友達100人できるかな
桃太郎は
「あんた、正気か? 神様がなんてことを宣言しよんよ……」
何かとんでもないことに巻き込まれつつある気のする桃太郎であった。
「いちおう聞くが……世界征服って、具体的には?」
「無論、この異世界から抜け出して現実世界を平定します。それから改悪されてしまった物語を改編するのです。正しき、本来の物語に――」
元の鞘に収める。
そうは言っても、真実なんて後味の悪さしか残らんもんじゃ。
桃太郎は心の中で呟いた。
「桃太郎さん、あなたには人間退治を担当してもらいます」
「……だいぶ穏やかじゃねーのう」
「別に、実際に命を奪うわけではありません。あくまでも穏便に、倫理に則り不届きな現代人を
桃太郎は閉口した。
率直に言って、危険なにおいがする。
「桃太郎さん、知っていますか? 未来であなたは、桃から生まれた桃太郎などと揶揄され、笑い話の種にされているのですよ? さぞかし、お悔しいでしょう?」
「…………」
この女神、いったいどこまで知っとるんじゃ?
もしかして、すべて……。
桃太郎は天照大御神を睨め付けた。
構わずに、アマテラス先生は続けた。
「桃太郎さんはたいした理由もなしに鬼ヶ島に鬼を退治しに行く野蛮な人間だと、現代では蔑まれています」
「……僕が鬼を殺したのは事実じゃ」
鬼は心に棲む。
あのときの僕は掛け値なしの鬼だった。
「よもや、金銀財宝なんかに興味はねえんじゃ。本当も嘘も、正義も悪も、僕はわからなくなったんよ」
桃太郎は過去を思い出して意気消沈した。
それを好機とみて、アマテラス先生は畳みかけた。
「イヌ・サル・キジを家来にして動物虐待だとか――どう思います?」
「あいつらの願ったことじゃ……いや、」
本当は、それも……。
「一生懸命、必死に生きたのに、ツッコミどころ満載だとか現代人たちに馬鹿にされて悔しくないのですか? ねえ、桃太郎さん」
「所詮、過去の出来事なんてそげーなもんじゃろう」
桃太郎は諦観交じりに嘆息した。
「脚色なんて朝飯前。前日譚なんて割愛されて当然じゃ。僕はただ目の前の困っている人を助ける。それだけなんじゃ」
「では困っている神を助けてください。人間退治してやりましょうよ」
「じゃけー、なんでそうなるんよ?」
神の頼みである世界征服に加担することによって困る人が出るのではマッチポンプである。
なおも渋る桃太郎に、
「でしたら、こういうのはいかがですか?」
と、アマテラス先生は新たな提案をした。
「桃太郎さんが私に協力して世界征服を成し遂げ、元の世界に戻った暁には、桃太郎さんの願い事を何でもひとつだけ叶えて差し上げます」
「何でも……って、何でもか?」
「そう、何でも。たとえば月並みな願い事でいえば、大切な誰かを生き返らせる――とか」
「調子ええことばっか抜かしよったら、くらわすぞ」
桃太郎は目を細めた。
「……死んだ者は生き返らん」
「たしかに人間には無理でしょうが、神にかかれば不可能はありません」
アマテラス先生はそう断言した。
しばし、桃太郎と神様は真正面から向き合った。
そして、さんざん迷った挙げ句、桃太郎は決断を下した。
現代人をシバかなければこの世界から出られないというのであれば、シバき倒すまで。
「はあ、わかったんじゃ」
もしかしたら、鬼退治の前と後とでは、桃太郎の答えは違っていたのかもしれなかった。
「でも、僕は民間人の殺しはせんぞ」
「とんでもない。それはお約束しましょう。私だって転生しても神様です。人の信仰なしにはやってられませんから」
アマテラス先生は、初めて本音っぽく相好を崩した。
「でもだからこそ、この異世界送りになってしまったのですが……」
「どういう意味じゃ?」
「現代人にとってもう神様はお払い箱ってことです」
「はあ、なにしたんよ、現代人は」
「私が
「なにしとんねん、ほんまに」
桃太郎は信じられなかった。
「ほんなら、あれかい。世界征服は私怨なん?」
「違います。
今はこのアマテラス先生の言葉を信じるしかない桃太郎だった。
