九死に一生
そのとき、モモタの第六感が働いた。
「危ねえ!」
勝手に体が動くと、気づけばモモタはハスキーと赤ずきんを突き飛ばしていた。
パンッ!
破裂する爆音が戦場に響いた。
何事だと呆気にとられる一行。
ペローはガキャンと
ハスキーは一足飛びに地面すれすれを滑空したのち、5本指の先端に装着された
すぐさまハスキーは振り返ったが、およそ事態は最悪だった。
モモタは凶弾に
桃のハチマキがハラリと落ちる。
「モモタァ!」
シンデレラはいの一番に駆け寄った。
ガラスの靴は脱げて飛んでいったが、構いやしない。
続いて、ビョーキ。3匹の子ブタ。赤ずきん。やっぱり、ハックはレンガの家から出られない。
そして、血まみれのハスキー。
「ウウ……桃兄さん。ぼく」
「……何も言わんでええんじゃ」
モモタは虚ろな瞳で呟いた。
声はかすれて、心臓部に鈍い痛みが走った。
どうやら心の臓に命中したようである。
悲しげな視線がモモタを取り囲むと、その中に大泣きの人物がひとりいた。
「死なないって、約束したじゃんね……」
年甲斐もなく、シンデレラはボロボロと涙を流した。
「一緒に卒業しようって」
「すまんの」
モモタは微笑した。
「なん……でよ。どうして、あんたはこんなときに笑うのよ……」
「……なんでじゃろ」
モモタ自身も不思議だった。
「せっかくのモモタの笑顔も涙で見えないじゃない……バカァ」
「……じゃあよ、笑え」
どうか、笑ってくれい。
そして、しょうもない昔話にしてくれい。
新しく生まれた子供たちが笑顔になるような、そんなハッピーエンドに。
モモタは未来に願った。
まさか、おじぃおばぁよりも僕が先に逝くことになろうとは……。
しかも何だかわけわからん別世界で、じゃ。
自業自得、因果応報ちゅうやつかのぉ。
でもやー、おじぃおばぁ、心配せんでもええ。
その新世界で出会えた新しい仲間もおるんよ。
ストピーとウドは号泣して、ブロピはシルクハットを目深に被って涙を隠していた。赤ずきんとハスキーは耳がしおれて、悲しい顔もそっくりだった。
「ねえ、ビョーキ」
シンデレラのこんな真剣な顔をモモタは初めて見た。
「あんたのそのパンドラの袋でどうにかできないの? パンツドラゴンでもなんでもいいからモモタを助けなさいよ」
……こいつ、まだ言いよんか。
「無理にゃん。ごめんにゃさい」
と、ビョーキは謝り続けていた。
最後の希望は絶望的らしい。
「ほら、これ、あんたの大事なもんなんでしょ?」
シンデレラは桃のハチマキを拾い上げて、モモタに握らせた。
「おう。……昔、おばぁがこしらえてくれた。僕が日本一になれるように」
「私が保証するわ。間違いなくあんたは日本一よ。これまでも、そしてこれからも」
ずっとこだわってきたが、たとえ日本一になれずとも誰かの一番になれりゃあそれが幸せなのかもしれん。
モモタはそのことに今さらながら気づいた。
「出会ったばかりでこんなのってないわよ。まだモモタとしたいこと、いっぱいあったのに」
「してーこと?」
「それはみんなの前じゃとても言えないけど……」
「一体全体……おめえは何をする気なんよ」
法令に抵触するようなことなんか?
「他人にはどうしても言えないのよ……黒魔術的なことだから」
「黒魔術?」
「人体蘇生魔法よ」
「やめとけぇ」
鬼より怖えわ。
僕の死体を使うて蘇生魔法とか絶対発動さすなや。
ほんま死ねてよかったわ。
というか……ん?
あれ?
あれあれあれ?
「ねえ、モモタ。今度は私から言わせて」
シンデレラは赤裸々に告白する。
「私とけっこ――」
彼女が言い終わらないうちに、むくっとモモタは何事もなかったかのように起き上がった。
「やっぱり、おめえはスマホ持ってないときのほうがべっぴんやぞ」
我ながら、教科書どおりのことをしてしもうた。
「え?」
シンデレラはぽかーんと口を開けてから、一気にまくし立てた。
「な、ななな何してんのよ! 寝ときなさいよ! あんた死ぬわよ!」
「僕は死なん」
モモタは笑う。
鬼のように笑った。
「なぜなら、僕は桃から生まれた――日本一の桃太郎だからじゃ」
言いながら、モモタは懐からスマホを取り出した。
画面バッキバキ。
どころか、ボロクソカスミソにひしゃげていた。
「あっ! 私のスマホ!」
シンデレラは自前のスマホを指差した。
そのボロクソカスミソのスマホ画面には物々しい銃弾がめり込んでいた。
「……まさか文明の利器に、こんな古典的な救われ方をするとはの」
あまりにもくだらなすぎて、モモタはおかしかった。
銃弾が心臓に到達せずにスマホで止まり、おかげで一命を取り留めた。
なんて、おとぎ話じゃろう。
子供に読んで聞かせてーわ。
「すまんな。預かってたシンデレラのスマホ、バッキバキに壊しちまった。まあ元から――」
「よかったぁ!」
モモタを一切咎めることもなく、シンデレラは抱きしめた。
「苦しいんじゃ……。スマホの腹いせに、僕の肋骨をバッキバキに折るつもりか」
「あはは。別にいいじゃない」
「いや、なんもよくねえど!?」
まったくどっちが鬼なんじゃかわからんわ。
「男の子なんだから、これくらい我慢しなさいよね」
黒色と金色の長い髪は、注連縄のように固く結ばれ絡み合った。
モモタは周囲を見回すと、さまざまな動物たちの泣き笑っている顔があった。
こんな僕のために、まだ涙を流してくれる仲間がおるとは……。
今度からスマホはちゃんと持ち歩こうと、モモタは思いましたとさ。
そして一行が人心地ついていると、
ピコンピコンピコンピコンピコンピコン!
