勝利の代償

 目が覚めると、最早見慣れたボロい天井だ。


 (喉乾いた)


 ふらつく足でキッチンに向かうと、ジイさんとリーシャが昼飯を食べていた。


 リーシャは折れた右腕の代わりに、不器用に左手を使ってシチューを掻き込んでいる。


「あ、起きたのね」

「身体はどうじゃ?」


 言われて改めて自分の身体をチェックする。そういやボロボロだったな。


「足は動く。左腕は痛え。右目は……見えん」

「ふむ、やはり目は駄目か。すまぬ、ワシの回復魔法では失われた目を取り戻すことはできんかった」

「そうか」


 両手足が使い物にならなくてよかったと思うべきだな。目はまあ慣れれば大丈夫だろう。


「あんたが運んでくれたのか?」

「そうじゃ。飯を作り終えた頃に異様な気配がしたから出てみれば、まさか本当にドラゴンとはのう。流石に肝が冷えたわい」

「あんたが気絶して直ぐにマーロックさんが見つけてくれたの。感謝しなさいよね」

「それは世話をかけたな。爺さん、感謝する」


 リーシャがポカンと口を開けてアホ面を晒す。


「あんた、そんな言葉知ってたの!?」

「アホ、俺を何だと思ってる。世話になれば感謝くらいする」

「いやいやいやいや……まだ寝てた方がいいんじゃない?」

「煩いぞメイド、口の聞き方に気を付けろ」

「なっ!覚えてたのね……」


 忘れるわけ無いだろ。


「ほっほっ、二人とも無事で何よりじゃ。ドラゴンを倒すとは、ようリーシャを守ったの、ノア」

「……別に守ったつもりはない」

「……あ、ありがとね、あんたがいなかったら死んでた」

「ありがとうございます、だろ?」

「あ、あんたねぇ、……でもホント、ありがと」


 プイとそっぽを向く頬には僅かに朱が差している。

 

「……るせーよ」


 爺さんは黙って微笑む。


「そうだ、爺さん、ドラゴンの死体はどうした?」

「あれか、運ぼうと思うたがいかんせん大きいからのう。放置してある」

「なら俺が貰ってもいいか? 少し実験に使いたい」

「貰うも何も、あれを倒したのはお主じゃ、好きにせい」

「実験って?」

「まあ色々だ」


 ドラゴンの身体は色んな事に使えると本で読んだ。特にその魔核には計り知れない価値がある。


 全ての魔物には魔核が存在する。魔核には魔力を溜め込む性質と増幅させる性質の2つがあり、生活の至る所で活用されている。


 ドラゴンのそれは、どちらの性質も最高級だと言われており、魔核の中でも特別に“龍核”と呼ばれ市場では超高額で取引されているのだとか。


「明日取りに行ってくる」

「え!?本気?」

「ああ、龍核が欲しい」

「でも……」


 リーシャは怖いんだろう。殺されそうになった相手だ、気持ちは……分からんな。


「所詮死体だ、怖がるなよ」

「怖がってないわよ!私も行くから!」

「無理すんな」

「してない!」


 強情な奴だ。でもまあ龍核の他に使えそうなところもあるかもしれない。そしたら運ばせよう。


…………


……

 

 翌日リーシャを連れて森へ来ると、変わらずドラゴンは丸焼き状態で死んでいた。


「なかなか酷い絵面だな」

「ウップ、ご飯食べる前に来ればよかった」

 

 こりゃ完全にオーバーキルしてんな。

 

 自分でやったこととは言え、あの時は夢中で魔法を使っただけだ。


 それに暗くてどんな感じで倒せたかも確認してなかった。


「取り敢えず龍核を確認するか」

「え、ええ、そうね」


 魔物の核は水月、所謂鳩尾辺りにあるのが相場だ。水月とは別の意味で幻を指す。そんな場所に魔核があるとはなかなか洒落たネーミングだと思う。


 ちなみに魔核は魔力を持つ全ての生き物に存在していて、本によれば人間にもあるようだ。しかし、人間の魔核を利用することは倫理的にタブーとされており、遺体と一緒に埋葬されるらしい。


