無礼な二人
高価な衣装を身に纏い、5人の従者を連れた男が森を進む。
齢39の男は、まだまだ全盛期の身体を保ち、襲ってくる魔物たちをその魔法と剣術で薙ぎ払う。
「ああ!鬱陶しいなこの森は!」
「旦那様、少し休憩されてはいかがでしょう?」
「ふう、そうするか」
執事の制服を着た初老の男の提案に、他の従者も感謝を目だけで訴える。
従者が洗練された動きで場を整えると、男は隆起する木の根に腰を下ろした。
男にとっては脅威になり得ない魔物達ではあるが、数が多く煩わしい。実力の無い者は囲まれて終いだ。
まだまだ涼しい季節ではあるが、長時間移動を続けてきた彼等は一様に汗を滲ませている。
「あとどれくらいだ?」
「そうですな、あと半日ほどといったところでございます」
「ふむ、予定通りか。ならばもう少し進んだところで今日の野営地を決めろ」
「承知致しました」
日は傾き始めている。もう1時間程で日は沈むだろう。
目指す場所は隠居しているかつての師が住まう場所。早朝や深夜に到着しては失礼にあたるため、昼間に到着するよう逆算して出立した。
彼は何事にも長い時間をかけて準備を行う人間だ。予定通り行くことなど当たり前なのだが、こうした不確定要素を排除しきれないスケジュールの時は、部下達はいつもヒヤヒヤしている。
それでも他人よりも己に最も厳しい彼のことを謗る人間など、彼を知る人間にはいない。
「この辺りかと」
束の間の休憩を終え、暫く進んだところで部下の一人が声を発する。
最後の野営地に相応しい場所が見つかったようだ。
「よし、今日はここまでとする。食事と野営の準備を頼む」
「はっ、畏まりました」
王都からの道程は結構なものだ。最初の2日は魔動車でレステラ王国第三の都市であるゴヤーナを経由してフギという街まで移動する。そこからは魔導車での移動は難しくなるため馬を使っての移動となる。馬を使い北へと進むと見えてくるのがこの”ブロコーリ大森林”だ。森の中では馬はかえって邪魔になるため、徒歩で目的地を目指すこととなる。
そうして森を歩くこと2日、彼らは漸く1軒の質素な木造の住居へとたどり着いた。時刻は予定通り昼を回ったあたり。住居の煙突からは白い煙が上がっている。
先頭を往く男は、自身の娘がこの道程を独力で踏破したことに喜びと、同時に呆れを覚えた。
「土産は無事だろうな?」
「勿論でございます」
デッキへの階段を上がりドアをノックする。
数秒待ち、再度ノックをしようと腕を上げたと同時に扉が開く。
「あいよ、……どちらさん?」
中から出てきたのは目つきの悪い少年だった。
***
爺さんとリーシャが昼飯を作る音が部屋に響く。
リーシャは1年経っても全然料理が上手くならない。どうやらアイツには料理の才能は皆無だったようだ。
魔法と料理には共通する部分がある。レシピを思い浮かべ、素材を使い手順通りに目的の品を作る。
魔法が得意な人間は料理もできると思っていたが、意外と使う脳の場所は違うのかもしれない。
ちなみに言い訳に聞こえるかもしれないが、爺さんも俺も料理という行為が好きじゃないだけで、作ろうと思えばそれなりの物は作れる……筈だ。
そんな取り留めの無い事を考えながらソファに寝転んで本を読んでいると、ドアを叩く音が聞こえた。
チラリと2人を見るがノックの音には気づいていない。
僅かに逡巡するが、観念して扉を開けた。
「あいよ、……どちらさん?」
扉の外には気難しそうなおっさんと、その他4人。その内の一人には見覚えがある。
変な執事だ。
確か名前はレジナルドだったか?
