勝負
マーロックさんの下に来てから既に1ヶ月。私は強くなっているんだろうか?
出来ることは日に日に増えている。けれど
貴族である私は10歳から学園に通い始めた。所謂初等部と言うやつ。そこでは貴族の子供しかおらず、社会が用意した最初の社交場としての役割が主だった。
学園に入る前から優秀な家庭教師から教えを受けてきた私にとっては、なんてこと無い授業ばかりで常に成績は一番。
嬉しかった。自分が一生懸命努力して身につけた知識や技術が認められることへの高揚感を感じた。
13歳からは中等部へと進学した。中等部は貴族以外の才能有る子供も入学してくるから、少しはマシになると思ってた。でも蓋を開けると私はまた常に一番。
本当に詰まらなかった。詰まらなくなった。
中等部は16歳まであるから、上級生の先輩もいるけど負ける気がしなかった。
唯一いつも比べられ、神童と呼ばれる子がいるのは知っている。貴族のパーティーで会ったこともある。いつもニコニコしていて愛想は良く可愛い。でも私には分かる。アイツは絶対嫌な奴。
あの子に負けたくないというのが今の私のモチベーションだ。
でも、あの学校にいたら駄目だ。絶対に妥協しちゃう時がくる。これでいいか、ここまでやったからいいかと思う時がくる。
だから私は逃げ出した。
憧れだったマーロックさんの弟子になるために、弱い心に負けないために。
……結果としてはいい判断だったとは言えないかもしれない。
これまで努力してきた自負はあるし、自惚れではないが天才と呼ばれてもおかしくはない才能がある方だと思っている。
でもここにいたのはそんな言葉では表せない怪物。
私とは次元の違う才能の塊。
もちろんマーロックさんが凄いのは知っていたし、目指す場所だと理解していた。
でも、それでもここでは私はぶっちぎりの劣等生だ。
怪物との初対面はあまり覚えていない。話していたと思ったらベッドだった。怪我をしてマーロックさんに治してもらったみたい。
次の日、信じられないものを見た。
アイツは初めて見た上級魔法を、一度魔法陣を見ただけで発動した。しかもアレンジを加えて!!
そんなこと人間にできるとは思えない……。
私は何回も何回も何回も、数え切れない失敗を繰り返し、何度も何度も何度も魔法陣を研究して理解したつもりになってはまた失敗し、やっと発動できるようになったというのに!
しかも聞いてみればまだここに来て1ヵ月しか経っていない。それどころかそれまで魔法のことを知らなかったと言う。流石にそれは嘘だと思うけど……。
兎も角、私の自負や自信は木っ端微塵に砕かれた。私なんて私が見下していたあの子達と何の違いもなかったんだ。
アイツは何故か無詠唱での魔法発動はできないみたいだったから、そこは勝てている部分だったけど、それも直ぐに私だけのものじゃなくなった。
アイツの成長スピードは明らかに異常だ。
私だって成長してるはずなのに、アイツと一緒にいると差は開くばかりで、寧ろ衰退している錯覚さえ覚える。
今思うと、マーロックさんはあの日、あえてアイツに上級魔法を使わせたんだ。こいつと一緒にいることになるが大丈夫か? お前の心はこの存在に耐えうるのか? という意味を込めて。
でもねマーロックさん、私は大丈夫。
まだアイツの才能に嫉妬できている。アイツに負けたくないと思えている。死ぬほど悔しいと思えている。
だから私はアイツに勝負を挑むの。
勿論負けるって分かってる。でも勝つまで絶対に諦めない。諦めてたまるもんですか!
***
ある日本を読んでいると、リーシャが話しかけてきた。
「ノア、勝負しましょ!」
最近はいきなりこいつを殺してやろうという気も起きなくなってきている。俺はさらに大人になったのだ。
「またかよ、いい加減諦めろ」
「嫌よ!絶対ギャフンと言わせてやるんだから!」
最近は何かにつけて勝負しろと言うようになった。
「は~。今回は何を賭けるんだ?」
「なんでもいいわ!」
「ふーん、じゃあまたあれな」
「うぐっ!……い、いいわ!負けないもの!」
この前リアル執事を見た俺は、勝負のチップとしてこの罰ゲームを提案したのだ。メイドの格好で俺に茶を入れるリーシャは、それはもう傑作だった。
メイドの服を用意したのはジイさんだ。自分の服を自作しているジイさんに作らせたのだが、まあまあの出来で驚いた。ジジイがメイド服を作っている姿はなかなかキモかったが。
「あ、次は語尾にニャンを付けてもらおう」
「はー? そんなの後出しじゃない!」
「嫌ならいいんだが?」
「わ、分かったわよ、やればいいんでしょ!」
「既に負ける気か?」
「負けないわ!」
これまで何回も勝負をしてきたが、その内容は様々だ。魔法の早打ちや正確性を競ったり、単純な体力を競うものもあった。もちろん全勝している。
「んで、今回は何するんだ? 大食いか?」
「あれはもうやらないわ!」
「同感だ」
一度大食い対決をやったんだが、二人とも意地の張り合いで酷い勝負だった。最終的にリーシャが盛大にリバースしたことで俺が勝ったんだが、凄まじい腹痛で久しぶりにフーさんに祈りを捧げる羽目になった。
「今回は魔物の討伐にしましょ!2時間以内により大きい魔物を狩った方が勝ち!」
「魔物か、お前大丈夫か?」
「もう平気よ!心配ないわ!」
この辺りの森には結構強い魔物が出てくる。リーシャと一緒に狩りに行ったこともあるが、リーシャがギリ倒せるくらいのレベル感だ。
「念のためジイさんに言っとけよ」
「なに~? 心配してくれてるの?」
「いや、心配はしてないが、お前が帰って来なかったら飯が余るだろ」
「ご飯を食べる前に探しに来なさいよ!薄情者!」
「じゃあその時は大きい声で助けを呼べよ」
「う、それはそれで嫌ね」
「なんだよ」
勝負は昼飯を食べた後に開始することにした。日も長くなってきたから、2時間程度なら多少のアクシデントがあっても晩飯には帰って来れるだろう。
今回の勝負は魔物の大きさだ。大きい魔物と言えばレッドグリズリーとかサラマンダーとかかな。ただ、今回の勝負は2時間だから、運も結構関係してくる。大きい魔物に出会えなかったら勝てないからな。
「本当に大丈夫か? リーシャよ、念のためこの水晶を持って行きなさい。割ればワシに伝わるからの」
「ありがとうマーロックさん!」
ジイさんはこぶしより少し小さい水晶をリーシャに渡した。ジイさんが造った魔道具で、危険を知らせるものらしい。あと持っているとある程度の場所は把握できるのだとか。
「おいジジイ、俺には無いのか?」
「一個しかないんじゃ。お主は笛でも持っていけ」
贔屓がすぎるぞジジイ。
「時計は持った? 3時までに戻ってくるのよ! 遅れたら失格だから!」
「へいへい」
小さい時計を腰にぶら下げ準備完了。
「じゃあ私は森の北側に行くから、あんたは西側ね!スタート!」
勢いよく走り去るリーシャ。
「ホントに大丈夫かのう?」
「大丈夫だろ、心配し過ぎだ。北側ならそんなに危ない魔物も出ないだろ」
森の北側はディストルムがある方角だ。俺が歩いて来た感じ、そこまで危険な魔物にも出会わなかった。
「……杞憂ならいいんじゃが…」
こうして通算何度目かの勝負が始まった。
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