「よっこいせ」


 持ってきたナイフで腹を掻っ捌くと薄い灰色の魔核が姿を表す。爺さんに持たされたナイフだが、なかなか切れ味が凄まじい。


 人の頭ほどもあるそれを、周囲の組織からブチブチと引き千切る。結構重い。


「大きいわね、ここまでのものは初めて見たわ」

「流石ドラゴンってことだな」


 それから爪や牙など使えそうな素材を集めて、残りは燃やした。皮は尻尾周りのほんの少ししか使えそうになかった。


「それなりに集まったな」


 それだけでもこの巨体だ、結構な量になる。


「どうやって運ぶのよ」

「手分けするに決まってんだろ。ほらそっち持て」

「私こんな重い物持ったことないんだけど」

「黙れメイド、帰ったら着替えろよ」

「……来なきゃよかった!」


 2枚の風呂敷でなんとか包み、片方をリーシャに渡す。こういう時に使える魔法も考えないとな。


 弱音を吐くリーシャに鞭を打ちながら、なんとか家まで帰った。


 家に着くと先ずはリーシャをメイドに変身させる。


「なんで先ずやることがこれなのよ!」

「おい、敬語を使え敬語を。あと語尾はニャンだ」

「ぐっ、いつか殺してやる」

「やり直し」

「いつか殺してやりますニャン」


 そこじゃねーよ。


 2人で戦利品を並べていく。皮はジイさんにでも渡すか。


「これどうするの?」

「……」

「……ご主人様、これどうするにゃん?」


 正真正銘のお嬢様が顔を真っ赤に染めて恥に耐えている。


 王都では現実を切り取って紙に写す『カメラ』なる魔道具が存在しているらしい。何としても手に入れよう。

 

 それにしても、

 

「なかなか心に来るものがあるな」

「声に出して言うにゃ!」


 プルプルと怒るリーシャ。これ以上虐めるのはやめておいてやろう。


「爪や牙はジイさんの使いが来た時に渡して金に換えてもらおうと思う」

「え~、勿体ないにゃん」

「自分で持っていても加工が面倒だからな」

「あんた…ご主人様ならできそうだけどにゃん」

「加工できたとしても精々ナイフくらいだ。今はいらん」


 ドラゴンの素材を剥ぎ取る際に切れ味の良いナイフは重宝したが、逆に言えばそれくらいしか使う場面は無い。他の魔物を剥ぎ取る時は自分の魔法でナイフでも作ればいいだけだ。


「じゃあ龍核は?」

「これは色々と試してみたい。龍核ともなれば魔法との相性も相当いいだろうし」

「ふ~ん。あ……そういえば昔商店で、魔核でできた義眼を見たことがあるにゃん」


 俺の右目に後ろめたさを感じるのか、若干言い辛そうに話すリーシャ。


「義眼か、ただの義眼にするには勿体無いが……そうだな、龍核なら試す価値があるかもしれん」

「試す?」

「ああ、本物の目と同じ機能をもたせられるかもしれん」

「え? そんなことできるにゃん?」

「分からん。分からんが、お前カメラって聞いたことあるか?」

「ええ、うちにもあるにゃん」


 チッ、金持ち自慢か?

 

「現実を紙に映せるんだ、それを脳みそに映せれば……いけないか?」

「ご主人様はとんでもないことを考えるにゃん」


 龍核は魔力を溜めて増幅するんだ、可能性はゼロじゃないはず。まあそんな簡単にいくとは思ってないし、人体についても学ぶ必要がある。


 オリジナル魔法の開発もあるし、やることが山積みだ。

 

 とりあえずすぐに爺さんからカメラと人体についての医学書を注文する旨の手紙を出させた。代金は後払いだが、ドラゴンの爪と牙との交換を希望しておいた。


 数日後、カメラを受けとった俺は、すぐさまリーシャに勝負を持ち掛けたのだった。

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