万華鏡
村までは思ったよりも時間がかかった。命日の朝に駆け込みセーフという感じだ。
空まで続く結界に遠近感を狂わせられたな。
持ち物はあの日と同じ火打石と水筒、それと酒と盃に少しの食料だけ。
「みんな、ただいま」
人の手入れの無い村は、もはや森だった。自然の力は偉大だな。植物が生い茂り、中には俺の腰程の木も生えている。
なんとか墓石を見つけ出して挨拶する。
「墓の周りくらい綺麗にしてやるか」
また直ぐに生えてくるだろうが、それでも草が生え放題というのも可哀想だ。
探せば農具くらい残っているかもしれないが、これだけ荒れていればもう朽ちているだろう。手作業で一本ずつ抜いていく。なかなか骨の折れる作業だ。
終わる頃には日も傾いていた。
「ふう、やっと終わった」
水筒から水をがぶ飲みする。
「皆待たせたな、今年も酒を持ってきたぞ」
大小2つの盃を並べて酒を注ぐ。爺さんはあまり酒を飲むことはしないが、最近は偶に付き合って一緒に飲むこともある。酒は使いの者が置いていっている。
大きい方は皆用、小さい方は俺用だ。墓石の側へ置いて準備完了。
「さてと、何から話そうか…。そうだな、先ずは皆すまん、まだ仇は取れてない。思ったよりも敵は強そうでな、修行中ってとこだ」
酒を少し口へと運ぶ。爺さんが持たせてくれた酒はそこそこ上等な物だったようだ。口当たりが良く飲みやすい。
「最初に出会ったマーロックって爺さんの元で魔法を学んでいるんだがな、こいつがなかなか強いんだ。でも優しい人で、ヒューゴを思い出すよ」
優しさと強さを兼ね備える爺さんは、どことなくヒューゴに似ている。容姿ではなくその在り方が。
「一緒に学んでるリーシャって女は……ミリス、どことなくお前に似てるよ。気が強くて負けず嫌いで、でも努力家で芯が通った凄い奴なんだ」
リーシャとは力比べをすれば俺が勝つが、いつも前向きな姿勢は尊敬できる人間だ。ミリスもそんな感じだった。……いや、あいつは腕っ節も強かったな。
「……なあ、皆は楽しくやってるか?」
酒も回ってきたせいか、昔の事を思い出す。ヒューゴとミリスと一緒に村で悪さをしたこと、あの時はダンケルさんに3人でゲンコツくらったっけ。
楽しかったよな。
あのまま皆で年とってさ、昔の思い出を肴に酒を飲む、そんな未来を想像してたよな。
多分なんだかんだでヒューゴとミリスがくっついて、俺も身の丈にあった嫁さんもらってさ、村の皆で子どもを育ててさ。
「そんな未来が来るって思ってたよな……」
盃の酒に水滴が落ちる。
「……なんで皆して逝っちまうんだよ。俺を一人残してよ」
俺は独りだ。本当の意味で目的も目標も共有できる人間は存在しない。後どのくらい生きれるか分からないが、この先ずっと独りのまま。
負の思考が止まらない。おかしいな、俺は泣き上戸ではないはずなんだが。
「……こんな話はやめにしよう。俺らしくないしな」
鼻を啜り思考を切り替える。
「安心してくれ、俺だけ幸せになるなんて事は絶対しない」
俺の最後は醜く、汚く、卑しく、凄惨になることを誓うよ。
その後は楽しい思い出話に花を咲かせ、気付けば睡ってしまっていた。
***
日差しで目を覚ます。側には空になった酒瓶が転がっている。
「しまった、飲み過ぎたな」
上等な酒は飲みやすいからいけない。気付いたら酔っ払って潰れる。
だが、少しは酒にも慣れてきたおかげか、頭が少し痛む程度で済んでいる。
転がっている盃をしまう。酒瓶も持って帰ってもいいが皆のところに置いていこう。空だけど。
「そうだ、母さんの墓も綺麗にしないとな」
母さんの墓は村の外れにある墓地の一角にあり、歩くと意外と距離がある。
歩きながら村の様子を改めて目にすると、村の中心は勿論、外れにある家々もその尽くが徹底的に燃やされていたようだ。
1年経った今でもその惨たらしさが、黒く灰になった木材から伝わってくる。
ここまでする意味はあったのだろうか。伊達や酔狂ではなく、まるで命じられた仕事の様に、与えられた使命の様に完璧に遂行することを求められた、そんな印象だ。
しかし、どんな理由があろうと、それが神からの命だったとしても、俺の知ったことではない。この惨劇を生み出した存在は決して許さない。
墓地に着くと、同じ様に草だらけの荒れ放題だ。
「ふう、予想はしてたが、やっぱそうだよな……」
ここは村唯一の墓地であり、それなりに広い範囲が使われている。流石に全てを綺麗にするのは骨が折れる。
「知り合いの墓だけで勘弁してもらうか」
それでも結構な時間がかかりそうだ。幸い天気はいいから助かる。
近くの家からバケツとして使えそうな皿や壺を集める。水は近くの川を何往復もして確保した。墓を拭くための布は流石に残ってなかったから、しょうがなく俺の服で代用する。
連日の草むしりは身体に堪えるが、苦行ではない。今の俺がみんなの為にできる数少ない事の1つだしな。
「よし、まあこんなもんだろ」
