入学式
王都は今日も朝から多くの人でごった返している。
俺は西門から王都に入った。高い城壁の内側はまるで別世界。華の都と呼ばれるのも頷ける。門では検問が行われていて、入るまでに1時間程度もかかった。入るためには金がいると知って少し焦ったが、爺さんから預かった短剣を見せるとタダですんなり入れた。やるじゃねーかジジイ。
ここに辿り着くまでに魔動車や街灯を目にして驚いたが、街を走る魔動列車を見た時は流石に感動した。それが王都をぐるりと一周していると言うのだから、最早言葉も出ない。
換金所の場所を聞いて魔核を換金する時には、盗人の疑いをかけられもしたが、ここでも爺さんの短剣が効果を発揮し、受付のおばちゃんが妙に恐縮し出した時は苦笑したな。
それから数日、今日は大学の入学式。
不便を感じなくなってきた借家の鍵を締め歩き出す。
大学までは徒歩15分といったところ。
大学は王城の東側、貴族街ではなく市民街の端にある。東側は研究施設や行政の庁舎など国の施設が多いエリアだ。
借家は閑静な住宅街にある、1LDKの庭付きの平屋。この辺りは開発も進んでいて、3階建てくらいの集合住宅が多いのだが、この家は結構古くからあるみたいだ。それでも中は綺麗で家具も備え付けだからありがたい。
本当は入学式なんぞ出るつもりはなかったが、同じ学年の学生を見るほとんど唯一の機会だとアリスに言われ、確かに情報を得るという意味では出席する価値が無くは無いと納得させられた。
角を曲がると校門が見えてきたが、何やら騒がしい。
「いいじゃない、一目見るくらい!減るもんじゃないでしょ?」
「乙女の想慕を話のネタになさりたいなんて、下品ですよ?」
「想慕ねえ?あんたが?俄かには信じがたいんだけど……」
「私も年頃の乙女ということです」
「え~、ないない、頭打ったんじゃない?」
聞き覚えのある声が聞こえる気がするが、あの人だかりには突っ込みたくない。
幸い門はデカい。反対の端を潜り抜けるか。
「お待ちください、ノア様」
……はあ。
「よお、アリス。朝から騒がしいな」
野次馬達は一斉に俺の方を見る。
「えええぇぇぇ!? なんで!? なんでノアがいるの!?」
「うるせーぞリーシャ、近所迷惑だろ」
リーシャは相変わらず声がデカい。
「なんでなんで!?ここ王都よ?メイヴン王立大学よ!?」
「知ってるわい。今日から俺もここの学生だ」
「何!?あんた学生なんてできるの!?止めときなさいよ、向いてないわ!」
「お前は俺を何だと思ってるんだよ……」
メイヴン王立大学は最難関ではあるが門戸は広いのだ。俺のような人間もとりあえず入学を許可するくらいには。
「リーシャさん、声が大きいですよ。迷惑になりますし移動しませんか?」
こうやって並ぶとアリスはとても常識ある人間に見えるな。
「……え?アリスの待ち人って……コイツ?」
俺とアリスの顔を交互に見て驚愕の表情を浮かべる。アリスがこくりと頷いた。
「……ええええぇぇぇ!?」
リーシャの五月蠅い声が大学中に響き渡った。
…………
……
入学式の会場は式場と呼ばれるホールで行われる。1年生1,000人が入っても余裕があるホールは、入ってみるとその大きさに驚かされた。
席は自由ということで適当に空いている三つ並びの席を見つけて腰掛ける。ちなみに大学内は護衛や従者の随伴も禁止されているため、位の高い貴族であっても敷地内では一人だ。
「アンタねぇ、王都に来るなら知らせくらい寄こさない?普通」
「誰に普通を説いてんだよ。俺にそんな常識があると思うか?」
「……無いわね」
腕を組んで納得するリーシャ。
「あら?私には頂けましたよ?」
「お前性格悪いなー。あれはただの事務的な連絡だろ」
少しムッとしたリーシャにいい訳するように答える。
実際アリスには借家の件もあり連絡を取る必要があっただけだ。
「何いい訳してんのよ。別に嫉妬なんてしやしないわよ」
「怒るな怒るな。今日から毎日手紙書いてやるから」
「いらないって言ってるでしょ!」
リーシャを茶化すこの感じは懐かしいな。
「リーシャさんがいらないと言うのなら、私に頂けますか?」
「……嫌だよ」
こいつ本気で言ってそうで怖いわ。
「新入生、起立!」
3人で話していると、進行役から声がかかる。どうやら式が始まるらしい。
