神逆の魔導士

 大学の授業が始まって少し経つ。最初は講義にも出てみたが、予想通り特に改めて聞きたい事もない。


 爺さんから教えを受けていた身としては、どの教師の話も詰まらなく感じてしまう。


 だから予定通り俺は毎日図書館に籠って壁について調べている。


 調べてはいるんだが……。


「碌な情報が無いな」


 考えてみれば当然か。調べること事態がタブーなら、一般人すら入れるこんな場所に重要な資料なんぞ有るわけないよな。


「進捗はいかがですか?」


 夕方、一日の講義を終えたアリスがやってきた。


「……分かってて聞いてるだろお前」


 こいつがこの状況を分かってない訳がない。進捗確認も只の冷やかしに思えてくる。


「ふふっ、そんなに怒らないでください。確かにこの図書館には断罪の聖壁ムルス•ダムナに関連する図書はあまり無いだろうと予想はしていました。でも今日は耳寄りな情報を持ってきたんです」

「耳寄りな情報?」

「はい、例の噂について調べてみました」


 例の噂とは、壁のことを知りすぎて殺された貴族の話だ。


「この噂、実は本当にあった事のようです。この事件のこととなると大人達は口が固くて苦労しました」

「事件? 単なる馬鹿貴族が処刑されたって話じゃないのか?」


 それなら事件という程の事でもない気がするが。


「はい、これはこの国、……いえ、世界を巻き込んだ大事件の話です」


 事が起きたのは今から20年程前のこと。一人の男が世界の在り方に異議を唱えたことが発端となる。


 その男はセレストリアとディストルムが隔絶されている事に疑問を抱き、聖壁の成り立ちやその役割について調べあげた。


 セレストリアで一般認識となっているディストルムの人間が負う業とは何か。


 狭い世界に追いやられている彼らはどんな人間なのか。

 

 遂に真実にたどり着いたであろう男は、聖壁の撤廃を掲げ世界に対して反旗を翻したのだ。


「ちょっと待て、普通の人間に壁の内外の往き来は出来ないんだろ? ディストルムの人間とも交流したのか? だとしたらどうやって?」

「そこが分かりません。実際に聖壁の内側に入っていたか否かについてはハッキリしませんでしたし、ディストルム人の業や人間性について記録は無いようです」

「記録に無くても記憶にはあるんじゃないのか? 壁の撤廃を叫ぶならその理由も説明してただろうし、たかだか20年前のことだ。大事件と言うなら記憶に残っててもいだろう」


 その内容が衝撃的であれば簡単に忘れることなんてない筈だ。


「それが不思議なことに、詳細を思い出せる者はおりませんでした。まるでそこだけすっぽりと記憶が消されているように」


 記憶を操る魔法は存在する。しかし、アリスの話を聞くに、これは数人の記憶を消したところで意味の無いこと。


 であれば世界中の人間の記憶を操作したことになる。


 ……そんなことが可能なのか?


