赤い邂逅

 初めて学園の外に、モモタ一行はいた。

 アマテラス先生は学園に囚われの身らしいので、もちろん同行していない。

 よしんばできたとしても、仕事に追われる女神のことなのでどうせ生徒に任せっきりであろう。


『ピコンのあ! 80メートル先、東方向に右折なのあ!』


 カボチャの車内前方に取り付けられたカーナビからは電子的であどけない声がアナウンスされた。

 どうやら彼女が水先案内人を務めるらしい。

 ちなみにカボチャの馬車の馭者席は不在。

 ネコメイドが2匹の白馬と「ヒヒーン、ヒヒンヒヒーン」と馬語で話を付けてくれたので、時折指示を飛ばすのみで、あとは馬の足に任せっきりなのである。カボチャには『日本一』と書かれた旗が突き刺さり車内に貫通していた。


「呆れるほど退屈ね、モモタァー。授業なんてサボタージュ&エスケープ&ボイコットして、Wi-Fiでも捕まえに行きましょうよ」

「これ見よがしに横文字を羅列すな。頭が混乱するんよ」

「英語勉強しなさいよ」

「うるせえど。日本語さえできりゃあええんじゃ」


 どうにもモモタは英語を理解できなかった。

 モモタは拗ねて腕を組んで窓の外を眺めていた。

 現在は屋上から見えた大樹の森に入る。わだちは奥へと続いており、その上を馬車はガラガラと進んでいる。

 するとカーナビとにらめっこしていたネコメイドが主君に報告した。


「モモタにゃん、カーナビ上に赤いアイコンが見えますにゃん。距離にして100ニャートル先――」

「絶対にそれが赤ずきんちゃんじゃんね!」


 ネコメイドを「にゃん」と押しのけて、シンデレラは前のめりになる。カーナビを穴が空くほど凝視した。

 それから、カーナビの赤ずきんマークを連続タップする。


『ああ、あああ、ああああ、赤、赤、赤ずきん、はあ……はあ……赤ずきん、赤ずきんちゃんなのあ……はあ、はあ』

「やめえ! アナウンスの人の声で遊ぶな!」


 モモタはじゃじゃ馬娘に注意した。

 Loliが最後のほう息切れしとるじゃない。

 どういう仕組みでカーナビが動いているのか知らんが、苦しそうな女の声は聞きとうないんじゃ。


 そう思って、モモタは前方ののぞき窓に視線を投じると、そこには赤い頭巾を被った華奢な少女が歩いているのが見えた。

 無邪気そうにカゴを携えて、テクテクと歩いていた。


「ねえあんた、赤ずきんちゃんでしょ~! 誘拐しに来たわよ~!」


 シンデレラはカボチャのドアに半開きにして、森中に響き渡るような声で言いながら呑気に手を振った。


「……おめえは鬼婆やまんばか」


 モモタはため息とともに呟いた。

 同時に年端もいかない少女はこちらに気づき振り返った。


 亜麻色の編み込まれた髪にターコイズブルーの瞳。赤いポンチョに白いエプロンドレスを合わせている。足下は黒いおでこ靴。手に持つかごには葡萄酒ぶどうしゅとショートケーキがあった。


 すると突如、モモタは嫌な視線を感じた。

 周囲を見渡すとこずえが鳴る木立こだちに不気味な黒い影が隠れたような気配がした。

 モモタの野生の勘が告げていた。


 この森には魔物が棲んでいる――と。

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