最初は学長の爺さんが出てきて何やら話をしていった。この大学は最難関ではあるが、入ってから何をするかでその人間の価値が形成されるだのという有難いお言葉だ。
「新入生総代、レオナルド・ヒュー・レスターグス!」
「はい!」
一人の青年が壇上に上がる。
「あのお方はこのレステラ王国の第四王子です。総代に選ばれるということは入学時の首席は彼ということですね」
「へ~。お前らより優秀なのか?」
ぶっちゃけそうは見えないが。
「主席が総代に選ばれるって知ってるからね。レオナルド様が受験されることも当然知ってるから、まともな貴族なら首席にならないようにするわよ」
「右に同じです」
なるほど、そういう事らしい。まあ仮にも王子が手を抜くわけにはいかないだろうし、王子以外が総代ってのもアレなもんだから、貴族各位の青年達は配慮したんだろう。
「ま、それでもこの大学の首席よ。優秀なのは間違いないでしょうね」
最難関と言うし、手を抜いて合格できる人間の方が少ないのも事実だろう。
「私はノアが首席じゃない方が意外だわ。総代の話は知らないでしょ?」
「まあ色々あるんだよ」
「色々ねぇ……」
爺さんの口利きがあったことは、態々言うこともないだろう。
「なんか真面目で固そうな奴だな」
義務だの使命だのといった言葉が並ぶ。
「そうですね、ご自分にも他人にも厳しいお方です」
「会ったことあるのか?」
「私達は侯爵家の人間よ?王家のパーティーには這ってでも行くのが仕事」
貴族社会には馴染めそうにもないな。
「あんた学外ではちゃんとしなさいよ?私達はいいけど、普通の貴族、ましてや王家の人間にそんた態度だと一発で打ち首獄門なんだから」
「臨むところだな。返り討ちにしてやる」
「……私とは他人のフリしなさいね」
そんな下らないしきたりに合わせるつもりは微塵もない。
「面倒事にお時間を割くこともないでしょう。関わらない様にするのが一番です」
「確かに、そんな下らんことに時間を使うのもアホらしいか」
情報を集める為に来たんだ。貴族と喧嘩しにきた訳じゃないもんな。一応気を付けよう。
「アリス、あんたノアの扱い上手いわね」
「何かあったらリーシャの名前を叫ぶことにするわ」
「やめてー!」
気付けばプリンスの話も終わり、式も最後の事務連絡になっている。
「ノア様、この後ですが、折角ですしランチをしながら受ける講義についてお話しませんか?」
「いいわね、賛成!」
「……」
俺よりも早くリーシャからの賛同を受け、アリスが微妙な空気を醸し出す。
リーシャは気付くこともなく、あの食堂が美味しいらしいと既に同席する気満々だ。
俺は別にどっちでもいいが、ここに居続ける意味も無い。
「行くか」
この大学には食堂が4つある。リーシャ曰く、それぞれ独自にメニューの開発や生徒を呼び込むための企画を考えているから、おすすめのメニューも違うらしい。
ホールを出て庭園を歩いていると背後から声がかかった。
「おい貴様」
一応振り向いてみると、なにやら不機嫌そうな男が立っている。
「リーシャ、呼ばれてるぞ」
「わたし!?」
「違う!貴様だ!」
違ったらしい。となると。
「アリス、お前に用だとよ」
「あら、私でしょうか?」
「ちがーう!貴様だ貴様!」
後ろを見てみるが誰もいない。
「後ろには誰もいない!キ・サ・マ・だ!」
鼻っ面に指を指された。どうやら俺らしい。
「なんだ?男のナンパは受け付けてないぞ」
「女性であれば受け付けられているのですか?」
「そりゃあ顔と体次第だな」
「最低ね……」
男を無視して話していると、顔を真っ赤にして地団駄を踏んでいる。
「やめろ貴様!この御二方は貴様の様な顔も見たことない人間が気軽に話していい方々ではない!御二方を“紅蓮”リーシャ・クロム様、“天才”アリス・エリオット様と知っての狼藉か!?」
なんだよその寒い二つ名は。
二人を見るとリーシャは恥ずかしそうな目を反らした。アリスはいつも通りの微笑だ。
「おいリーシャ、アリス。お前達と話すのにコイツの許可がいるのか?」
俺の問に二人は首を横に振る。
「らしいぞ、勘違いボーイ。ほら帰れ」
「勘違いボーイではない!私を知らんのか?ブーモ・コザだ!」
「……そう言われてもな。知ってるか?」
二人に聞いてみる。
「コザ伯爵の次男ですね」
アリスが答えてくれたが、だからどうした?
