ウィルシュ・オリグ

 食堂への道程の中、周囲からの視線を痛いほど感じる。


「お前らって有名人なのな」


 その視線は明らかにリーシャとアリスに向いており、そこには尊敬や憧れといった感情が込められている。


「侯爵家の人間だし、優秀だし、美人だしね。世間様は放っておいてくれないわよ」


 得意げに胸を張るリーシャ。

 

 知り合いもいるみたいで、何度か「ご機嫌よう」と貴族風の挨拶も聞いた。


 有名が故にブーモ君の様な虫にも集られてしまうのだろう。


「着いたわね。うわ、人多いな〜」


 何故かリーシャが先頭に立って辿り着いたのは第二食堂だ。


「リーシャさん、ここを選んだ理由は?」

「第二食堂にはね、ブランノワールがあるの!」

「「ブランノワール?」」


 アリスと俺は首を傾げる。


「そ!温められたデニッシュパンの上にチョコアイスが乗せられてて、シロップが附属していて最高って噂よ!」


 食堂の前のショーケースにはサンプルが飾られている。リーシャの態とらしい説明によると、このデカいのがそうだ。


「大きいですけど、お一人で食べるおつもりですか?」

「当たり前じゃない!分けるなんてナンセンスよ!」


 こいつは食い意地の張った卑しい奴だったな。


「食べたいなら自分で頼みなさいよね!」


 うーむ、一人で食う気にはならんな。


「アリス、飯の後にシェアするか?」

「あら、素敵な提案です!」

「ナンセンス〜う」


 リーシャの鬱陶しい煽りを無視して、デザートの前に食う昼飯を選ぶ。美味そうなメニューが多くて悩むな。


 ふと隣を見ると、俺と同じ様に腕を組んでショーケースを睨む男がいる。


 体をくの字に曲げて眉間に皺を寄せている。


「よし決めた!カツサンドとコロッケバーガーとグラタンとブランノワールとクリームソーダにしよう!」

「いや食いすぎだろ」


 思わずツッコんでしまった。


「ん?」

「ああ、すまん、聞いただけで腹が膨れたもんでな」

「いや〜、全部美味そうだから決めきれなくてさ」


 カラカラと笑う青年は焦げ茶色の短髪をポリポリと掻く。直立した身長は俺よりも頭に1つデカい。体もがっしりしていてよく鍛えられているのが一目で分かった。


「分かるぞ。俺も悩んでたからな」

「全部美味しいらしいからね!よかったらアンタも一緒に食べる?」


 リーシャが口を挟んできた。


「お、いいのか? 俺知り合い居なくて色々困ってたんだよ」


 ブーモ君を見た後だと、コイツはとてもいい奴そうに見える。


「俺はいいが、アリスもいいか?」

「ノア様がよいのであれば問題ありません」


 ニッコリと答えるアリス。


「なら有り難く同席させてもらうわ!俺はウィルシュ・オリグ。ウィルって呼んでくれ」

「私はリーシャ・クロムよ。よろしくねウィル」


 こうして簡単に自己紹介をしてから、昼食は4人で取ることになった。


「ウィルは王都出身じゃないの?」

「俺はシュリの街出身なんだ」

「シュリは隣国とも近いので色んな人種の方々がいらっしゃいますよね」

「そそ、シュリはいいとこだぜ?」


 シュリはレステラ王国の最西にある大都市だ。アリスの言う通り、隣国に一番近い都市だから交易も盛んで他国の人間や商人の出入りも多い。


 この国や世界の一般的な知識は爺さんから聞いている。


「3人はさ、履修どうするんだ?」


 凄まじいスピードで飲むように食事を食い尽くしたウィルが言った。

 

「それを今から決めようと思ってるの」

 

