第6噺 100万回死んだ猫

猫の神隠し 

 足音の大合唱。擦れる甲冑を纏った集団。掲げられたくすんだ色の旗には黒い馬の象徴シンボルがデザインされていた。

 そんな大軍勢がモモタ一行の元に押し寄せた。


 ガラガラガラガラ。ガッチャガッチャ。


 犇めく軍勢の中心には、遠目から見ても存在感のある――巨大な漆黒馬しっこくば

 バキッ! ゴキッ!

 その黒馬はモモタの蹴飛ばしたドアを踏み潰すと、ドアはまたたく間にひしゃげて木っ端微塵になった。


 黒馬は、高さがゆうに6メートルはあった。木材で継ぎ接ぎされており、巨躯を支える車輪は合計12個。すべて木製で数人の兵士が外から押して、人力で動かしている模様。きわめて、原始的な造りだった。

 シンデレラは「オニでかぁ」とシャッターを切りながら、呆気にとられていた。


「なんだなんだ。次から次へと……一難去ってまた一難かよ」


 ブロピは「勘弁しとくれ」と、かぶりを振った。

 ハスキーは妹の赤ずきんと手を結びながら不信感を露わにした。クンクンと長い鼻を動かして、奇妙に懐かしい匂いを感じ取っていた。

 しかしその正体までは掴めない。

 すると、そこで指揮官らしき男は号令を飛ばした。


「ぜんたーい、止まれ!」


 1、2、と足踏みをそろえて兵隊たちは行進を停止した。

 ざっとみ兵士の数は1000人はくだらない。

 その千軍万馬の兵士たちは身に付けた西洋甲冑の装備からして戦い慣れているのが見て取れた。


「……にゃんで、ここにおまえがいるのにゃん」


 ひと目見て、ネコメイドは猫目を細めた。


「久しぶりなのだよ。長靴を履いた猫」


 対峙する指揮官はにやりと笑った。

 顔見知りなのかと思いながら、モモタはひとまず静観する。


「いったい、なにしにきたにゃん! カラバ侯爵こうしゃく!」


 カラバ侯爵と呼ばれた男は、気持ち悪い笑みを浮かべた。


「おいおい、そんな釣れないこと言うなよ。主人に向かって。猫じゃらしで遊んであげたことを忘れたのか?」

「……そんにゃ昔のこと、知らにゃい」


 ネコメイドは口の端を噛むと窮屈そうに首輪を触った。


「忘れたとは言わせないのだよ。貴様が逃げてから俺様たちは大変な目に遭ったんだからな。飼い猫に手を噛まれるとは、まさにことこと……ん? 正しくは犬だったかね」

「ちょっとええか?」


 モモタはやっとこさ口を挟む。

 カラバ侯爵の視線が刺さった。


「僕は桃から生まれた日本一の桃太郎。ネコの主じゃ。ネコに用があるならまず僕に話を通せ」

「へえ……日本ねぇ。聞いたこともねえや」


 カラバ侯爵は嘗め回すようにモモタを見た。


「つまり、今度はあんたが毛玉のように弄ばれているわけだ」


 カラバ侯爵はそう言ってから「悪くないだろう。事情を話そう」と、応じる。


「俺様は王様の命を受けて、長靴を履いた猫を連れ戻しに来たのだ」

「連れ戻し?」

「そうなのだよ。その猫は我が国の大事な戦力。飼われた軍師なのだからな」


 カラバ侯爵はネコメイドを睨め付けてから軽く頭を抱えた。


「しかもそいつのせいで、お姫様との結婚の話も破談になりかけているのだよ」


 ネコメイドはきまり悪そうに俯いた。


オーガの国との戦争中、そいつは最終局面前夜に尻尾を巻いて遁走とんそうしやがった。なにが『探さにゃいでください』だ。愚かな真似をしよって……」


 カラバ侯爵は「愚か愚か」と繰り返した。


「おかげで、こっちは指揮が執れずに大打撃だ。鬼たちに盛り返され逆襲を受け、今度はこちらが亡国の危機に瀕したのだよ」


 その説明を聞いてモモタは不思議に思う。

 わざわざ探し回るほどネコの軍師がそんなに大事なんか?

 そもそも、ネコを軍師に据えることからして高飛車な人間らしくない。

 すると、今まで黙っていたネコメイドはおおきな白い袋を担ぎ直しながらカラバ侯爵に反論した。


「それはおまえらが、ネズミーランドを燃やしたから逃げたのにゃん!」

「仕方なかろうが……動物よりも人間の命のほうが重いのだ。俺様は知っていたぜ。ネズミーランドで貴様がこそこそ隠れて動物たちを保護してたことな」


 カラバ侯爵は邪悪に笑った。


「つーか、俺様が国民たちにこの情報をリークした張本人なんだから知ってて当然だ」

「にゃ、にゃんで……」


 ネコメイドは衝撃を受けた。


「俺様は最適解を導き出したまでなのだよ。国民による国民のためのカラバ侯爵なのだから」

「カラバ侯爵! 誰のおかげでその地位に就けたと思ってるにゃん!」

「貴様こそ、誰のおかげで軍師に成り上がれたと思ってるんだ。勘違いするでないぞ」


 見下すカラバ侯爵に、ネコメイドはそれ以上言い返さなかった。

 そんな家来の代わりに、モモタは言う。


「だいたいやー、勝てる見込みのない戦争を始めたあんたたち軍部の責任じゃろう。しかも、負け戦を長引かせてしまったがために首が回らなくなった。違うか?」

「言うじゃねえの。モモタさんよ」

「さっそく僕の名前を略すな。アホンダラ」


 そのモモタの苦言を無視して、カラバ侯爵は気味悪く笑った。


「でもよ、オーガ相手に人間が勝てるわけねえのは始めからわかってたさ。身体能力は桁違い。知力は大差ねえ。同じ武器を使われちゃ、ガキでも勝敗は読める。モモタさんよ、あんたも馬鹿じゃねえ。気づいてるはずだ。その長靴を履いた猫は、猫を被っていやがる」

「言うにゃあ!」


 ネコメイドは叫んだ。

 しかし、それは逆効果だったろう。


「好奇心は猫をも殺す」


 そしてカラバ侯爵は長靴を履いた猫の秘密を暴露した。


「そいつは、粉挽き屋の家宝であるパンドラの袋を覗いてしまった憐れな猫なのさ。その袋の中からは、知恵と幸運と不死が飛び出し、あとには希望エルピスだけが残ったのだ」

 

 パンドラの袋。

 ネコメイドが後生大事にしていた、大きな白い袋。

 何が詰まっているのかと思えば、知恵と幸運と不死。

 そして希望だったとは。

 パンツドラゴンなんかじゃなくて本当に良かったとモモタは思った。


「通称、100万回死んだシュレディンガーの猫。運命のご主人様に仕えるまで、けして死なず、勿怪もっけの幸い死ねたとしても、たちまち生き返る不死猫なのだ」


 深淵をのぞいてしまった悲しき猫の業だった。


「しかし、知恵と幸運と不死の効果を使えば使うほどに、袋は業でパンパンに膨れ上がる。やがて108の煩悩が精算されるとき、袋は破裂して、あたりにはドラドラと災厄が振りまかれるであろう――という言い伝えなのだよ」

「…………」

 

 ネコメイドは猫背になった。

 すべてをバラされて丸まって落ち込んでいる。

 業の数だけ膨れ上がったパンドラの袋がその背中に重くのしかかっていた。

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