嵐の夜に

 1時間程森を彷徨っていると、幸運にもサラマンダーに出くわした。


「お、ラッキー」


 サクッと倒して血抜きする。血抜きをしておけば後で運びやすい。


 ここまで何体かの魔物を倒してきているが、ここで初めて大物をゲットした。


「あれ? 大きさって何だ? 全長か体長か体高か、聞いてなかったな」


 基準を明確にしてなかったから、もし体高と言われればサラマンダーはそこまでデカくはない。全長なら尻尾も合わせて10メートル近くはあるんだが…。


「後で色々言われてもなんだな、いくつか持って帰るか」


 デカい魔物は持って帰るのも正直しんどいが、難癖付けられて負けるのも癪なので大きめの魔物は全部持って帰ろう。


 3時までに帰るとなると、そろそろ引き返した方がよさそうだ。あとは帰りにデカいやつを見つけたら狩ろう。


 帰り支度を整えていると、雨が降り出した。


「げ!まじかよ、あんなに晴れてたのに」


 ぽつぽつと降り出した雨は、家に着くころには土砂降りと呼べるほどに強くなっていた。この雨のおかげで到着も結構ぎりぎりになったな。


「ノア、帰ったか」

「おう、アイツは?」

「リーシャはまだ帰らんのう」


 まだ3時までは15分ほどある。


「すぐ帰ってくるだろ」


 狩ってきた獲物を家の裏手に運んで並べる。

 

「おお、サラマンダーか、デカいのう」

「だろ? 俺の勝ちは固いな」

「大人げないのう、たまには勝たせてやってもよかろうに」

「同い年だろ。それに多分アイツ手を抜くとキレるぜ?」


 絶対そういう奴だ。全力でボコられる方が好きなドエムなんだ。


「ところでノアよ、森でおかしな事は無かったか?」

「おかしな事? なかったけど、なんでだ?」

「いや、この嵐がちと気になってな。この森には嫌な噂があっての」

「嫌な噂?」

「ドラゴンの噂じゃ」


 ドラゴン。それは種として生態系の頂点に君臨する魔物だ。その力は強力で、半端な魔法を通さない硬い鱗、鉄を切り裂く爪と牙を持つ。しかも例外なく魔法を使う種であり、ブレスという避けることさえ困難な範囲魔法を放つ。討伐には軍が出ることもあり、過去には1体のドラゴンに滅ぼされた国もあるほどだ。


 この森にはこんな言い伝えがあるらしい。

 

 ”急な嵐はドラゴンと共にやって来る”


「嵐なんて大抵急に来るもんだろ? これまでドラゴンが来たことあったのかよ」

「いや、今までは無いんじゃが……」

「だったら大丈夫だろ。腹減ったし何か食おうぜ」

「そうじゃのう……まだ3時にもならんし、心配し過ぎかの」


 どうせギャアギャア言いながら帰ってくるんだ。茶でも飲みながら敗者の帰還を待つとしよう。


***

 

 時計を見る。短い針は4の数字を指している。


「さすがに遅すぎる」

「水晶は割られてないのか?」

「割られてはおらんが、何かあったと考えるべきじゃ」


 ジイさんと茶を飲みながら待っているが、リーシャはいっこうに帰ってこない。


「探しに行くぞ」


 受信用の水晶を持って合羽を着るジイさん。

 

「待て待て、二人で行ったら行き違いになるかもしれないだろ? 貸せよ、俺が見てくるから」

「じゃが二人で行った方が安全じゃ」

「心配し過ぎだって、ほら」


 ジイさんの手から水晶を奪い取る。


「晩飯作って待ってろ」


 今日の飯当番は俺なのだ。でも飯作るよりリーシャを迎えに行く方がよっぽどマシ。


 俺はジイさんに飯当番を押し付けてさっさと家を出た。


 この水晶は持っているだけで何となく発信側の水晶の場所が分かる。どんな仕組みかは今度聞いてみよう。


 30分ほど走ると感覚が強くなってきた。近いか?


「おーいリーシャ!生きてるか~?」


 雨と風のせいで気配が読めない。とりあえず大声で呼びかけてみるが応答は無し。


「あいつどこにいるんだ?」


 ふと視界に光るものが入った。


「あ、水晶発見。あいつ落としてんじゃねーか」


 地面に転がったそれを拾い上げる。これが転がっているということは、水晶は最早宛にならないということ。


 よく見ると辺りには倒された魔物が数体いる。この辺りにいたのは確からしいけど。

 

「めんどくせーな」


 非常にめんどくさい。水晶頼りに見つけてさっさと帰るつもりだったのに。


 走り回って探すしかないか。


 名前を呼びながら走る。腰に付けた時計は既に17時を回っていた。嵐のせいもあり気付けば辺りも暗くなっている。


「もしかして帰ってるか?」


 既に帰宅した可能性もあるなと考えていた時、急に全身を鳥肌が覆った。


「なんだ、これ」


 ”急な嵐はドラゴンと共にやって来る”