「ほんで、世界征服の第一歩はどうするつもりなんよ?」
「そうですね。まず相手の戦力についてですが、今の人類は大量殺戮兵器を多数有しています。一発で何万人の桃太郎さんをも、一瞬で消し炭に変えてしまうほどの」
「おいおい……。僕たちに勝算はあるんか?」
「うふふふ」
やにわに、アマテラス先生は反面教師っぽく笑った。
「むしろ、それが我々の勝算なのですよ。全世界の核兵器の一部でも抑えられれば、勝ち確です。鬼に金棒とはまさにこのこと……なんちゃって」
「めちゃくちゃ悪い顔になってるど……先生」
それにしても核兵器、か。
初めて聞いた単語にもかかわらず、桃太郎の肌は
後悔先に立たず、大変な片棒を担いでしまった。
「現代人は自らのことを
アマテラス先生は慈愛に満ちた表情で宣言した。
「でも、アマテラス先生。あんたは神なんじゃろ? ほんなら、人間に直接天罰を下せばええんよ」
「それが、そううまくはいきません。今現在、私はこの異世界のルールに準拠しており、神の力をかなり制限されています。むかしむかしの現実世界にいた桃太郎さんを、この異世界に強引にねじ込むくらいのことしかできませんでした」
「充分にすごくないか、それ……。いや知らんけど」
「加えて、今のところ私はこの学園に縛り付けられています。これもまたルールなのです」
いったいどういう状態なんじゃ?
桃太郎は不思議に思った。
「というか、あんたが僕をこの異世界に連れてきた元凶なんかい……」
「ええ、こうなれば道連れです」
「……おい」
「ではなくて、どうか神に手を貸してください。桃太郎さんも行く先を迷っていらしたようなので、ちょうど良かったのではありませんか?」
「…………」
「だいたい、人間がしっかりしていれば、こうして神が低い次元にわざわざ顔を出す必要もなかったのですよ」
アマテラス先生は「まったくもう」と腰に手を当てて、ご立腹だった。
実は、人間からの一番の被害者は神様なのかもしれん。
桃太郎は心から平和を願った。
「とはいえ、あんたの力の
「そうですね。第一に今のままじゃ信仰心が圧倒的に足りませんね。現代風に言うならフォロワーですか。ひとまず、人です。いちおうこの異世界は現実世界の2020年代のSNS上で繋がっていますから悪しからず」
「さっきからなにをいっとるんか、いっちょんわからへんど」
「つまりフォロワーの数が現実世界への影響力に直結するのですよ。手っ取り早い話、現代人を多数捕虜にしてしまえば、煮るなり焼くなり脅すなり、あとはこちらの領分」
「……じゃから、穏やかじゃねーのう?」
「だって穏やかじゃ人気出ませんもん」
「神様が『もん』って……」
「ですから好きなことして生きて、大いにこの世界を盛り上げちゃってください!」
桃太郎の意見をさらりと聞き流すアマテラス大先生。
「あとは、そうですね。私を祀る神宮を建立してください。もちろん、私のことを一途に思いながら」
テラ楽しくなってきましたねぇ。
と、アマテラス先生はワクワクと肩を踊らせた。
「現代人側も、まさか本物の桃太郎さんをこの世界に転生させているとは思わないでしょう。うふふふ、甘く見ていたら、たとえ神が許しても私が
「あんたが神じゃろ」
アマテラス先生は結構ガチで怒っているらしかった。
神を怒らせるなんて……現代人はなにしよん。
とんだとばっちりだと桃太郎は思っていると、アマテラス先生は言う。
「神がひとりと誰が決めたんですか?」
「それこそ神じゃろう」
「いいえ、神を定義するのはいつも人間です。それこそが傲慢だと私は思います」
「さすがにほんもんの神様が言うと説得力がちげえのう」
「うふふ。では、あなたは何者ですか?」
「あ?」
神に存在を問われて、すこしだけ返答に窮する桃太郎。
しかし、この世界のどこを探しても答えはひとつしかなかった。
「僕は僕じゃ。ただの桃太郎なんじゃ」
「そうですか」
「そうなんじゃ」
桃太郎は頷いてから質問した。
「もし僕たちが敗北したら、世界はどうなるんよ?」
