オオカミ少年

 モモタに人差し指を突きつけられたおばあさん。

 もとい、おばあさんの衣服かわを被ったオオカミは突如ベッドから跳ね上がった。

 布団の合間から青空のような瞳が怪しく光る。


「「キャッ!?」」


 シンデレラと赤ずきんはふたりそろって床に膝をつく。

 オオカミの翻した布団を被り、ふたりはオバケの仮装のような出で立ちになった。


「真っ暗でなにも見えないし!」


 オオカミはモモタに向かって一足跳びで接近してから、ナイフのような爪で襲いかかろうとする。

 しかしその次の瞬間――モモタは鬼の形相でオオカミを睨み返した。

 すり足で間合いをはかりながら、愛刀【鬼殺し】の白い柄に手をかける。


「僕に刀を抜かせるな」


 そんな禍々しいオーラを発するモモタ。

 その背後には鬼夜叉が憑いていた。

 オオカミは本能的につらりと冷や汗を掻くと、モモタの脇を通り抜ける。ドアを蹴破ったのち外に逃げた。

 刹那の対峙は、モモタに軍配が上がった。


「えっ? ついにモモタが抜刀するの? 私も見たい見たい!」


 そう言って、白いシンデレラ・オバケがモモタに迫り狂うと、ついでに赤ずきんも引きずられた。


「……ほんまに抜刀しとったら、おめえはマジもんのオバケになっとるど」


 モモタはもそもそするシンデレラの頭を小突いた。

 そのとき、


「ニャギャアオ!」


 と、外から獣の威嚇する声が聞こえた。


「こらのっぴきならん!」


 返す刀で、モモタは小屋の外に躍り出た。

 そこではネコ(メイドの恰好)とオオカミ(おばあさんの恰好)が、にらみ合っていた。

 なんとも珍妙な対戦カードである。

 長靴を履いた猫はゴロゴロと雷のように喉を鳴らして、肉球の間から爪を伸ばしていた。

 お互いに距離を取りながら円弧を描いていると、ヒヒーンと白馬がわなないた。

 それを契機に、ネコメイドがオオカミに飛びかかった。


「ニャニャー!」


 目にも留まらぬ速さで繰り出された鋭利なネコパンチはオオカミの鼻をかすめる。


「ニャッ。ニャニャン。ニャ。ニャニャ。ニャッンニャッニャッニャ!」


 続けて、繰り出されるネコパンチも、すべてオオカミは首の皮一枚で躱した。

 しかし、攻撃ばかりに気を取られていたネコメイドは足下がお留守になった。

 ネコメイドの黒い長靴が小石に蹴躓けつまづく。

 その一瞬をオオカミは見逃さなかった。

 オオカミは、ネコメイドの長靴に足払いを放った。


「ニャオッ!?」


 態勢を保っていられず、ネコメイドは横に倒れてしまう。その地に伏したネコメイドの長靴を、オオカミは大きい手で掴む。グニュッと鋭い爪が長靴にめり込んだ。それからオオカミはその場でぐるぐると回転し始め、遠心力に従って、ネコメイドの身体は徐々に浮き出した。


 俗に言う、ジャイアントスイングである。


 ネコメイドは目を回しながら、辺りには砂塵が舞い、小規模な竜巻が起こった。


「ネコオオオオオオオオオオオ!」


 いつの間にか、シンデレラはオバケからカメラマンに転職ジョブチェンジしていた。

 スマホ片手に戦闘風景バトルシーンを動画で撮影していた。


「ちょっとは心配せえ!」


 モモタは呆れた。

 こいつはもうおえん。

 完全にスマホという名の魔法にかかっとるんよ。


 撮影されているとは露とも知らずに絶叫しているネコメイドの長靴から、オオカミは突然パッと手を離した。

 引き留められていた力が解放され、ネコメイドはハンマー投げのハンマーのように吹っ飛び、その先にはカボチャの馬車。

 そのまま、ネコメイドはカボチャに激突し、大破した。

 もちろん大破したのはカボチャのほうである。

 オレンジ色の実肉が粉砕され四散すると、カボチャに突き刺していた『日本一』の旗が明後日の方向に飛んでいった。


「ネコオオオオオオオオオオ! 死ぬんじゃないぃぃぃいいい!」

「……まず、おめえは撮影をやめえ」


 モモタはシンデレラのジャーナリズム精神にほとほと嫌気が差す。

 とそこでカボチャが粉砕されたことにより繋がれていた1頭の白馬は解き放たれた。

 そのオスの白馬は「ヒヒヒヒーン!」と血気盛んに唸って、オオカミに突進する。


「ディープサクラにゃん! やめるにゃーん!」


 ネコメイドはくずほぐれたカボチャから声を放ったが、馬の耳に念仏。

 ちなみにモモタはたった今知ったが、あの馬はディープサクラという名前らしい。

 だが、ディープサクラは決死の猪突猛進をする際すこしだけネコメイドに微笑みかけたように、モモタには見えた。


 産地直

 たてがみを振り乱すディープサクラとオオカミは肉薄した。

 オオカミは自らの胸の前で腕をクロスさせ水平に薙いだ――その次の瞬間、スパッと白馬の首は宙を舞った。

 首を切られたにもかかわらず、ディープサクラの健脚はパカラッパカラッとそのまま走り続けた。失くした自らの首を捜すように疾走すると、ディープサクラは血飛沫を全身くまなく浴びて白い毛並みは今や見る影もない赤兎馬へと変身した。

 行方不明の太い首は鮮血をほとばらせながら、ネコメイドの足の間に不時着する。辺りの地面には桜のようなあだ花が咲き乱れた。


「貴様ニャアアアーン!」


 カボチャまみれのネコメイドは雄叫びを上げたが、オオカミは取り合わずに爪に付着した血液を舐めた。それから当てどなく走り続ける首なし馬デュラハンと化したディープサクラを追いかけて、その真っ赤な背中に飛び乗る。

 首なし馬にまたがったオオカミはハイヤーと駆けていき、いずれ見えなくなった。


 そのあまりの衝撃映像にシンデレラのスマホを取り落とす音だけが空しく響いたのだった。

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