母さんの墓の前に腰を下ろすと夕暮れ時の爽やかな風が吹いた。まるで感謝でもされているかのようだ。
ぼうっと色の変わる空を見上げる。
ここではいつもこうやって特に何かを話すでもなく景色を眺めている。
何かを話そうとは思うんだが、なかなか言葉がまとまらないんだよな。
今もそう、弱音を吐けばなんだか甘えているようで小っ恥ずかしいし、楽しい土産話をしようとすれば、強がらなくていいと言われそうだ。
母さんのことだ、俺が何かを話すまでもなく分かってくれているんだろう。
それに生前から俺が弱っていると思えば、そっと抱きしめて『大丈夫よ、ノアは強い子だもの』と言うんだ。
その温もりも、優しい声色も鮮明に思い出せる。
そんな感じでいつも結局話す必要なんてないかとなるのだ。
空の色はオレンジから紫へと変わっていく。
「そういえば昔万華鏡ってのを見せてもらったな」
外見は小さい筒だった。
片側に開いた小さい穴から中を覗くと、八つの部屋に別れた花がキラキラと舞っていたのを覚えている。中に小さな鏡が入っていると聞いた時は驚いた。
鏡というものの存在は知っているし、ダンケルさんの家にあるのを見たこともあるが、あんなに精巧な物を誰が作ったのやら。
…………
……
この日は久しぶりに夢を見た気がする。
母さんの墓の前に草を敷いて寝たから、寝心地が悪かったせいかもしれない。
夢の中ではヒューゴとミリス、母さん、それにダンケルさんもフーさんも村の皆が笑いながら食事をとっていた。そこに俺の席は無く、それどころか見えない壁が俺を阻む。
混ぜてくれと言っても誰もこちらを向かない。まるで俺の存在が見えてないかのように。
『おい!みんな!俺も入れてくれ!』
壁を叩くが聞こえていない様子。
…………
……
場面が転換する。
目の前には手を繋ぐヒューゴとミリス。あれ?こいつらこんなに小さかったか?
『ノア、最近変わったわね』
ミリスが言う。
『そうか?渋みが増したか?』
『ううん、ノア君……なんか雰囲気が怖くなったかな』
……ミリスも同じ意見のようだ。
『う~ん、畑仕事が忙しすぎるからな~。この前の嵐でダメになった野菜があるだろ?あれの代わりをどうするか考えてるんだ』
どんなに一生懸命育てても、自然は気まぐれだ。たった一日で人間の努力なんて無に帰す。
『何言ってんのよ、もう畑仕事なんてしてないでしょ』
あれ? そうだっけ? 最近は何してたかな?
『俺って何してるっけ?』
『何か危ないことばっかしてるわね』
『そうだよ、止めた方がいいんじゃない?』
……やめる?
2人の、皆の未来を奪った奴らを許せと?
『何言ってんのよ、私は楽しくやってるわよ?』
『僕も楽しいよ!ミリスといられるしね』
『もっと力抜いて、楽しく生きなさいよ』
『うんうん、それがノア君らしいよ』
『あんたには畑仕事の方が似合ってるわよ』
巫山戯るな!
俺はあの日誓ったんだ!一人残らず殺すと!
…………
……
……気付けば目の前には母さんがいた。
『ノア、今夜はシチューよ』
俺は椅子に座り運ばれてくるそれを待つ。
『浮かない顔ね、何かあったの?』
『……皆、殺されたんだ…』
『ノアは無事だったのね、よかった』
『いいわけない!』
皆の無惨な死を目の当たりにして、自分だけ死なずに済んでよかったなんて思える訳がない!
『……ノア、あなたはあなたの為に生きていいのよ? それが皆の為でもあるの』
『皆の無念はどうなる!? 誰が晴らす!? 俺しかいないだろ!』
『いいえ、違うわ。皆の無念は皆が晴らすの。それは誰かが代わりになれるものじゃないわ。皆が自分と向き合って晴らすものなの。誰かの不幸の上には決して成り立たないわ』
『なんでそんな事分かる!?』
『……分かるわよ』
母さんはいつも身に着けているネックレスを握りしめ、どこか追憶に浸るように言う。
『皆はね、ノアの呪になりたくはないのよ。ノアは皆の希望なんだもの!』
希望? 俺が?
『無念と言うなら、そうね、ノアが幸せに大きくなっていくのをこの目で見れないことかな』
強く俺を抱きしめる母さん。いつの間にか身長は俺の方が高くなっている。昔はあんなに大きく映っていたのにな。
『ノア、好きな様に自由に生きなさい。これはお母さんとお父さんの願いよ。大丈夫、ノアなら何だって乗り越えられるわ、ノアは強い子だもの。愛してるわ』
…………
……
何とも言えない目覚めだ。
……出来るわけがない。あの惨状を、友の嘆きを聞いて、自由に生きるなんて俺には無理だ。
好きに生きろと言うなら、復讐こそが俺のしたいこと。
母さんの言う事でもそこは譲れない。
夢とは言え皆に会えたことは嬉しいが、俺が勝手に皆の感情を作り上げてしまったようで罪悪感を覚える。
「帰ろ」
気持ちを切り替えて、さっさと帰ることにした。
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