「神が創ったと言われる聖壁です。覚えてないのは神の意識ではと言う者もおりました」


 神……か。生憎神なんぞ信じてないが、そんなことができる奴がいたならそれはもう神と言っても過言はないかもしれない。


「それでその男はどうなったんだ?」

「はい、世界に対して呼びかけた彼は、当然ですがあらゆる国から追われることになったようです」


 1年程の逃亡生活も虚しく男は捕らえられ、呆気なくこの王都メイヴンで処刑された。


 処刑の寸前まで世界の間違いを指摘していた彼は、ディストルムに住む悪魔に魅入られた頭のおかしな人間として語られているようだ。


「彼は神に歯向かった大罪人としてこう呼ばれています。『神逆の魔導士』と」


「魔導士? 魔導士だったのか?」

「はい、男は3つ星の魔導士でとても優秀な方だったようです。そんな彼を唆したディストルムの悪魔を憎悪する人もいたとか」


 3つ星の魔導士ともなれば捕まえるのも簡単じゃない筈。少なくとも賢者や世界八翼オクトセラフも関わってるだろう。


 優秀と言われた人間も、世界を相手取るには非力過ぎた。


「そいつの名前は分かってるのか?」

「名はレイル•アンバー」


 ――この国、レステラ王国の侯爵だった人物です。



 ***


「ういーっす」


 アリスからの話を聞き終わって考えを巡らせていると、ウィルとリーシャも図書館にやってきた。


「アンタ本当に図書館に籠もってばっかりね」

「その為に来たからな」

「そろそろ虫にでもなるんじゃない?」

「そしたらお前に寄生しよう。毎日一緒だ」

「うわっ、気持ち悪いこと言わないでよ」


 何を想像したのかリーシャはブルッと身を震わせた。


「そんなに調べたいことがあるなら研究会でも作ったらどうだ?」 

断罪の聖壁ムルス・ダムナの研究会なんて認められる訳無いじゃない」


 そりゃそうだろう。


「でも研究会はアリですね」

「どういうことだ?」


 資料も無いんだ。研究なんて成り立つのか?


「聖壁は結界魔法の究極系のはずです。結界魔法の研究を進めれば、聖壁の成り立ち等にも迫れるのでは? 結界魔法の研究であれば大学側も止める理由は無いでしょう」


 確かにアリスの言うことは最もだ。


 しかし、俺には研究会なんぞ作る理由があるとは思えない。他人がいてもやりたいことを制限されるだけだしな。


「研究会を作れば貸出可能な本が10冊に増えます。それに研究結界がそれなりの評価を受ければ、一般の図書とは別の資料の閲覧権限も与えられるみたいです」

「なにっ!?」


 それは初耳だ。


 この大学はケチくさいところがあり、図書の貸出は一般人で1冊、大学関係者で3冊までとなっている。本当は家で資料を見たいんだが、俺が毎日図書館まで来ているのもこれが理由だ。


 しかし10冊まで借りれるのであれば、借りたかった本を一気に借りられる。


 それに、ここに置いてない資料を見られるとなれば、受ける恩恵はデカい。


「よし、研究会を作るぞ。何処に行けば作れる?」

「決断が早いわね」


 即断即決だ。時間を無駄にする理由もない。


「事務局へ行けば作れます。ただし、問題が2点」

「あー、確かに」


 問題? 何だ? リーシャも思い当たることらしいが。


「研究会は最低5名の会員が必要です。さらに、顧問となる教師も最低1人確保しなければなりません」


 俺は周囲を見渡す。


「4人……か」

「え!? 私確定!?」


 現時点では、俺、アリス、リーシャ、ウィルの4人だ。あと一人いる。


 アリスやリーシャが声をかければ人は揃えれそうだが、正直信用出来ない人間を近くに置く気は無い。


「え!? 無視!?」

「はははっ、リーシャ頑張れよ!」

「アンタも入ってんのよ!」


 俺とアリスは二人の漫才を無視して続ける。

 

「私に1人心当たりがあります」

「心当たり?」

「はい、優秀で権力があり、ある意味この大学で1番信用出来る人物です」

「いいね、誰だ?」


 それが本当なら是非加えたいところだが、果たしてそんなに都合の良い人間がいるか?


「レステラ王国第四王子、レオナルド・ヒュー・レスターグス様その人です」

「……」


 場は静まり返った。


「やっぱり私は入らないわ!!」


 なるほど。王子を引き入れることができれば、研究会の信用度は増すし、余計な詮索や茶々も入らないだろう。

 

「適任だな」

「でも王子様だろ? 研究会なんて入ってくれるのか?」


 ウィルの疑問は最もだ。第四王子といっても公務等もあるんじゃないか?


