論に、ハックは純白のたてがみを振り乱して喜んだ。

 というわけで、モモタはハックを肩に担いだ。

 ハックは普段担がれることがないので嬉しそうでモモタに首ったけである。長い馬面を向けると、荒い鼻息がモモタの前髪を揺らした。

 なぜか動物には好かれるモモタだった。

 そのハックの上には、ネコメイド。


「モモタにゃん、学園に帰ったら必ずご奉仕するにゃん」


 そのネコメイドの上には、赤ずきん。


「モモタお兄ちゃん、すごい力持ちですし。それに引き換え……重っ」

「…………」

「あっぁあ!? あたしの赤頭巾を引っぱらないでだし、おばあさんからもらった大切な宝物なんだし!」


 そう言う赤ずきんの上には、


「めっちゃたかーい。私、いま生きてるわ! Girls be ambitious!!!(少女よ、大志を抱け)」


 てっぺんのシンデレラはスマホを構えて遠くの風景を撮影していた。


「通信料も電気料金も学園持ちで無料フリーなのよ。アマテラスシステムで今度はタブレット端末も買っちゃおうっと。私は新世界の神になったわ!」


 こんな成金シンデレラは嫌なんじゃ。

 そう思いながら、ブレーメンのモモタ隊は大草原を行進した。

 今さらながらなんで僕が一番下なんじゃ?


「あっ、なんか藁がいっぱい散らばってるわ!」


 モモタの無言の抗議を無視して、てっぺんのシンデレラはそんな声を上げた。

 言うとおりにモモタは進むと、たしかに藁が辺りに散乱していた。


「あっ、なんかあっちで煙が上がってる。黒いミステリーサークルがあるわ!」


 またシンデレラの言うとおりに進むと、黒い焼け跡があった。キャンプファイヤーでもしたのか木材の燃えカスばかりで、しかもまだ新しい。

 モモタはじっくりと実地検分をした。


「あっ、モモタ! あっちのほうに家が見えるわ!」


 シンデレラは2時の方向を指差した。


「……やっとか」


 なにもモモタも伊達や酔狂で、ブレーメン隊を組んでいたわけではない。

 高いところのほうがより遠くまで見通せる。

 こういう草原ではなおさらだ。

 ただそれだけの作戦フォーメーション


「えいや!」


 突如、モモタは担いでいたハックもろとも前方にぶん投げた。


「キャッ!」


 と、声を漏らすガールズだったが、ハックは猫のように無事着地した。ネコメイドは赤ずきんをお姫様抱っこして事なきを得る。

 しかし、頂上はひどくアンバランスだった。

 加えてながらスマホをしていたシンデレラは当然ながら落っこちる。

 しかも、頭から。


「いやぁぁぁあああ! こんな間抜けな死に方はいやぁぁぁあああ!」



 シンデレラ落ちる 落ちる 落ちる

 シンデレラ落ちる My fair lady.

 そんなふうに叫び声を上げながら落下するシンデレラを、モモタは見事ナイスキャッチした。

 いわゆる、お姫様抱っこである。



「やから、言ったじゃろ? 抱きとめてやるから信じて飛べって」


 額に汗を滲ませたモモタの凛々しい顔をシンデレラは見上げた。

 彼からひと雫の汗が滴り落ちると、シンデレラの黒タイツに染み入った。

 写真を撮るのも忘れて、見蕩れしまうシンデレラであった。


「あ、ありがとう……モモタ」


 そんな頬を桃色に染めるシンデレラを抱えたまま、モモタは号令を飛ばした。


「よし、ほいたら民家を目指してこのままうしとらの方角に歩くんじゃ!」

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