孫娘

「じゃ、またね。元気でやりなさいよ」


 リーシャはあっさりと別れを告げて帰って行った。5日程父親を交えた男集団の中で野営を含む帰路は、年頃の娘にとっては苦痛だろう。


 ざまあ。


 天気は快晴。雲一つ無い晴天だ。まるで清々しい俺の心を表すかのよう。


「寂しくなるのう」


 爺さんは鼻を啜りながら目元を拭う。


「永遠の別けれという訳じゃないが、こんな所に隠居してりゃもう会うこともないかもな」

「……お主ひっどいこと言うのう!人の心は無いのか!?」


 やんやん吠える爺さんを置いて、俺は先に家へと戻った。

 

「さてと」


 これからやることは決めている。


 義眼の改造だ。


 先日鏡を見た時にふと思ったことがある。


『鏡に映った魔法陣から魔法は発動するのか?』


 色々と試した結果、正解は『発動しないけど発動する』だ。


 鏡に映る魔法陣には、当たり前だが魔力が通っておらず、魔力が通っていない魔法陣から魔法が発動することはない。

 

 魔力の通っていない魔法陣というのは、例えば紙に描かれた魔法陣なんかと同じ扱いだということ。


 逆を言えば、“魔力を通わせられたら発動する”ということだ。


 言われてみれば当たり前のことなんだが、この事実に気付くまでに意外と時間がかかってしまった。


 ここからがやりたい事。


 それは義眼の中で魔法陣を展開し、それを義眼内で反射させて増幅するという荒業だ。


 イメージは万華鏡。


「うん、全くワカラン」


 そもそもただでさえ複雑怪奇、奇妙奇天烈な内部構造を弄る勇気が中々出ない。


 今もぶっちゃけ何で視えているのか分からん部分もある。


 先ずはこの辺りをしっかり理解するところから始めるかな。できれば予備の義眼も作っておきたいし。


 この義眼の改造は、俺の魔法使いとしての格を大幅に上げることに繋がる筈だ。


 そうなれば漸く少しは見えてくる。このセレストリア巫山戯た世界をブッ壊す為の道筋が。


 俺の復讐が。



***


 リーシャがこの家を去って数ヶ月。リーシャのいる生活が余程楽しかったようで、同居人のジジイはリーシャロスから中々立ち直れずにいる。


「男2人で居るのも飽きたの〜」

「なら街で暮せばいいだろ」

「うっ……、まあそうなんじゃがな〜」


 爺さんは何でこんな森の奥で隠居何かしてるんだろうか。一緒に住んで結構経つが聞いたことはないな。


「爺さん、家族とかいないのか?」

「うん? おるぞ?」

「いるのかよ!天涯孤独なジジイかと思ってたわ」

「失礼じゃの〜。まあ永らく会っとらんから孤独なのは間違いないが……。ワシの孫はめっちゃ可愛いんじゃ〜」


 孫までいた。


「隠居始めたの10以上年前だろ?孫なんかもう大人になってんじゃねーか?」


 そもそも顔なんて覚えてないんじゃ?


「それが可愛い上にいい子でのう、たまーに会いに来てくれるんじゃよ。確か今年で16歳……お主と同じじゃ……」

「それは只の生存確認じゃねーの? って何でちょっと嫌そうなんだよ」

「お主なんかと1つでも同じことがあったら、ワシの超絶美少女な孫が穢された気分なんじゃ!」

「なんだとコラ!表出ろ!頭から埋めてやらぁ!」


 噂をすれば影がさすと言う。


 ぎゃあぎゃあと取っ組み合いながら玄関扉を開けると、一人の女が表に立っていた。


「あら?」


 清楚や可憐といった言葉が似合う、胡散臭い奴だ。


 嘘みたいに綺麗な銀髪が微風に靡く。


 動き易さに特化しつつ気品を損なわない服と防具。腰には直刀タイプの剣を携えている。

 

 にも関わらず、森の中というシチュエーションに余りにも不釣り合いな存在感。


「なんだこいつ」「ア、アリス!」

「ふふっ、お久しゅうございます、マーロックお祖父様」


 ……こいつが件の孫娘か。


 よく見ると護衛なのか知らんが付き人らしき人間が庭の外側で姿勢良く警戒をしている。


 この家は周囲にジイさんお手製の結界が何重にも張ってあるから、まず魔物が侵入する危険はないんだが。


「よう来たよう来た!長旅で疲れたじゃろう」


 よっぽど孫娘との再会が嬉しいのか、デレデレの様子だ。


「いえいえ、共が優秀な方々ですから快適な移動でした。……ところでこちらのお方は?」


 俺を見ながらわざとらしく小首を傾げる。


「ああ、此奴は…」

「初めまして、私はこの森に住む醜悪なジジイに囚われた、名もなき居候でございます。どうぞゴンベエとお呼びくださいまし」


 ジイさんからの紹介を遮って自ら名乗る。 

 

