二人で見る景色
カメラが届いてから早3ヵ月が経った。
暑かった夏も終わり、秋へと季節も移ってきている。森の木々は少しずつではあるが、着実にその色を赤く変化させ始めた。
リーシャもなかなか出ていく様子は無い。あの鬱陶しい執事が言っていたように1年はここに居らせるつもりなのだろうか。
元々ジイさんが住んでいた家は、3人で済むには少々手狭にもなってきたため増築してリーシャの部屋と俺専用の作業場兼倉庫を作った。
俺の部屋も作ってはあるが、そっちはあまり使っていない。
「ノア~、いる~?」
ノックもせずに作業場へと入ってくるリーシャ。
「ノックくらいしろよ」
「なによ、やましい事でもしてんの?」
「あん?お前をオカズに今からしてやろうか?」
「な!ちょ!あんたにはデリカシーってもんは無いわけ!?」
ノックもしない女にデリカシーを語られるとは。
「んで、何か用か?」
「休憩になったから、研究の様子を見に来たのよ」
「お前に見せても分からんだろ」
リーシャはちょくちょく作業場を訪れては研究の進捗を確認してくる。まあこいつなりに右目の責任を感じているからだろう。
それに魔法の勉強にもなるからと、一緒に本を読んだり教えてやったりもしている。俺が上から目線で言うことではないが、リーシャの魔法を学ぶ姿勢はとても前向きで尊敬できる部分でもある。
「私のアドバイスが苦境を打ち破るキッカケになるかもよ?」
「勝手に人を苦境に立たせるな」
ほれとリーシャに向かって小さな塊を放る。
「うわ!……これは?」
「試作一号だ」
「え!できたの!?」
「驚け、ついに神経への接続に成功した!」
「凄いじゃない!……で、どういうこと?」
「はぁ……。明暗の差を感知できるようになったってことだ」
やっぱりこいつには伝わらないらしい。
正直に言うと、義眼をはめて光を認識できたときは小躍りして喜んだほどだ。
「なんか地味ねー」
「いてこますぞワレ」
こういう奴が技術の進歩を邪魔するんだよな多分。2位じゃ駄目なんですか?とか言うタイプだ。
「まあ見てろ、今に本物の目よりも高性能なやつを作ってやる」
「期待してるわ」
とは言ったものの、道程は長そうだ。現状完璧と思える理論で魔法式を構築しているにも関わらず、得られた結果は光の感知のみ。
嬉しいは嬉しいのだが、逆に言うとこれ以上何をすればいいか分からないと言うこと。もう一回最初からカメラの仕組みを見直してみるかな。
リーシャはじゃあねと手を振って出ていった。
最近は魔法の方も壁にブチ当たっている感が否めない。
魔法はある程度の規則性に従って構築されている。その規則の事を魔法式という。
魔法式はある程度のレベルまで行くと知っているかどうかの世界に入ってくる。つまり知っていれば理解はできるのだ。
以前ジイさんが言っていたが、特級魔法レベルになってもこそに魔力量が加わるだけ。だけと言っても、それはもう桁違いな魔力が必要になる訳だから、特級が使える魔法使いが凄いのは変わらないが。
それでも特級を使えるくらいじゃ
なら俺がするべきことは?
……分からん。
とりあえず創造魔法のレパートリーを増やすくらいしかない。
***
ふと作業場に作った窓から外を見ると、しんしんと降る大粒の雪影がチラついている。
時刻は午前5時過ぎ、もうじき日の出だ。
そろそろ降ると爺さんが言っていたのは昨日のことだが、まさか昨日の今日で降るとは。
試作1号の開発から更に3ヶ月が経ち、季節はすっかり冬に突入している。
ディストルムの村では冬は大型の獣が冬眠をしてしまうため食料に困ったものだが、セレストリアに生きる魔物達は冬でもお構いなしに元気な様で、今のところ食料にも困っていない。これも魔力の力ってことかね。
「むにゃ、あれ、寝てた?」
「寝てたも何も早々に布団に入ってたぞ」
「あれ? そうだっけ?」
試作7号が完成しそうというタイミングで、その瞬間に立ち会うのだと昨日のよるからリーシャは作業場に来ていた。
俺は作業に没頭していたから寝ていない。そもそも運び込んだベッドはリーシャに占領されていて寝る場所も無かった。
こいつからは最早お嬢様の気品的なものは全く感じない。
「完成しちゃった?」
「安心しろ、今最後の工程だ」
「よかった〜!」
のそのそとベッドから這い出てくる。毛布は身体に纏わせたまま。
「よし、これでオッケー……だと思う」
「自信無さげね」
「自信は無い!が、理論上完璧な筈だ」
「100回は聞いたわ、そのセリフ。早く付けてみなさいよ」
なんだこいつ、うるせーな。こういうのは出来たと思っても試すのに勇気がいるんだっつーの。
試してもし失敗していたら、完全に手詰まりだ。しかし、試さなければ失敗なんて無いのだよ。まあ成功も無いんだが。
……そんな益体もない考えは置いておこう。
ゴクリと唾を飲み、いざ装着!
「どう!?」
「……える」
「なんて?」
「見える!見えるぞ!!成功だ!!」
「キャー!やったわね!」
龍核で造られた人工の眼球は色彩豊かな景色を脳へと送っており、確かに、完全に神経と接続され、潰れた右目の替わりを果たしている。
イエーイとハイタッチしながら踊る2人。
完全に徹夜のテンションだが、今日だけは良しとしよう。
「行くわよ!」
「まじか、外雪降ってるぞ」
「え!? そうなの? 丁度いいじゃない!きっと綺麗よ!」
完成したら、記念に朝日を見に行こうとリーシャに誘われていた。森の中で景色の綺麗な丘を見付けたらしい。
亀の様に包まっていた毛布を脱ぎ捨て、いそいそと準備をするリーシャ。
「ほら!早く支度しなさいよ!」
「ったく、しゃーねーな」
嬉しそうなリーシャを脇目に鏡を見ると、笑みを浮かべる俺が映っている。まあこんな日があってもいいか。
支度を整えると雪を踏みしめながら、先を小走りで進むリーシャの後を追った。
「ギリギリセーフね!」
辿り着いたのは丘と言うか断層の境目で、20メートルほどの崖になった場所。
「きれーい!どう? 感受性の乏しいアンタでも心が動くでしょ?」
東から登る太陽の光が、降る雪に反射してキラキラと輝く。
……確かに絶景だ。
だが、感動よりも俺の心には別の感情がフツフツと生まれている。
いや、生まれているという表現は違うか。ずっとそこにあった筈だ。セレストリアに来てからずっと。
「
そう、南東の方角、遥か向こうではあるが、セレストリアとディストルムを分つ結界が見えている。
……断罪の聖壁。こちらではあの結界をそう呼ぶのだ。
何が断罪だ。何が聖壁だ。セレストリア人は何の権限があって俺達をあんなクソッタレた壁の中に閉じ込める。
俺の瞳は綺麗な景色を見る為にあるので断じてはない。セレストリア人の泣き叫ぶ顔、絶望する顔、失意の中で死にゆく顔を笑いながら見る為にある。
両目が見えるようになったことなんて、振り出しに戻っただけだ。この目を改造する必要がある。
キレイキレイと感嘆するリーシャの隣で、俺は自分の存在意義を再認識する。
隠して握り込んだ掌には血が滲んでいた。
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