 生物としての原初の恐怖を掻き立てられる。身体の表と裏を引っくり返されるような感覚。


「マジか? マジのやつなのか!?」


 これだけの気配だ、近くにいるはず。


 あたりを見回していると腹の底に響くドラゴンの咆哮が衝撃波となって襲ってきた。


「くそ!ヤバいな!リーシャ!」


 咆哮の発生元へと走る。


 強くなる気配。


「見えた!」


 踏み荒らされた森の向こうに見えたのは、恐怖心を煽る様な鈍い黒色の巨体。闇の中でもその存在感をまざまざと感じさせる。


「リーシャ!」


 ドラゴンの対峙するのは一人の少女。既に力尽きているのか大岩に背を預けて動かない。

 

 ドラゴンは大きく息を吸い込んで喉を膨らましている。


 ブレスだ。


 直感が告げる。

 

「おい!リーシャ!避けろ!」


 俺に気付いたのか少女の顔がこちらに向けられる。生きてはいるようだが、それでも動く力は無いらしい。


「くっそ!《創造クリエイト巨兵の右腕タイタンズ・ライト》!!」


 ギリギリ俺の魔法の射程に捉えると、すぐに発動した。現れた右腕はドラゴンの右の頬を捉える。


 ドラゴンの顔が左に傾き、ブレスはリーシャを捉えることなく左にそれた。


「おい!大丈夫か!?」


 リーシャの下に駆け寄り声をかける。 

 

「ノ、ア」


 意識は何とか保っているようだが、身体はズタズタでそこら中から出血している。


 しかも、右腕と右足は変な方に曲がってしまっている。


「ご、めん。やられちゃった」


 涙を流し、なんとか声を振り絞る。


 弱々しい声は雨音で殆ど聞こえないが、それでも伝わる悔しさと恐怖。


 数ヶ月前の光景がフラッシュバックする。


 涙を流し謝罪を口にする少年。


 ブチッ


 その瞬間、俺の中の何かが確かに切れた。


「に、げて」

「逃げろって? 誰に向かって言ってる」


 ここで逃げたらヒューゴに笑われるだろ。僕は戦ったのに君は逃げるのかと。


 を置いて逃げるのかと。


「おいトカゲ野郎、覚悟しろ」


 回復魔法をリーシャに掛け、五重の結界で包みながら振り返る。初級の回復魔法だが、一応覚えておいてよかった。


「お前は殺す」


 ありったけの殺意を込めてトカゲを睨む。


 恐怖心が無いと言えば嘘になるが、それよりももっと別の感情が俺を支配する。


 グルゥと怒りを込めた唸り声をあげる。お前如きが殺意を向けるなと、そんなことを言ってるのかもしれない。


 その大きな瞳が俺を捉えている。


 立ち止まっての戦闘は危険だろう。なるべく走り回って的を絞らせないのが吉か。


 魔力を脚へと送り強化。駆け出しながら魔法を繰り出す。


「《雷槍レリガ》!」

 

 先手はこちら。どんな属性が聞くかもわからないからとりあえず雷魔法で様子を見る。


 3つの雷の槍を生み出して向かわせる。初級魔法ではあるが、アレンジを加えたからそれなりに強力になっている。


 が、命中するもバチンを音を立てて霧散する。


「チッ!全然効かないか。鱗のせいか?」


 ドラゴンの尻尾が横なぎに払われるのを、しゃがんで躱す。飛んで躱すのはできるだけ避けたい。空中では身動きが取れないから。


「《炎獣カイラ》!」


 今度は炎の獣を生み出して向かわせるも、同じように消し飛ばされてしまう。


「こりゃ半端な属性魔法じゃ無理か」


 ドラゴンが属性を気にしている様子はない。最初の俺オリジナルの魔法の方が聞いていた感じだ。


「物理で押してみるか?」


 何発か攻撃を当てるが、イマイチ効いてなさそうだ。硬いな。


 攻めあぐねていると、ドラゴンは一つ翼を振るった。


 瞬間、魔法陣が発現し鋭い風が吹き荒れる。


「ぐあっ!」


 風は不可視の刃となり森中を切り裂きながら俺を吹き飛ばす。


 なんて切れ味だ。てかどんな魔法だよ!


 ガードした腕は、魔力で強化しているにも関わらず一撃でズタズタになった。


 いってぇ~。


 多分リーシャもこれを喰らったんだろう。


 属性は風か。こっちの魔法は効かないってのによ!


 降り続く雨も鬱陶しい。こりゃ短期決戦でいかんとヤバいな。


「リーシャ、お前の魔法借りるぞ 《焔獣の怒りガイラ・ゲイラ》」


 上級魔法のアレンジバージョンだ。この火力ならどうだ?