「あー、貴族の息子か。お勤めご苦労!貴公のお蔭で今日も天気が良くて飯が旨い!」
丁寧に敬礼してやる。
「ふふっ。あまり虐めては可哀想ですよ?」
「そうよ、顔真っ赤じゃない。勇気出して話し掛けて来てるんだから真面目に相手してやりなさいよ」
ナチュラルに煽る二人。特にリーシャのはヤバいだろ。
「貴様、舐めているのか?」
ほら、ブーモ君のコメカミがピクピク痙攣してるじゃないか。
「いや、舐めてないが」
「舐めてるだろ!貴様の爵位を言ってみろ!」
爵位?
「ないが……」
「だろうな!愚民が!貴様の様な礼儀を知らぬクズは私が灰にしてくれる!」
ブーモ君はいきなり発狂して火の魔法を発動する。
「死ね!
小枝の様な炎の槍を、大声を上げて射出しようとした瞬間、不可視の壁に阻まれて爆散した。
「ぐひゅう」
蛙が潰れた様な哀れな悲鳴を上げて仰向けに倒れるブーモ君。
「はははっ!傑作だ!聞いたか今の!「ぐひゅう」だってよ!」
「ちょっと……ブフッ、やめ……てよ」
爆笑する俺を注意するリーシャの肩も見るからに震えている。
「身の程知らずとは彼の事を言うのでしょうね」
アリスは単純に憐れんでいる。
遠巻きに見ていた二人の男が駆け寄って来た。
「「ブーモ様!大丈夫ですか!?」」
どうやら取り巻きがいたらしい。この二人は声を掛ける勇気も無かったんだな。
必死に水魔法で鎮火している。
「行きましょう。無駄な時間を使いました」
「そう……ね……フガッ」
白けた表情のアリスと、未だ笑いが治まらないリーシャ。
「この大学はこんなレベルなのか? 正直ガッカリだぞ」
「彼等は最底辺だと思います。恐らく進級も危ういでしょう」
「だといいんだが」
周りの人間と宜しくするつもりは無いが、余りにもレベルが低いと来たことを後悔しそうだ。
「それよりノア、今の何?魔法なの?」
「不可視の……壁でしょうか?」
「正解。目の前に置いてやったんだ」
「げ、何それ卑怯じゃない?それに魔法陣は?あった?」
「私にも見えませんでした」
「どういう事?あり得ないわよね?」
考える二人。
「それは自分で考えてみろよ」
「えー、いいじゃない!ケチね!……あ、もしかして義眼?」
「お、いい線いってる」
流石と言うべきか、リーシャは答えに辿り着きそうだ。まあその仕組みが分からない限り本当の答えには辿り着けないが。
「そう言えばノア様の右目は龍核から作られた義眼なのでしたね」
こういうのを考えるのはアリスの方が得意そうだな。
そのままあれこれと質問を受けながら、食堂への道を歩いて行った。
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