あんた魔法舐めすぎ
「ほお、見えるようになったのか!」
翌朝、爺さんに義眼について説明した。
「まさか本当にやるとはのう。これは世界的に見ても革命じゃぞ」
セレストリアでは魔法の発展があるからこそ、その他の分野の技術が蔑ろにされるきらいがあるらしく、義手や義足、義眼といったものはあまり出回ってないらしい。
魔法で治せないものはしょうが無い、ということみたいだ。
「これは世界の盲人を救う発明じゃよ」
「この世界の人間を救う気なんてない」
「あんたまだそんなこと言ってんの?思春期ね〜」
「と言うより、これをもう1つ作れる気がしないな」
「勿体ないのう」
色々と試す上で設計図はもちろん書いている。それでも何故か上手くいった部分は多々あり、それを説明できるほどにはまだ研究を振り返ってはいない。
セレストリアの人間を救うなんて死んでも嫌なことも勿論本音だ。
「お前は最近どうなんだよ」
「ふふん、聞いて驚きなさい!火の特級魔法をマスターしたわ!!」
俺が籠もっている間にこいつも成長していたらしい。特級魔法を使えるようになれば、リーシャは魔導士と呼ばれる存在になったということ。都に帰れば爵位も与えれれる。
「そうか」
「反応薄いわね〜」
「褒めてほしいのか?」
「あんたに褒められても嬉しくないわね!」
リーシャは俺に対抗意識を持っている。魔法に関して俺に褒められたところで、こいつにとっては逆効果だろう。
「リーシャは教えがいがあるぞい。吸収力もあるしのう」
爺さんも弟子の成長が嬉しいようだ。調子に乗るからあんまりそういうこと言うなよな。
「これからは魔法爵と呼びなさいっ」
ほら。
胸を張り腰に手を当て、したり顔でフンスと鼻の穴を広げるリーシャ。
俺は相変わらず爺さんの魔法授業には参加していない。最近は特に義眼の作成で忙しかったしな。でも最近の行き詰まりを打破するために偶には出てみるか。
「爺さん、今日から俺も一緒に受けさせてくれ」
「ほお、どういう風の吹き回しじゃ?」
「えー、折角マンツーマンで教えてもらってたのに」
リーシャはジイさんを独占できなくなることに愚痴を零す。
「正直に言うと、今の自分がこれ以上何をすれば強くなれるのか分からん」
「十分じゃと思うがのう」
「十分? どこがだ? 今の俺じゃ目的も果たせない」
「あんたの目的って?」
リーシャが口を挟んできたが、こいつに目的を話す気はない。
「お前には関係ない」
「またそーやって!……別に興味ないからいいけど!!」
今の俺じゃ多分まだ爺さんにも届かない。つまり
「そうじゃのう、お主は理論も魔力も既に完成の域にある」
「じゃあ何が足りない?」
「敢えて上げるとすれば、既存魔法との対話……かの?」
既存魔法との対話?