てことはこいつらはリーシャ宛の訪問者か。何となくその要件も想像が付く。
「……貴様、何者だ?」
訝しむような顔でこちらを睨む男。
「あん? 配達か?」
多分リーシャの父親なんだろう。でもなんか気に入らないから茶化してみる。こんなところに配達なんて来るわけない。
「私のことを知らんのか? どこの国から来た?」
「どこでもいいだろ?」
「なぜここにいる?」
会話にならんな。お互いが会話をする気がない。
「げっ!お父様……」
おっさんとガンのたれ合いをしていると、後ろから声がした。
スプーンを咥えたリーシャが皿を運んでいる。
「おい、リーシャ、なんだこの無礼な小僧は」
「おい、リーシャ、なんだこの無礼なおっさんは」
部屋に無礼な小僧とおっさんの声が重なって響く。
「はぁ~、……とりあえず上がってください」
呆れたリーシャは目頭を押さえて入室を勧める。
おっさんとレジナルドの2人が家に上がり、残りの3人は外で待機。
キッチンでは爺さんが丁度料理を作り終え、ダイニングテーブルへと運んでいる。
「む? アルバートか?」
「先生、ご無沙汰しています」
爺さんとおっさんは知り合いらしい。
「この度は娘がご迷惑をおかけしており申し訳ありません」
「迷惑などないわ。独りで寂しく暮らしておったからの、賑やかでこちらが助かったくらいじゃよ」
「それでも、我が子の不出来を恥じるばかりです」
「そんな事はない、素直で才能ある優秀な娘じゃよ」
ジイさんはまあ座りなさいと着席を促した。
やはりこのおっさんはリーシャの親父だ。おっさんは爺さんと向かい合う形で座り、レジナルドは後ろに控える様に立つ。
俺はおっさんの隣に、リーシャはジイさんの隣にそれぞれ着席した。
なぜならそこが俺たちの定位置であり、運ばれた料理が置かれた場所だからだ。おっさんは俺が隣に座ったことに対して訝し気な表情でちらりとこちらを見るが、知ったことではない。
「まずはこちらを、最近王都で流行りの小説です。それと少しばかりの酒です。お口に合えば幸いです」
「ふむ、流石アルバート、ワシのツボをよう押さえとるの。お主ら昼時じゃが飯は食ったのか?」
「いえ、まだですがどうぞお構いなく。我々は我々で用意させておりますので」
小説は俺も嬉しい、後で読ませてもらおう。
「して、遥々こんな僻地までなんの用じゃ? まあ想像は付くが」
「はい、娘がこちらでご厄介になり一年ほど、そろそろお暇すべきかと思い連れ戻しに参りました」
「うぐっ、……やっぱり」
飯を頬張るリーシャが反応する。
「こやつには学園もあります。学園に掛け合い、1年の留学扱いにしてもらっていますが、流石にこれ以上は留年の可能性があるので看過できません」
「ふむ、一師匠としては学園なんぞよりも有意義な時間を過ごさせている自身はあるが、貴族としての外聞もあるじゃろうからのう」
留年する貴族。しかも侯爵家の娘だ。他貴族への印象という意味では最悪だろう。この娘がそんなことを気にするタイプには見えないが……。
「私はそんなこと気にしません!」
やっぱり。
「馬鹿者、お前の意思など関係ないのだ。これは貴族の務めの話、貴族は民の納める税によって給金を得ている。それは民の模範となり、民の生活を支え、民を導くためのもの。それが貴族という特権を得るための義務だ」
いいこと言うじゃん。もっと権力を傘に暴利を貪るタイプかと思った。
確かに自分たちが汗水垂らして納めた税金が、バカ貴族を留年させるために使われているなんぞ納得できないよな。
正論を突きつけられてリーシャは何も言えず肉を頬張っている。その咀嚼にはこれまで以上に力が込められているが。
「という訳です。先生には申し訳ありませんが、このバカ娘は明日朝一で連れ帰らせてもらいます」
「ぶー」
「明日までに荷物をまとめておきなさい」
「はーい、分かりまし…った!」
苛立ちを肉にぶつけるリーシャだが、特に反論はしなかった。まあこいつも理解はしているのだろう。
完全な家出という形でここにやってきたリーシャにとって、約一年もの間爺さんの教えを受けられたことは嬉しい誤算だったはずだ。
***
その夜、家の裏手で野営を行うアルバート一行の元へと向かう一つの影。
「先生、どうなさいました?」
夕食後の片付けも終えたところにやってきたのはマーロックだ。
「折角いい酒をもらったんじゃ、昔の様に一緒に晩酌でもしようかと思っての。ほれ、少しじゃがツマミも用意してきた」
「これはこれは、ありがとうございます。先生とこうして酒を飲むのはいつぶりでしょう」
机にツマミと酒を並べ、席に着く。
レジナルドが二人の酌を取り、後ろに控える。残りの者は武器の手入れ等自分の仕事をこなす。主の会話を聞くことは罪ではないが憚られる。何より貴族に仕える彼らは、貴族同士の会話は聞かぬに越したことはない事を理解している。この世界には聞かない方がいい事など無数に存在しているのだから。
「懐かしいのう。稽古の後によく街へ飲みに出たもんじゃな」
「先生はその……随分と丸くなられましたな。私たちの時はまさに魔法の鬼という感じでしたから」
アルバートは当時を思い出して身震いする。マーロックは現役時代はレステラ王国の筆頭魔法使いとして名を馳せ、終盤は教官として後進の教育にあたっていた。
「そうかのう? 自分では元々優しい方じゃと思うとるんじゃが」
「いえいえ、【星詠みの賢者】の名は他国でも鬼教官として轟いておりましたぞ」
「え~、ショックなんじゃけど……」
【星詠みの賢者】、それは近年のレステラ王国を代表する魔法使いと言っても過言ではない。誰もが教えを請い、弟子と名乗れるのは最高の誉れとさえ言われてきた。
「本当はお主らを最後の弟子とするつもりだったんじゃがのう」
「あの事件以来、このブロコーリ大森林で隠居されてしまいましたからな」
王国のみならず近隣の国まで巻き込んだ大事件。
「あれからもう15年になりますか」
当時を思い出しぐいと杯を煽ると、空になったそれに執事が酒を足す。
「ところで先生、あの青年について、……気付いておられますか?」
「うむ、一目見てそうかもと思うたわい」
結構なペースで杯を空けるアルバートに対し、マーロックはちびちびと味を確かめるように舐めていく。
「まさか、本当に……?」
「どうかのう。ワシはわざわざそれを確かめようとも思わんし、本人に聞いてもどうせ分からんじゃろう」
「確かにそうですな。しかし、…なんという、……なんという運命の悪戯か」
マーロックの元で修行をする二人を思い浮かべ、空を見上げる。
それは厭忌か、悲哀か、安堵か、懐古か、眉間に皺を寄せて見上げる夜空には星が輝いていた。
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