「それはノア様の交渉次第かと」

「そうだな。後で人となりや置かれている状況なんかを教えてくれ」

「勿論です」


 よし、これで会員は何とかなるはず。


「後は教師ですが、生憎私に伝はありません」

「教師は俺が何とかしよう」


 と言っても思いつく人間は1人しかいないが。まあ何とかなるだろう。


「ではお任せしますね」

「ああ。王子には明日話をしに行くか」

「私もお供します」

「あ、俺も行くよ。面白そうだし」


 上手く行けば明日にでも申請に行けそうだな。


「ね、ねえ、私の声って聞こえてる?」


 自身の存在に不安を覚えるリーシャの肩には、ウィルの手がポンと添えられた。



 ***


「という事になったんだ。顧問ってことで一丁よろしく」


 相変わらず美味い紅茶を飲みながら、目の前の老人に告げる。


「えーっと、……儂?」


 ここにも自分の存在に不安を抱える人間がいた。


「他に誰がいる?」

「……あの、儂学長なんじゃが?」

「ああ、適任だろ?」


 学長が顧問となれば無敵だろう。異議を唱えられる人間なんていない。


「ホントびっくりなんじゃが? 一度会っただけの人間にそんな事言えるか? 普通」


 どいつもこいつも普通という言葉が好きだな。


「人間の関係は時間じゃない」

「いや、お主の場合はマイナススタートなんじゃが? 時間をかけてプラスに持っていく努力が必要だと思うんじゃが?」

「知らないのか? マイナスにマイナスを掛けるとな、プラスになるんだ」

「…………え? 何の話!?」


 簡単な計算も分からなくなるほどボケが来ているらしい。賢者も年には勝てないんだな。


「そもそも学長は顧問になることは出来ん。規則でそう決まっておるんじゃから」

「丁度良かった。規則を変えられる人間が俺の目の前にいる」

「えーっと、……儂?」


 俺は無言で茶菓子を口に運ぶ。うん、美味い。


「……規則と言うもんは簡単に変えられんのじゃ。総会を開いて議題として提出し、賛否を問う必要がある。すまんが他を当たってくれんかの?」

「そうか、学生がこれだけ頼み込んでいるというのに簡単に追い返す。この大学は前途ある若者を応援することもしない、と」

「いや、茶を飲んで菓子食うとるだけじゃろ。しかもお主『一丁よろしく』と言いおったぞ?」


 まさか断られるとは。

 

「大人だろ? 過去の事は水に流せる器量を見せてくれ」


 ズズズッと紅茶を口に運ぶ。


「現在進行系なんじゃが!? ズズズッと聞こえておるんじゃが!?」


 つべこべ煩い奴だな。


 カチャリとカップを机に置いた。


「頼む!この通りだ!顧問になってくれ!」


 仕方なく俺は必死に頼み込んだ。


「…………いや、どの通り!? カップ置いただけ!? 頭でも下げるのかと思って少し待ったんじゃが!」


 この世界のジジイは特殊な訓練を受けているのだろうか?


 マーロックの爺さんもそうだったが、ツッコミが軽快でボケ甲斐がある。


「マーロックの奴もようこんな小僧と何年も住んだもんじゃ……」

「ホントだよな」


 二人で窓の外を見る。おそらく同じジジイの顔を思い浮かべているだろう。


「実際、マーロックの爺さんには世話になったよ。あの爺さんが居なけりゃ俺はもう死んでただろうしな」


 それこそゴミの様に、虫けらの様に無駄死にしてただろう。


「お陰でこうして常識ある一端の人間になれたのかもしれん」

「じょ、常識?」


 まあ学長が無理なら適当にその辺の教師を捕まえてやらせるか。


 最悪研究会が無くても別の方法を取るだけだ。


「はぁ……。なんかいきなり諦めムードが漂うと同時に、嫌な予感がするのう。……わかったわい。顧問は儂が何とかしてやろう」

「お? ホントか?」

「但し、儂が顧問をするのは無理じゃ。公平性が損なわれる」


 何故かいきなり状況が好転した。


「そこでじゃ、メイサ」

「はい」


 出入口で待機する秘書が返事をする。名はメイサと言うらしい。


「お主にこやつの研究会の顧問を頼む」

「謹んで、お断り致します」

「うむ……って、ええ!? 断られた!?」


 光の速さで学長の頼みは拒絶された。


「はい。私には学長の秘書としての仕事がございます。その様な暇はございません」

「評価が高い研究会の顧問は賞与が出るぞ?」


 メイサは出ていけとでも言うように扉を開ける。

 

「何をしているんですか? 早く申請に行きますよ?」


 どうやら「早く行こうぜ」という事だったようだ。


「……あれでいいのか?」 

「彼女は優秀な人間じゃ。問題無かろう」


 親指を立てた拳でクイクイと扉の外を指す。


「……多分」


 ……まあ取り敢えず名前さえあればいいから誰でもいいか。


 しかしまだ王子の勧誘というミッションが残っている。それが終わり次第声を掛けに来ると告げ、学長室を後にした。

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異なる世界の侵略者 竹取ノキナ @o_z

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