 生み出された白炎の獣は雨を蒸発させながら疾走する。


「行けオラァ!」


『ギァァァ!』

  

 獣は生み出される風の刃を避けながら突進すると、鱗を焼きながら左前腕へ喰らいつく。


 ドラゴンは堪らず声をあげた。焼け爛れた腕はかなりダメージを負ったはず。


「よし!行ける!」


 もう一体獣を召喚して追撃だ。


 と、その時ドラゴンは風の刃を出しながら空へと飛び上がった。


「くそっ、逃がすか!」


 これが本当にキツい。四方八方から来るそれを何とかいなして空を見ると、こそにはブレスを打つ寸前のドラゴンがいた。


「やばっ」


 範囲から離脱を試みるも、時すでに遅し。


 上空から破滅の息吹が放たれた。


 (《創造クリエイトシールド》!)


 咄嗟に練れるだけの魔力で身体をつつみ、創造魔法でシールドを展開した。


 全身を凄まじい衝撃が襲う。


 展開したシールドは一瞬で破壊され、吹き飛ばされた。


 ブレスは地面に大きなクレーターを作り、生み出された衝撃波は空間を伝って四方へと広がる。


 衝撃波は雨風を弾き飛ばし、数秒間の静寂が辺りを包む。

 

 俺の身体は大木にぶつかり止まった。


 一瞬意識を失っていたようだ。


 ドラゴンはクレーターの真ん中へと着地している。


 リーシャは無事だろうか…。


 俺の方は…、両足は何とか動くが、左腕の感覚が無い。


 視界がぼやける。多分右目が視えてないな。


 とりあえず思考はできているから脳は無事なんだろう。


 本気で死んだかと思ったが、生きていただけでラッキーだな。

 

 応急的に回復魔法をかけるが、あまり変化した様子もない。


 魔法の行使を察してか、ドラゴンはこちらへと向かってくる。


 次一撃喰らえば死ぬ。


 一瞬恐怖が思考を支配しかけた。


 (こんなところで死ぬわけにはいかない!)


 奴を殺すことができる魔法を考えろ!今考えろ!!


 白い炎は確かにダメージを与えられる。火力でゴリ押しすれば殺せるはずだ。


 イメージは巨人。俺のオリジナル魔法。それに超高温の炎を纏わせる。


 できるか?今この状況で。


 いや、できなきゃ死ぬんだ、やるしかない。目を閉じて息を吸い込み集中する。


 残った左目からも血が滴り、終いには鼻血まで出てきている。脳が焼き切れそうだが、そんな事に気を逸らされる訳にはいかない。


 ドラゴンが次のブレスを準備している気配がする。


 本当の絶体絶命。それでも最大限に時間を使い、ゆっくりとヤツの真上に魔法陣を完成させる。


 くらえ。


「《創造クリエイト蒼焔の巨神兵スルト》」


 魔法陣から現れたのは超高温の青い炎を纏った巨人の上半身。


 その温度の高さから大量の雨を蒸発させ霧が生まれる。


 巨人は大きく腕を振りかぶりその巨大な拳でドラゴンを地面に縫い付けた。


 ドゴーン!!


 凄まじい衝撃は轟音を響かせる。


 ドラゴンは呻吟し悲鳴を上げた。

 

「まだまだぁ!」


 とにかく殴る。限界まで殴って殴って殴り続けた。


 辺りは霧と爆音に包まれる。


 数秒間続いたそれは、魔力を維持できなくなり消滅した。


「はぁはぁ」


 これで死んでなかったら大人しく喰われてやるか。


 重い体を引き摺り確認すると、見事に焼け焦げたトカゲの丸焼きがそこにあった。


 勝った。辛勝ではあるが自分の力はドラゴンに届いた。


 (そうだ、リーシャは生きてるか?)


 アイツが死んでたら意味ないな。


 辺りを見渡すと転がっているリーシャを発見。近づいて声をかける。


「おい、生きてるか?」


 返事は無い。


 が、呼吸はしている様子。


 なんとか耐えたか。


 なけなしの魔力で回復魔法をかけてやる。これで本当ににスッカラカンだ。


 体内を巡る魔力も無くなり、体がズシッと重くなる。


 (はぁ…取り敢えず帰えろ)


 横たわるリーシャを背中に担ぎ歩き出す。


 左手が動かないから右手一本でリーシャを運ぶのはなかなか骨が折れる。


 まあ左腕は本当に折れているが。


「あんた、……勝ったの?」

 

 ノロノロと森を歩いていると、耳元で声が聞こえた。


「当たり前だ、俺を誰だと思ってる」

「……そう」


 暫しの静寂。


 雨が森の葉に当たる音だけが暗闇に響く。


 と、次第にグスグスと鼻を啜る音が加わった。

 

「……あり、がとう」

「別にお前の為に戦った訳じゃない。……晩飯当番から逃げてきただけだ」


 嘘じゃない。

 

「私が勝負しようなんて言わなければ……」

「らしくないな。まあ今回の勝負は俺の勝ちだ。ネコ耳メイド楽しみにしてるぜ?」

「……バカ」


 時間は既に7時を回っている。


 怪我のせいか空腹のせいか、足に力が入らなくなってきた。


 歩く速度も亀並み。


「……ダメだ……腹減った…な」


 ヤバいと思った時には顔から地面に激突していた。


 一緒に転がったリーシャが弱々しくも俺の名前を呼んでいる。


 くそう、立てん。力が、はい、ら……ん。

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