「未来永劫、世界に平和は訪れないでしょう」
物怖じせずに、アマテラス先生はそう予言した。
「そうならないためにも現代人たちに対抗するため、我々ももっと強力な助っ人を仲間に加える必要があります。さまざまな世界。さまざまな種族。さまざまな異能。さまざまな術式。そして、桃太郎さんにはその全員とお友達になってもらいます」
「……わざわざ異世界で友達つくらなあかんの?」
友達100人できるかのう。
入学早々、桃太郎は不安になってきた。
「現代にはさまざまな神がいます。資本主義。イデオロギー。お金。大企業。AI。国家。憲法。歴史。宗教。文化。人々に信じられさえすれば、一般人だろうが姿かたち関係なく、誰でも神になれる。そんな神の地位を、私は絶対的なものに再編します」
アマテラス先生は決意を新たにした。
「私とともに、この世界から新たな神話を作りましょう。そうすれば、あなたは日本一どころか、世界一――果ては、宇宙一の桃太郎になれますよ」
「もはやどこの誰なんじゃ、そいつ」
宇宙一の桃太郎て……。
案外、悪くないかもしれんのう。
満更でもない桃太郎だった。
「つまり、それがあんたの目指す
桃太郎はハッピーエンドなど、見たことも聞いたこともなかった。
でも、もしも、それをこの目で拝めるのだとしたら。
「先に断っておくど」
桃太郎は言った。
「僕の大切な人を人質にとって僕を従わせようとしたら、あんたを退治するんよ。真っ先に――神退治じゃ」
情け容赦はしないと、鬼の形相の桃太郎だった。
アマテラス先生は「むべなるかな」と、心が浮き立った。
「安心してください。その願い、聞き届けましょう」
「それが神の芝居じゃないことを、僕は心から祈っとる」
「うふふっ。さしずめ紙芝居で言えば、私は悪の親玉ってわけですか」
アマテラス先生は明るく破顔した。
「それはあんた次第じゃろう。人生の最初から最後まで物語の主人公は常に自分なんじゃから」
「いまだ主人公を張っている桃太郎さんが言うと、やはり説得力が違いますね」
アマテラス先生はそう揶揄した。
「ですが、桃太郎さんのおっしゃるとおり。インターネットワークの普及により、誰しもが簡単に主人公になれる時代です。100億人総主人公化ですから」
「100億人もおるんか……現代人」
桁違いやん。
こっちまだふたりやん。
……ひとりは神やけど。
「ええ、そうです。それぞれ100億通りの物語があります。地球なら、100億人乗っても大丈夫!」
「…………」
「だいじょう、ぶ?」
「知らんがな。僕に聞くなよ」
桃太郎はいろいろ大丈夫じゃないと思った。
「しかしだからこそ、見たいものを見たいように見ていたら、痛い目を見ます。そのことを、ゆめゆめお忘れなきよう」
アマテラス先生の気の引き締まる説法を、せめて桃太郎は肝に銘じる。
そして、アマテラス先生は声高に宣戦布告する。
「ここに宣言します。もっぱら、私たちが戦うのは現代人です。今ここに、異世界戦争の幕が上がりました。神の誓いは絶対ですので、悪しからず」
「僕も侍じゃ。一度交わした約束は、ここがどんな世界じゃろうと必ず守らぁ」
こうして、新たな主君と侍は契りを交わした。
アマテラス先生は表情ひとつ変えずに、神々しく笑っていた。
「では、あらかたこの学園についての主義命題の説明は終わりました。さっそくですが、今から初授業を始めたいと思います」
「授業?」
「いちおうここは学校ですから」
「なるほどじゃ」
起立、気をつけ、礼、着席。
それらを桃太郎はひとりで行った。
「ところで、アマテラス先生。授業って何をするん?」
「うふふ。桃太郎さんには、簡単な問題を解いてもらうだけです」
アマテラス先生は黒板消しを片手に持ち、板書された2つの円をこすり消した。
それから白いチョークで端麗な文字を新たに書いた。
《問1.シンデレラが王子様と一緒に踊ったときの気持ちを答えなさい》
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