レンガの家
シンデレラの証言どおり、しばらく歩くと民家があった。
それは赤土色のレンガで建造された立派な家で屋根からは煙突が伸びていた。煙は出ていない様子。窓は閉め切ってあった。
もしかしたら、家主は留守なのかもしれない。
そうモモタは思った。
「誰かいませんかー」
ためらわず、シンデレラは無造作に木製のドアをノックした。
コンコンコン。
「おまえらは、何者だ?」
すると扉の向こうから返ってきたのは、そんなダミ声だった。
「もしや三蔵法師一行か? 孫悟空も一緒か?」
「はあ? サンゾウホウシ? ソンゴクウ? 誰よそれ?」
シンデレラは高飛車に返答した。
「どうやら私を知らないようね。ふふん、なら教えてやるわ。私は世界一美しいプリンセス、名前は
「……ここぞとばかりに大嘘を吐くなや」
モモタは頭を抱えた。
キャバ嬢の源氏名か。
「シンデレラ……?」
予想どおり、扉の向こうからの返答も
「にわかには信じられないブゥー」
む?
なんだかすこし声の
「なんだか貧乏臭いにおいがするブゥ」
「誰が貧乏だっちゅうの! 私はこの世界では大金持ちなのよ!」
シンデレラは猿のように顔を真っ赤にして、ドンドンと扉を叩いた。
ネコメイド、赤ずきん、ハック、モモタは、彼女に可哀想な目を向けた。
こいつ、嘘と見栄しか張らんなぁ。
もっと胸の張れる生き方をせえよ。
すると、扉一枚隔てた向こう側で、
「ストピー、勝手に応対するな。話がややこしくなるだろうが」
と、咎める声がある。
また違う声質だ。
今度は精悍な声だ。
「ごめんブゥ……あんちゃん」
「それで煙突掃除はもう済んだのか?」
「……か、完璧でありますブゥ!」
「ウドのやつは何やってんだ?」
「今、釜で湯を湧かしてるブヒ」
同じ声色は何やら話し込んでいた。
どうやら、住民はひとり身ではなく複数いるらしい。
「来訪者をほっとくんじゃないわよ!」
扉に耳をそばだてていた粘着質なシンデレラは業を煮やした。
ドアに向かってスマホで動画撮影を始めた。
しかしそのスマホの画面を見てモモタは驚愕する。
「……スマホ画面バッキバキなんよ」
おそらく、ネコメイドとオオカミ少年の戦闘を撮影したときに落としたからだろう。
ざまぁねえな。
しかし、シンデレラはたいして気にしていない様子だった。
「ここからの発言は歴とした証拠能力を持つんだからね! この証拠動画が法廷で流れないことを祈っているわ!」
なんて嫌な訪問者だ。
こいつに任せていたらこの扉は一生開きそうにない。
「やめとけぇ」
モモタは強硬手段としてシンデレラからスマホ(画面バッキバキ)を没収した。
「な、なにすんのよ!? モモタァ!?」
「ちーたーおめえはスマホと離れえ」
「お願いよぉ~、モモタァ~。返してよぉ~。私の大切な思い出の詰まったスマフォ~」
「……スマホごときで涙まで流すんか?」
仕方なくモモタがスマホを返却するとシンデレラはさらに感動の涙を流した。
こんな安い涙を見たことねえど。
モモタが呆れていると、
「ヒヒーン」
「にゃにゃーん」
と、ふたつの鳴き声が聞こえた。
そちらを振り返ると、ネコメイドとハックは明後日の方向を見やり青ざめていた。
2匹の視線の先には燃える太陽のように真っ赤な首なし馬。
その切断面からはポタリポタリと血が滴り落ちていた。
そしてその背中に跨がるは灰色のオオカミ少年。
カッポカッポと恐ろしげな足音が不安を誘っていた。
それを視界に捉えた赤ずきんは「あっかーん」と気絶して、ネコメイドが優しく受け止める。
「ひゃああああああああああああ!」
そう情けなくも金切り声を上げたのはシンデレラだった。
血相を変えてレンガの家の扉をポカポカと叩く。
「オニやばっ! お姫様からの命令よ。このドアを今すぐ開けなさい! オオカミが出たわ!」
「本当かブヒー?」
「オニマジよ! オオカミが出たわ! このままじゃ全員殺されて、食べられりゅう!」
「なんだか、タイミングが良すぎるブヒ。オイラ、よぉーく考えてみたよ。こいつら怪しさ満点だブヒー」
ほおれ見たことか。
モモタは思う。
普段から嘘ばかり吐いとるから、いざというとき信用されなくなるんよ。
このオオカミ少女め。
「さっきからブヒブヒ、うっさいわね! とっとと開けなさいって言ってるブヒー!」
「お客さん、ブヒブヒって……ブタじゃないんだから」
扉の向こうでは、ブタ鼻を鳴らしながら大爆笑が起こっていた。
「笑ってんじゃないわよ! この緊急事態に!」
シンデレラはカァッと顔を熱くした。
せっかく語尾を迎合したのにとんだ赤っ恥だった。
これが格差社会かと思いながらモモタは最悪の事態も想定する。
オオカミ少年と戦闘になるかもしれん。
最悪、この木製の扉くらいなら簡単にぶち壊せそうではあるが……。
「ワオオオオオオオオオーン!」
オオカミ少年は遠吠えをした。
どうやら戦闘開始の合図のようだ。
パカラッパカラッ!
と、首なし馬は血をまき散らしながら草原を駆ける。風に流された血液がオオカミ少年の頬を這った。灰色の毛並みに赤いラインが走る。
「ぎゃああああああああああああ! こっちくるぅ! ヘルプミィィィイイイ!」
シンデレラは口から心臓が飛び出さんばかりのリアクション。
すると、そこで――
「入れてやれ」
と、レンガの家の中から平坦な声が聞こえた。
同時に、ガチャリと扉は開く。
もたれかかっていたシンデレラは雪崩れ込み、立て続けに赤ずきんを抱えたネコメイドが入室。続いてハックが入ろうとするが背中に積んであった荷物が引っかかり、スッポリとドア枠に挟まってしまった。
どうやら引っかかっているのは、ネコメイド持参の白くて大きな袋である。
ネコメイドは「にゃん」と鳴いた。
さぞかし、大切なものが詰まっているのだろう。
それを見て取ったモモタはハックのお尻を懸命に押すと、ハックは「ヒヒーン」と頬を赤らめた。
「……照れてる場合じゃないんよ」
構わず力の限り、うんとこしょ、どっこいしょと、押して押して押すモモタ。
背後を振り返ると、首なし馬に乗ったオオカミ少年は目と鼻の先に迫っていた。
モモタとオオカミ少年の視線が――刹那――交錯した。
それは鬼ヶ島でさんざん見た瞳の色だった。
命のやりとりの中でしか生きられないそんな輝きである。
しかし、振り返ったのはほんの一瞬。
モモタは顔を前に向けて、気合いを入れた。
「僕は桃から生まれた、日本一の桃太郎じゃ! たのもおおおおおおおおう!」
闘牛のような発声と同時にハックのお尻がヌポッと抜けた。
キィーバタン!
と瞬時に、ドアは閉められた。
無事モモタも室内に入室できた。
首なし馬は前足を上げて急停止せざるを得ず、
ドア一枚隔てた向こう側から土を踏みしだく音と血の滴り落ちる音が、不気味なほど室内に漏れ聞こえた。
家の中では、全員自然と息を殺した。
しばらくすると、オオカミ少年を乗せた首なし馬は走り去っていった。
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