と突然、通知音がひっきりなしに鳴り響いた。
「おっとっと」
シンデレラはモモタから抱擁を解くと、おもむろにスカートのポケットから1台のスマホを取り出した。
「お、おい、シンデレラ。……なぜ、おめえはスマホを持っとるんよ?」
「あーこれ?」
シンデレラは臆面もなくモモタに答えた。
「スマホは1人1台までだと、誰が決めたの?」
「チッ」
「今、舌打ちした!?」
シンデレラは姑息にも隠し持っていやがった。
まさかのスマホ二刀流使いである。
たしかに、アマテラス先生もたいした制約は設けていなかった。
あくまで放任主義。
自主性を重んじる自由な校風なのだ。
「別にいいじゃないのよ。スマホ欲しいって祈ったら、テラスがチャージされてたのよ。したら、買っちゃうじゃん?」
「俗物で現金な祈りじゃ」
どこの神様か知らんが、こんなお願いを叶えなさんな。
堕落まっしぐらやぞ。
モモタが頭を痛くしていると、シンデレラは続けた。
「実はレンガの家から戦場をパノラマ動画で撮影してたのよねぇー」
「まさかとは思うが……おめえ、それで逃げ遅れたんか?」
救いようがねえんよ。
「あたしも止めようかどうか迷ったんだし……」
別に赤ずきんは悪くないだろう。
すべてはスマホ中毒のシンデレラが悪いのだ。
「でも安心して。危ないところには自動でモザイクフィルターが施されるから」
「……さっきからどこに配慮しとん」
「だからさ、……私は何も見てないからね」
そこでモモタは思い至る。
シンデレラは直視するのが怖かったのかもしれない。
血湧き肉躍らせる殺人鬼の姿を見てられなかったのだ。
主人公失格。
人間卒業。
そうモモタが自責の念に駆られていると対照的にシンデレラの目は生き生きしていた。
「さっきオニチューブに投稿したばっかりなのにめちゃバズってるわ!」
「おい……」
「視聴回数もいいねの数もうなぎ登りよ。これで広告収入ガッポガッポですわぁ~。グヘヘヘ」
「シンデレラ……?」
「チャンネル登録者数も秒で100万人突破! イエス! 金の盾ゲッツ! このままダイヤモンド目指すわよ!」
「シンデレラ??」
「あっちなみに、モモタと私の
「シンデレラ???」
「コメントもどしどし来てるわ。どれどれぇー」
モモタをガン無視して、シンデレラは「ぷっぷっぷっぷ」と悪巧みする魔女のように、コメントを読み上げた。
「桃太郎の頭にツノ生えてて草だってさ」
「おめえは死者から呪われぇ!」
モモタは草も生えなかった。
こやつの人格を疑ってしもうた。
「勘違いしないで。これは歴としたジャーナリズム活動よ。臭い物に蓋をする時代は終わったの。みんな現実を直視しないといけないのよ。私の履いているガラスの靴のようにね」
「うるせえど!」
一般論なんざ知るかぁ!
感情の話なんじゃあ!
シンデレラ、まさかおめえが真のラスボスだったとはなぁ!
とんだ伏兵もいたものである。
引き続きコメントを読み上げるスマホの鬼。
『どこが桃太郎やねんwww』
『モンスタ映えワロタ』
『鬼退治するはずが鬼になっとる!?』
『イヌ・サル・キジを食べたらこうなりました』
『わし、嘘つくたびにツノが伸びんねん。まあ嘘やけどな』
『我はモモタ。ももりん星から地球を侵略しに参ったでござる』
『私は月には行けない』
まだ読み上げの途中だがモモタは我慢ならなかった。
「コメント欄で大喜利すな!」
鬼の形相のモモタはオンボロスマホを地面に叩きつけると、めり込んでいた銃弾が弾け飛んだ。
「不愉快なんじゃあ!」
「よっ、日本一!」
なぜか、シンデレラは
「そっちの新品のスマホもぶっ壊してやらぁ!」
「キャーやめてー! このオニー!」
悲鳴を上げるシンデレラをモモタは追い回した。
いい感じで学園に帰れそうだったのに、ミーハー女とどこの馬の骨とも知らん奴らのせいで、すべて台無しだった。
前言撤回。
モモタはやっぱりスマホは持ち歩かないでおこうと思いました。
そんなモモタとシンデレラがリアル鬼ごっこで遊んでいる二人を見つめる眼がふたつ。
ビョーキはモモタに向かって深々と一礼した。
「おかえりにゃさいませ。ご主人様」
モモタは足を止めると家来のある物がふと目についた。
ビョーキの手に持つパンドラの袋が戦前よりも、やや膨れている気がした。
「…………」
じゃから、どうじゃというんよ。
問題は問われたときに、頭を必死に悩ませて答えを導きだせばええ。
たとえその答えが間違うとったとしても、また解き直せばええだけの話なんじゃ。
そしてモモタはビョーキに一言だけ答えた。
「たでーま」
戦場の風向きは北から南へと変わっていた。
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