「ふふっ。面白いお方なのですね。私はアリス・エリオットと申します。よろしくお願い致しますね」


 ニッコリと、それはもう美しい笑顔を向けるアリス。


「誰が醜悪なジジイかっ!……名前くらいちゃんと名乗らんか。此奴はノアという。訳あって共に暮らしておる……まぁ弟子みたいなもんじゃ」

「貴方がノア様ですか!お会いしてみたかったんです!」


 偶に来る使いの者。そいつらは勿論爺さんの関係者な訳で、孫娘であるこいつは俺の話を聞いていたらしい。


「お話の通り、変わったお方です」


 ニコニコと笑いかけてくるのを止めてほしい。正直不愉快だ。


 まあ入りなさいと爺さんに促されて、アリスは家に入って行った。


 同席する気にはならんな。裏でトレーニングでもするか。


 最近は魔法の鍛錬だけでなく、身体のトレーニングも積極的に行っている。設備は家の裏手に、勝手に整えた。ディストルムでも木や石で作っていたから慣れたもんだ。


 昔から丹田スクランブルを使ってのトレーニングはやっていたが、やはり体を鍛えるのは魔法を学ぶことと同じくらい大切だ。


 強い体は魔力切れの脱力感を軽減させるし、魔法が使えない時に体が弱いとそれだけ死にやすくなるだろう。


 それにこうしてトレーニングをしていると、案外アイデアが降ってきたりする。


 2時間程が経った時、家の裏戸からアリスが出てきた。爺さんから俺が暮らしている小屋やらの説明を受け、暫く話してからジイさんを1人家の中に返した。


「少しお話をよろしいですか?」


 懸垂を続けながら顎をしゃくる。


 この木製の懸垂バーももちろん俺のお手性だ。毎日使っているからか、握る部分は焦げ茶色に変色し味が出てきている。

 

「体のトレーニングも大事にされているんですね」

「まあな」


 俺のぶっきらぼうな態度にも、ニコニコと微笑みを絶やさない。

 

「ご覧の通り、私も剣術を習っているんです。魔法があるとは言え、それが使えなくなった時のことは想定しておくべきですよね。でも魔法を主に学ぶ方々は剣を軽侮するんです。野蛮だと」


 腰の剣に手を添えて、聞いてもないのにベラベラと剣の話を続ける。


 俺の懸垂は500回を突破した。

 

「ノア様はどう思われます? やはり剣は野蛮でしょうか?」

「どうでもいい。相手を殺す為の手段はなんだっていい。魔法でも剣でもやることは同じだ」

「そうですか……。思ったよりもいい答えですね」


 ヤバい、そろそろ握力の限界だ。しかし、男としてのちっぽけなプライドが、女の前でダサいフォームで歯を食い縛ることを拒否し、平静を装っている。


 早くどっか行ってほしい。


「そんなにお辛いならお止めになればよいのでは?」


 ……こいつは嫌いだ。


 懸垂バーから降りて切り株に腰掛ける。


 本当は息を吐いて寝転び休憩したいが、それも我慢する。大丈夫、バレてない。


「ふふっ、強がってますがバレバレですよ?」

「は? 強がってねーよ!これくらい余裕だっつーの!」

「すみません、気を悪くしたなら謝ります」


 コホンとわざとらしく咳払いしてニヤケ顔から微笑みへと直す。


「その気持ち悪い表情をやめろ。あとその気持ち悪い話し方と仕草も。ゲロ吐きそうだ」

「すみません、無能な貴族共に合わせるうちに癖になってしまいまして」

「へ~、そんな顔もできるんだな」


 丁寧な口調とは裏腹に、棘のある内容と苛ついた表情を浮かべるアリス。 


「言ったじゃないですか。話に聞いていたと。ノア様はディストルム人なのでしょう? でしたらこちらも取り繕う気など起きようもありません」


 ああ、そういうことね。


「なんだよ、バレてるのか」


 行動を起こす前に身元がバレてるとなると、今後の復讐計画も進めにくくなるな。まあでもやることは変わらんか。


「ああ!やはり!……やはりそうでしたか!……ああ、なんと言う……」


 ……カマかけやがったなコイツ。

 

 狂気的な笑みを浮かべ、何やら感動している。


 でもさっきまでの気持ち悪い笑みよりはマシだな。


「安心してください。別に誰かに教えたりはしてませんし、使者も気付いてはいないでしょう」

「なんで分かった?」 

「身元不明、こちらセレストリアの常識に疎い、出現がこのブロコーリ大森林等々、使者から聞く話から推察しました。1つ、どうしても分からないこともあり、確証は得られていませんでしたが、まさか本当に彼方の世界の方だとは……」


 推察……できるもんか?

 

 バレてはいけないとは思っていないが、今不用意にバレることは避けたい。だから爺さん以外に悟られるようなヘマはしなかった筈だが。

 

「お前が優秀なのは分かった。で? ディストルム人の俺には取り繕う価値も無いと? そう言いたい訳か?」


 見下すのは勝手だが、イマイチこいつの言いたいことが分からん。


「いいえ、そうではありません。寧ろ逆です。貴方には知っておいていただきたかったんです」

「なぜ?」

「理由は……何故でしょう?自分でもよく分かりません。でも私は貴方に興味があるんです」

「そうかい、そりゃありがたいな。デートのお誘いでもしようか?」


 もうホントに意味が分からん。


「そうですね、お恥ずかしながら未だデートというものはしたことが無いですが、王都に来た際には是非」


 ……まじかよ。絶対嫌だわ。


「ただ、今はそれよりも1つお願いがあります」

「お願い?」


 嫌なこったと、俺がそう言うより僅かに早く、アリスの言葉が紡がれた。


 ――私と手合せしてください。

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