 リーシャも既に食べ終えてデザートタイムだ。


「ウィルさんはどんな魔法が得意なのですか?」

「俺は土魔法かな。本当は剣の方が得意なんだけど」


 確かに大きな手にはマメが幾つもできている。日常的に剣を振っているんだろう。


「剣が得意ならなんでこの大学を選んだの? 騎士専校の方がよかったんじゃない?」

「騎士専校?」


 リーシャの問いの間を割って尋ねる。


「騎士専校ってのは騎士の養成所みたいなもんよ。剣の腕を研きたい人や騎士を目指す人は大体そこに行くわ」

「俺も騎士を目指してるんだ。でも剣は自分一人でも鍛練できるけど、魔法は無理だなと思ってさ」


 なるほど、納得の理由だな。別に魔法科というか総合大学を卒業しても試験をパスすれば騎士になれるらしい。しかも試験の難易度は高いが、受かれば所謂キャリア組として昇進しやすいのだとか。


「試験に受かれなきゃ意味無いんだけどな~」


 自信無さげだが、最難関と言われるこの大学に受かってるんだから大丈夫だろう。


「剣の腕前に自信がおありなんですね」


 アリスが問いかける。そう言やコイツも剣を学んでると言ってたな。


「まあな~。多分剣ならこの大学の奴には負けないかな」

「それは、いつかお相手していただきたいですね」

「アリスも結構やるんだろ?」

「分かるのか?」

「見りゃ分かるさ。所作が違う」


 微笑むアリス。剣を学ぶ者同士、通ずる何かがあるんだろう。


「って結局履修はどうする?」


 リーシャが本題を思い出した。


「俺はアリスに合わせる。特に学ぶ事も無いだろうしな」

「あんた何しに来たのよ」

「俺は図書館が使いたいだけだ」

「はい? 図書館が使いたいなら、確か一般の人でも利用料を払えば使えるじゃない」


 ……なん……だと?


 空気が静まり返る。


 アリスの方を向くと、凄い勢いで顔を逸らされた。


 ……コイツ……やりやがった……。


「なに変な顔してんのよ」

「なんでもねえよ」


 肩を震わせるアリス。後でお仕置きだな。


「図書館って、何か調べたいことがあるのか?」

「ああ、断罪の聖壁ムルス•ダムナについてな」

「げっ、止めときなさいよ。あれは興味本位で調べるもんじゃないわよ?」


 調べるもんじゃない?


「なんでだ?」


 俺が尋ねるより先にウィルが疑問を口にした。

 

「ここだけの話、貴族の間では聖壁について知りすぎる事はタブーなの。昔それで殺された貴族もいるって噂よ。確かに綺麗だし気になるのは分かるけど……」

「殺された? 理由は?」

「知らないわよ。兎に角止した方がいいってこと」


 アリスはこれも知ってて言わなかったな? 最初に言っとけよ。


 でも……。


「益々気になるな」

「……アンタはそう言うと思った。調べてどうするの?」

「そうだな。……中に入れる奴を探す」


 そして……殺す。


「そんな人いないわよ」

「私も聞いたことありませんね」


 いけしゃあしゃあとアリスも乗っかってきた。


「探してどうすんだ? 中に入りたいのか?」

「まあそんなところだ」

「私は止めたんだから。変なことに巻き込まないでよね」 

「ああ、入り方が分かったら連れてってやるよ」

「絶対やめて!」


 引きずってでも連れて行ってやろう。


 冗談はさておき、リーシャの発言には気になるところもある。真偽は置いておいて、調べられたら困ることがあると考えるのが筋だろう。


 そして権力で貴族を殺せる奴なんて限られている。上位の貴族か、王か、国か、はたまた更にその上か。


 なんとも暴き甲斐のある話だ。


 断罪の聖壁ムルス•ダムナはカルバヌスという神が創ったと言われている。それを暴こうとする俺は反逆者と言ったところか。


 何はともあれ件の魔法使いを突き止める最初の分かりやすい鍵だ。調べない訳にはいかない。

  

 その後はやいやいと履修を組んで大学生活の初日を終えた。

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