既存魔法なんて魔法理論を理解していれば後は魔力量の問題だろう。
「お主は確かに優れておる、しかしちと魔法を舐めすぎじゃな」
「なんだと?」
「魔法式によって魔法陣は作られておって、確かに魔法式を理解すれば魔法も理解できると思うかもしれん」
じゃがの、とジイさんは続ける。
「今ある魔法は初級から全て何千万、何億という魔法使いがより良くなるように考え尽くしてきたものじゃ。一見不要に見える式にも、そこに無いといかん理由は必ずある。一つ一つの式の意味、製作者の意図を理解して初めてその魔法を”解った”と言えよう。その作業は言い換えれば先人たちとの対話、魔法との対話なのじゃ」
……悔しいが爺さんの言っていることの意味は少し理解できる。
「お主はそこをすっ飛ばしてオリジナルの魔法を作っておるな。それが駄目だとは言わんが、既存魔法からはまだまだ得られることはあるし、たった数か月で分かったような口を利けるほど浅い世界では無いぞ?」
「……なるほど、確かに爺さんの言うことも一理あるな」
魔法を学び始めて、この家にある魔法に関する本は全て読み尽くした。魔法理論を詳しく説明している本も多くあり、それを理解できている自負はある。だが、爺さんから見れば俺はその表層の、さらにその薄皮部分を知っているに過ぎない程度なんだろう。
確かに魔法陣を見て、魔法式を見て、その意味を、それがそこにある必然性を考えたことは無かったな。
「感謝するぞ爺さん」
「構わんよ、そういったことをリーシャにも教えとる。お主が参加することで得られることもあるはずじゃ」
「そうよ、あんた魔法舐めすぎー」
「お前に言われると腹が立つな!」
こうして3人での魔法の授業が正式にスタートしていった。
***
爺さんの授業を受け始めて2ヶ月、自力では到底辿り着けないであろうレベルで魔法についての理解が進んでいる。
今までだだの式としてしか見ていなかったそれも、全然違う見え方になった。この魔法を作った奴は天才だと感動することさえある。
と同時に悔しさも湧き上がってくる。
ディストルムの人間には作り得ない、理解しえない領域。そのことが村の皆を馬鹿にされているような感覚に陥った。
錯覚であることは理解しているし、こいつらにとっちゃ俺たちなんて文字通り眼中にないのだ。
結界の中に人が暮らしていることは知識として知っているだろう。でも魔法を作るうえで誰も彼らのことを考えはしない。
善でも悪でもなく、完全な無。それが無性に腹立たしい。
腹立たしいのだが、その純粋な研鑽は称賛に値する。
「あんた最近どうしたの?」
「あん?」
「なんかその……イライラしてる?」
それはリーシャにも伝わっているらしい。
「してる」
「な、なんでよ。……私何かした?」
「……俺の作ったプリンを食った」
「まだ根に持ってたの!? あれくらいいいじゃない!また作りなさいよ、小さい男ねー」
こいつぶっ殺してやろうか。俺がどれだけ楽しみにしていたか!こんな森の中じゃ砂糖や動物の乳なんて激レア食材なかなか使えないんだよ!料理が嫌いな俺が!頑張って作ったプリンを!その最後の1つを食いやがったんだ!
「お前は絶対碌な死に方しねーよ」
とまあリーシャはいつも通りだ。
俺が授業に参加し始めてからというもの、リーシャのやる気にもさらに火が付いたようで、鬼気迫る様子で爺さんの話を聞いている。
リーシャが来てもうすぐ1年。最初は鬱陶しい女だと思っていたが、こいつはこいつで一生懸命に生きている。今のところ勝負では一度も負けてやいないが、その心が折れることは無く、毎回本気で勝ちに来る。だから俺も本気で相手をしてやっている。
そんな生活もそろそろ終わりなんだろう。
こいつがいなくなれば、またジイさんと2人きりだ。
……漸く静かになるな。
それと、あれからあと5日で1年だ。
「暫く留守にする」
「え、どこか行くの?」
「ああ、……故郷へ墓参りだ」
「……そう。あんたの故郷ってどこ?」
「田舎だよ」
「それは見たらわかるわ」
俺はジイさんに酒を分けてもらうことにした。結界を目指して真っ直ぐ進めば3〜4日で着くはずだ。
「ノアよ、……帰ってくるのじゃぞ」
「心配するな爺さん。まだここでやることもある」
「え、なになに?そんなに遠いの?」
「そうだな、近いようで遠いところだ」
「何よその含みのある言い方。いつか私も連れて行きなさいよね」
「絶対嫌だな」
ぶーと、不満を顕にするリーシャと爺さんに別れを告げ、背中越しに手を振る。
まだやらなきゃいけないことの1パーセントも出来ていないのだ。あっちに残る訳ないだろう。それに、村にはもう家も無い。
1年目の墓参りは謝罪から入るしかないな。
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